第33話 壊れた心
あれから1週間の時が経った。
各地に散ったマタイ共和国軍の多くがニニシアに集結しており、ニニシアの復興作業が急がれていた。
あの一件の後、アラヤは一度もアストライアのコックピットの外へ出ていない。
ニナはアラヤのことを何とかしようと話しかけるが、彼から返事が返ってくることは一度もなかった。
そうして、アラヤがコックピット内に引きこもっていると、
「アラヤくん?今日の分の食事を持ってきたけど、食べられそうかな?」
1人の女性がアラヤの元へやってくる。
それは綺麗な紺色の髪をした女性だ。
紺色の髪の女性ミナセの手には昼食があり、わざわざアラヤのために持って来てくれたようだ。
しかし、元々食事をまともに取れていなかったアラヤがメンタル崩壊後に食事ができるようになるとは到底思えない。
アラヤはニニシア基地に来てから一度も食事をとっていなかった。
それは食べたくないからではなく、食べられないからであり、彼が口に食べ物を含んだ瞬間、強烈な吐き気に襲われ、そのまま吐いてしまった。
アラヤは必死に何度も挑戦したが、どうしても食べ物を口に含んだ瞬間にトラウマが刺激され、吐いてしまい、挑戦は全て失敗に終わった。
そのため、食事を必要としていないアラヤはミナセへ一切のアクションを返さない。
そのため、ニナが代わりにミナセへ返事を返す。
『ごめんなさい、アラヤはまだ立ち直れていないんです。だから、今回もごめんなさい。わざわざ食事を届けて貰っているのに』
「いえ、気にしないでニナちゃん。彼の心の傷に比べたら、こんなの些細なことでしかないのだから。また夕食の時に来るからね」
ミナセはそう言うと、アストライアのいる倉庫から立ち去ったのだった。
ミナセはああやって、コックピット内に引き篭もるアラヤのために食事を届けてくれている。
それが命を救われたミナセなりの恩返しなのだろう。
それに、アラヤの精神状態が極めて悪いことをミナセはよく理解しているため、彼の態度に怒るようなこともない。
何せ、アラヤはニナへの返事すらも一才せず、終始無言でコックピット内に引き篭り続けているのだ。
そんな彼がまともな状態だと思うものは誰一人としていないだろう。
食事を受け取らなかったアラヤにニナは話しかける。
『アラヤ?何か少しでも食べないと体に悪いよ?』
そう優しくニナが話しかけてもアラヤからの返事が返ってくることはない。
ニナはアラヤの変わり果てた姿に心を痛め続けていた。
ニナもアラヤと同様に、多くの人の訃報を聞かされた。
その中に彼女の弟であるシンと妹であるミヤが含まれていることも知っている。
彼女も最初、2人の訃報に耐えられずに我を忘れて泣いてしまった。
しかし、彼女が2人の訃報を聞かされたのはアラヤが壊れてしまった後であり、ニナはアラヤのことが放って置けず、すぐに立ち直ることができた。
だが、彼女がすぐに立ち直れたのはこれだけの要因ではない。
ニナは2人の訃報は聞かされたが、彼らがどのような酷い仕打ちを受けたのかは伝えられていない。
もしも、ニナに2人の仕打ちを伝えていた場合、彼女もまたアラヤと同じように心が壊れてしまっていただろう。
それほどまでに2人の死に際は惨たらしいものであった。
ニナは諦めずに心の壊れたアラヤに話しかけ続ける。
ニナもこの戦争で多くの大切なものを失った。
ニナにとって大切なものはもう数えるだけしかない。
そして、その中にはアラヤも含まれている。
ニナは壊れてしまったアラヤにもう一度笑って欲しいと思った。
何故なら、大切で大好きなアラヤには悲しい顔ではなく、楽しそうに笑っていてほしいからだ。
アラヤのことが異性として大好きなニナがそう考えるのは普通であろう。
そうして、ニナは必死にアラヤの笑顔を取り戻そうと頑張り続ける。
ニニシアへ新たな脅威が迫っていることも知らずに。
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