第2話 待ち合わせ

「……それで?」

「無事に見つかったよ、帰ってきた」

 一部始終、事の顛末を話しきり、僕は両手を開いた。気付くとかなり話し込んでいたらしく、喉が渇いてがさついていた。飲み物欲しい。

 向こう側に脚を組んで話を聞いていた友人、井上は僕の顔をひとにらみした。

「良かったじゃないか、話を聞いていた身としても安心した」

「台詞と表情が一致してなくない?」

「…………」

 なぜ黙るのか。

「時に北川よ、テストはどうだった?」

「テスト?」

「そうだ、テストの話だ。ちゃんと受けたんだろ?」

「え、あ、うん」

 急にどうした。まぁ、ついこないだの話だから、間違えでもないけど、受けたよ受けた。

 ……つーか、お前クラス同じなんだから一緒の教室でペン握ってただろうが。

「まだテストの結果は帰ってきてはないけど……何点くらい取れそうだ?」

「……教科による」

 この手の話は正直苦手だ。僕がそもそも勉強事にそれほど注力していないというのもあるし、返答いかんせんで空気が悪くなる場合が多いからである。

「じゃあ……国語でいこう」

「国語かよ。なら文脈守っていきなりテストの話とかするなよな」

「突然気になったんだから仕方ないだろう? で、何点取れそうだ?」

 僕は記憶からテストの詳細を引っ張り出し、首を捻りながら点数を割り出した。

「……80点くらい、かな」

 嘘だ。少し盛ってる。本当は70点くらい。

 70点取れれば及第点だと思う。

 しかし、友人の井上は僕の報告を真に受けたらしい。髪を指でぴんと弾いて、

「80か、そうか。まぁ、北川にしてはよく出来てる方なんじゃないか。今回はテスト勉強したのか?」

「……いつもと同じ感じかな。そこそこに。喜ばしいことに要点を抑えて教えてくれる人がいるからね。僕はノートを見るだけでテスト勉強が終わる」

「白浜か、いいのかそれで」

「勉強が趣味なんだって。僕のテスト勉強を見るのもその一環……みたい」

 僕がいかにも馬鹿でさらに努力もしない奴、に思えるだろうけど、ならば一回しろちゃんのノートを借りるなりしてみればいい。スッキリまとまっているし、解説付きだし、例題もあるし、コピーだって取らせてくれるのだ。……僕のすることあるか?

 そっちはどうなんだ。

「いつも通りだ」

 と、いうことは百点満点らしい。

 井上は特に得意な顔を見せることもなく、落ち着き払っている。普通なら胸ぐらを掴むところだが、井上の『勉強出来る』はまた他とは違うので何とも言えない。

 ……しろちゃんとどちらが頭がいいか?

 答えは両方とも頭脳明晰、だ。ただし、性格面でしろちゃんが勝つ。

 井上に一度勉強を見てもらったことが過去にある。答えを聞くとまぁ教えてもらえるし回答もコンピューター並に速いのだが、どうしてその解答にたどり着くのかという説明を求めると『逆になんで分からんのだ?』『自分で考えろ』『ググれ』など心無い言葉をぶつけられたので、それきり井上を勉強面で頼るのはやめた。

「井上はさ、なんでそんなに勉強出来るの?」

「は?」

 あ、ミスった。

「そうじゃなかった、なんでそんなに勉強してるの? だった」

「……」

 井上は無言でキッとこちらを睨んでくる。ちなみにだが、井上は女子だ。黒髪ショートの美人。

 男っぽい口調で紛らわしいけどな。

 井上は腕を組むと、

「必要だからだ。必要だから勉強するに決まっている」

 と、言い切った。

 それから、むむ、と眉根を寄せて言う。

「必要じゃなければ、やらない。面倒だし大変だし色々犠牲になるし」

 なるほど。僕は唸る。井上が言うとやはり説得力が違う。

 勉強が必要ない生き方だってあるはずなのに。

 努力家なんだなあ、とぼんやり僕が考えていると井上が顔を寄せてきた。口調振る舞いはともかく、美人なのでちょっとは気を遣って欲しい。

「……で?」

「で? とは?」

「しろちゃんはどうなったんだ」

 おお、そこに戻るのか。

「しろちゃんは勉強は趣味だって言ってたよ」

「ふん、白浜ならそうだろうな。私が言いたいのはそこじゃない。白浜がどうして失踪したのか、という問題についてだ」

 僕は井上の言葉にハッとする。そういや、忘れてた。

 ……けれど、では問いに答えられるかというとそうじゃない。

 僕は肩を上下に大きく揺らして、首を横に振った。

「それを井上に相談しようと思ってたんだ」

「……あ?」

 と、放課後のほとんど誰もいない教室のドア付近から声が掛かる。

「おーい、北川〜」

 来たらしい。まぁ、待ち合わせ……といえば待ち合わせである。

「一緒に帰ろう。あれ? 井上もいるじゃん」

「……」

 全身を魔術師チックに固めた女子が、話しかけてくる。校内で。

 驚いて口を半開きにしたまま止まってる井上が印象的だった。

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