第6話 突然のヒート②
佑月が懸命に叫ぶと、夏原ははっとしたような表情になる。
眉を寄せ、腕にあてていた青いタオルで鼻先を覆ってから、睨むような目つきで夏原がゆっくりと佑月へと近付いてきた。
「お前……オメガ性なのか?」
夏原がタオル越しに問いかけてくる。佑月はかろうじて答えた。
「わかんな……まだ、結果出てないから」
「……ああ、そうか。でもこの匂いは……」
夏原は険しい顔で何かを言いかけ、でもそれを言葉にしないまま周囲を見回した。
一度佑月から離れて、誰かいませんか、と数回大声で呼びかける。
どこからも反応がないとわかると、夏原は近くの教室の出入り扉に駆け寄った。
扉を大きく開け放つと、夏原は顔をしかめながらも佑月のほうへと戻ってきて、肩を貸してくれる。
佑月から遠いほうの彼の腕が、血で汚れているのがちらりと見えた。
「ほら、つかまれ」
「うん……」
力を借りて、立ち上がった。ふらふらと傾く佑月の身体を、夏原の腕が力強く支えてくれる。夏原は扉を開放した美術室の方へと向かおうとしている。
「あの、保健室……」
「お前どうみても歩けないだろ。これ以上の密着は俺もしんどい。先生呼んできてやるから、そこの教室で大人しくしてろよ」
タオル越しに夏原がそう促してくる。
(しんどい……?)
頭の中がぐるぐるしていて、彼の言うことをうまくとらえきれない。
……彼は佑月を気遣ってくれているのだろうか。確かに、夏原に支えてもらっていても、佑月は歩くことがしんどかった。
佑月は頷いた。大人を呼んできて対処してもらえるのなら、自分もそれが一番楽だ。今はとにかく身体がおかしかった。
薄暗い美術室には誰もいなかった。佑月を教室の端の床面に座らせると、夏原は立ち上がった。
「ここで待ってろ。すぐ戻って来るけど、できるなら念のために内側から鍵をかけとけよ」
それだけ言って、離れていこうする。――彼の後ろ姿に、佑月は無意識のうちに手を伸ばしていた。
「やだ、置いていかないで……っ」
「な……!?」
土まみれの半ズボンにしがみ付く。身体がそうしたいと望むまま、佑月は懸命に目の前の存在に縋りついた。
夏原がよろめいた。慌てたような声が頭上から降ってくる。
「おい、離せって!」
夏原に手で払われる。だけど佑月はまた彼の脚に抱き着いた。
行ってほしくない。乱雑に振り払われても何度も彼にくらいついた。
どういうわけか目の前の身体を離せなかった。……どうしてそんなふうに願ってしまうのか、わからない。
「おい早く離せっ。すぐ戻るからッ」
「だめ、いやだよ、一緒にいたいの」
「…………っ!」
――ぶわり、と今まで経験したことのない感覚があった。
身体の内側から何かかが放たれた気がする。それが何かを考える余裕なんて佑月にはもうなかった。途端に夏原が顔色を変えた。
しがみ付いて離れようとしない佑月に夏原が一喝した。
「馬鹿離れろ……ッ!」
やばいから、と青いタオルを再び鼻先にあてた夏原が焦っている。
さっきまでの余裕はなく、夏原も息が苦しそうだった。彼が何に苦しみ、焦っているのか、佑月にはわからなかった。夏原から――とても甘い好ましい匂いがしていた。
(…………欲しい)
ふわふわとした感覚の中で佑月は彼を見上げた。
腹の奥が疼く。腕の力を込めて彼に抱き着き、目の前にある彼の太腿に頬を擦り付ける。佑月は無意識のうちにとろんと微笑んでいた。
この身体が欲しい。下半身が張りつめていく。奥のほうが濡れていく。卑猥な欲望で頭の中がいっぱいになっていく。――欲しい、欲しい!
(セックスしたい……っ、僕の尻にチンコを突っ込んでぐちゃぐちゃにして欲しい……!)
「ああもう離せって、……っ」
しつこい佑月の腕をようやく振りほどいた夏原は、よろよろと教室を出ていこうとしていた。
覚束ない足つきで廊下へと踏み出す寸前。――しかし彼の足が止まった。
ゆっくりと自分へと振り向いてくれた同学年を男を見上げ、佑月は微笑んだ。
誘うように白シャツのボタンをいくつか外し、腰にあるベルトへと手を伸ばした。自分の行動が、思考がおかしいことに佑月は気付けなかった。
制服の黒いスラックスを脱ぎ落した途端、欲を滾らせた鋭い眼光で射抜かれて、背中にぞくぞくとしたものが走った。
――もっと、もっと欲しい。
佑月は恍惚となりながら、高まる期待に興奮しながら、自分にできる最高の笑みを浮かべる。……こいつと触れ合いたい。セックスしたい。
その欲望を叶えてもらえるように、佑月は腕を伸ばし、白シャツの裾に見え隠れするものを見せつけ、目の前の獲物を全身で誘う。
「ねえ、こっちにきて。――ぼくと、たくさんせっくすしよ?」
「……っ、く……っ」
夏原の手から青いタオルが滑り落ちた。足元に落ちたそれを踏みつけ、息を荒らげた彼が佑月に近付いてくる。
佑月の指先に夏原が触れて、あっという間に固い床に押し倒される。
――背中の痛みなんて気にならないほど、溢れんばかりの期待に身体中が満たされていく。
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