第5話 突然のヒート①
翌日から、佑月は熱心にファッション誌を眺めるようになった。
自分の小遣いではとてもファッション雑誌なんて買えないから、市の大きな図書館まで行って借りてきて、家ではそれをずっと読んでいた。
華やかに着飾るモデルたちを見ているのは楽しかった。
……自分もこんな風に写真を撮ってもらえるようになるのだろうか。
かっこいい服も可愛い服もたくさん着てみたい。あんな風に、プロのカメラマンにかっこよく写真に撮られてみたい。
放課後の教室で佑月がうきうきと帰り支度を整えていると、鞄を肩にかけた戸谷が声をかけてきた。
「佑月くん、今日もまた図書館に寄ってくの?」
「うん。新しいの借りるついでに涼んでから帰ろっかなって。一緒に行く?」
佑月が問うと、戸谷は残念そうに首を横に振った。
「行きたいけど、塾なんだよね。……はぁ、学校終わってからまた勉強なんて勘弁してって感じだよ。いいなあ、おれも図書館行って漫画読みたいし!」
「塾って大変そうだよね。頑張って勉強しておいで」
「……いいなあ、佑月くんは。勉強できなくても怒られないってめちゃくちゃいい親じゃん! 羨まし~」
いつもならモヤモヤすることも、今日は平気だった。むしろ勉強以外の可能性に恵まれていた自分が誇らしかった。
教室から戸谷と歩いて、校門で別れた。
佑月は市立図書館へと足を向ける。
鞄の上から、ファッション誌を指で優しく撫でた。暑さなんて気にならなかった。大事に大事に鞄を抱えて、佑月はアスファルトの道を歩いていく。
退屈な毎日がきらめいていた。――未来は夏の陽光に負けないくらい、力強く輝いているはずだった。
*
その日は朝から体調があまり良くなかった。
我慢できる程度の頭痛がずっと続いていたのだ。
でも今日は妙子の仕事が休みだから、家にいたって邪魔だと言われることはわかっていた。
学校を休めば給食だって食べられないし、妙子にも負担をかけてしまう。
――それが嫌だったから、佑月は身体に鞭打って登校することを選んだのだ。
けれど、一限目の音楽の途中でもっと具合が悪くなってきた。
座っていられない。リコーダーなんて吹いていられない。
音楽担当の女性教師に声をかけ、保健室に行きたい旨を伝えると、音楽教師は分厚い眼鏡の向こう側から心配そうに佑月を見た。
「風邪かな? まだこの時間だし、熱中症ではないと思うけれど……一人で保健室まで行けますか?」
佑月は頷いた。きっと風邪だし、そんなことで教師やクラスメイトたちに迷惑をかけるわけにもいかないと思った。
最近は暑い日が続いていたから、水シャワーの日が続いていた。
ガス代がかかるから、夏場はいつもシャワーの水温を極力下げて使用するように妙子に言われているのだ。でも、やっぱり身体には良くなかったのかもしれない。
戸谷をはじめとするクラスメイトたちにも口々に気遣われる。音楽室を出た佑月は、ゆっくり、フラフラと廊下を歩いていった。
時間をかけて階段を降りることはできたけれど、特別棟の一階まで降りたあたりで眩暈を強く感じるようになってきて、佑月はたまらずしゃがみ込んだ。
歩くのがつらい。保健室が遠かった。
理科室や美術室の並ぶ廊下を抜けて、渡り廊下を進んだ先に保健室がある。
そこまで辿り着きたい。だけど呼吸も苦しくなってきて、もう立ち上がることも難しかった。
(どうしよう……)
気持ちは焦る。でも、床に手をついて蹲っていることしかできなかった。
しばらく途方に暮れていた。しかし幸運にも、そんな佑月に声をかけてくれる者が現れたのだ。
「――――大丈夫か?」
静かな廊下に響く声。
佑月がそっと顔を上げると、廊下の先に誰かいた。
見覚えのある生徒だった。……隣のクラスの、たしか夏原だ。
夏原は運動着姿だった。服はところどころ土で汚れていて、青いタオルで片腕を押さえたまま、足早にこちらに近付いてくる。両足はどういうわけか靴下のままだった。
心配そうな顔で駆け寄ろうとしてくれていた夏原だったが、あと数メートルというところで突然足を止めてしまった。
佑月のほうを見て目を見開き、明らかな戸惑いをにじませている。
「この匂い……?」
足を止めたきり、それから一向に近付いてきてくれない夏原に佑月は焦れた。
――早く。早く助けて欲しい。
「お願い、助けて……っ!」
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