第3話 昨日のアレとバース判定検査


「ねえねえ佑月くん、昨日のアレ、どうなった!?」


 翌日、佑月が登校すると、先に教室に来ていた戸谷が寄ってきて、声をひそめて話しかけてきた。

 佑月は眉を下げて苦笑する。


「んー、実はまだ話せてなくって。母さん仕事が忙しくてさ」


 嘘ではない。昨夜妙子が帰ってきたのは佑月が寝たあとだった。

 今朝は顔をあわせたけれど、朝の妙子は大体機嫌が悪いので、佑月は余計なことは言わずに先に家を出てきたのだ。


「そっかあ。でもさでもさ、早く相談したほうがいいと思うよ?」


 こそこそと戸谷がそうアドバイスしてくる。

 佑月がどうするのか、戸谷はとても気にしているようだけれども、クラスにまだ佑月の噂が広まっていないところをみると彼は口は堅いらしい。


「急ぐ必要ないよ。だって、バース検査の結果が出てからって言われてるし」


 机に鞄を置いて、中身を机の中に移しながら佑月がそう返すと、戸谷は不可解そうに首をかしげた。


「なんでバース検査の結果が出てからなんだろ」

「さあ、なんでだろね?」

 


 ……人には男女性のほかに、いわゆる二次性――バース性という性差がある。

 バース性には男女関係なくアルファ、ベータ、オメガの三種があって、それは中学生以降の判定検査で判明する。


 佑月たちが先日受けたのは一次判定検査で、中学三年で受ける二次判定検査の結果をもって個々のバース性はほぼ確定される。

 判定検査を二回行うのは、人によって異なる身体の発達速度に対応し、かつ正確性を確保するためだと説明を受けていた。

 つまり、身体の発達の早い者のリスク軽減のために早期に一次検査を行い、身体の発達が遅い者の検査結果にも誤りがでないよう、予備的に二次検査を行うらしい。


 一次検査と二次検査の結果が異なるケースはままあるらしいが、一次検査でアルファやオメガと結果が出たら、その結果はほぼ確定だとも言われている。


 ――だから、ここ最近のクラスの話題はバースに関することばかりだった。


 早ければ、来週にもバース判定検査の結果がそれぞれに通知されるんじゃないかと噂がある。

 誰がアルファで、誰がオメガじゃないかとか、そんなことをみんな浮足立ってあれこれ予想しあっていた。


「佑月くんは自分のことベータだと思ってる?」


 戸谷に訊かれ、佑月は少し考えた。

 ベータはいわゆる「普通の性」だ。バースにおける多数派で、人間の八割はこのベータ性だといわれている。アルファやオメガよりも周囲のフェロモンに影響されにくく、生きやすい性でもある。


「さあ、なんだろ? アルファだったらいいな~とは思ってる!」

「いやいやいや絶対ないだろっ! アルファって頭良いっていうじゃんか!」

「夢みるくらい許してってばっ」


 そんなやりとりをして、二人でげらげらと笑った。

 アルファ性は頭脳明晰で才色兼備、組織のリーダーとしての資質に富んでいるともいわれている。

 先月のテストで佑月は赤点だった。戸谷も赤点だった。

 そして二人とも身体を動かすことはあまり得意ではないし、これといった特技もない。

 だから多分だけれど、二人ともアルファである可能性は限りなく低い。


「アルファだって噂なのは、Bクラスの宮とか夏原とかだよね」


 佑月の机に寄り掛かった戸谷が言う。


「女の子だとCクラのマミちゃんもアルファの噂あるよね~」

「おれはベータだろうなあ」

「いいじゃん、アルファじゃなくっても。ベータやオメガでも、たいして変わんないってば」

「えー嫌だろオメガなんて! 佑月くんは美形だからオメガでも勝ち組だろうけどさぁ」


 戸谷が口をとがらせた。

 佑月はオメガではないかと周囲に噂されていることは、佑月自身も知っていた。

 男子の平均よりも身体は細いし、有名なオメガ俳優たちのように佑月は中性的で整った顔立ちをしている。


 ――それに、誰にも言ったことはないが、佑月の父親はオメガ性だったらしい。

 自分がその遺伝子を受け継いでいる可能性は十分ある。少なくとも、アルファ性であるよりはオメガ性である可能性のほうが確実に高い。……でも。


「やっぱりベータが一番いいかなぁ」


 佑月は小さくつぶやいた。


「そう?」

「うん。だってオメガって薬代とか、お金がかかるっていうしさぁ」

「……佑月くんって変な部分を気にするよねぇ」


 戸谷が呆れたような顔になる。

 口元に笑みをつくり、佑月は窓の向こう側に広がる青くまぶしい空を見上げた。

 ……もしも佑月がオメガだと判明したら、妙子は母親としてどんな反応をするのだろう。それを想像すると少しだけ怖かった。

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