第八話 月光りの人形
軽いルーティンができた。
朝食は二人一緒。開店準備も一緒。そのあとルリエは工房で人形や小物を製作してルカは店番をする。
今日もルカは店の入り口で、簡単な掃除をしていた。
右左と動く箒は埃を払い、持ってきたちりとりに入れていく。
初日、メルフィとミラに続き、街の男性や土産と他国の人が来たり、反応は上々。
「まあ、開店したって街が知っただけだからな。すぐ落ち着くだろ」
そんなもんかとルカは思ったが、人形という一つだけを設け、儲かるには特殊かもしれない。
果物屋だったら種類があるが、こちらは人形以外唯一である。
服や小物も扱っているが、すべてが人形を飾るに必要な品物だから欲しがる人も、ごく一部だろうし、ルリエが言った通り、この忙しさは一時的な物なのだろう。
現に開店一週間にして、お客の入りは収まった。
「な」
「お店というのは、こういう感じなのですね」
「静かなことが当たり前だ」
店内に立っていたルカの後ろから抱きついていたルリエが言う。
この頃、ルリエのスキンシップが激しい。
他人の目がないところなら、くっついてくるし、抱きついてくる。最初は疑問に思わなかったルカも、流石に気になってくる。
でも、心地の良さは寝る時に似ていた。
ふわりとして目を瞑れば、身を任せてしまいそうな気持ち。
「ああ、そうだ。前々から思ってたんだが」
「はい」
「お前の整備を忘れていたと思ってたんだ」
そういえば、とルカは思う。自分も人形だったと。
毎日、それなりに目まぐるしくて忘れていた。忘れていたが、起きた時には髪を梳いたり、身体を拭いたり、それなりのことをしていたが、ルリエのいう整備は動きや
関節の具合など専門的なところだろう。
「それに……」
ぐっ、とルリエは覚悟を決めた声になる。
「そろそろ学校に行く準備をしないとな」
うぅと聞こえた気がするがルリエの学校発言でルカは喜びに身体を反転させると、
向き合った形になり、ぎゅぅとルリエを抱きしめ返した。
「……うっ」
なにがあったのか、固まってしまったルリエを不思議そうにルカは見て、
「学校に通えるの、楽しみです」
と、明後日の方向に喜んでいたいた訳だが、固まった当人は「うぅ」と口にしながら、どこかと我慢していた。
その夜、ルリエの言う通りにルカを整備する為に、それなりの量がある道具を持ってきて、ルカの部屋でひとつひとつ調べるつもりだったのだが、
「は!? なんだこれ!」
ルカを下着にすると、月の下の椅子に座らせて、それに跪くようにルリエが座る。
まずは指の関節から、と。稼働部分が多いところからやろうとしていたルリエは、小指をカチリと鳴らし、動かして驚く、指と指の境目に白い神経のようなものが張り巡らされていたのだ。
「な、ななんでしょう!?」
ルカも慌てて、あわあわしていると、
「ほかも見るぞ」と手首をいじると、そこにも白い紐が絡み合い、まさしくルリエが習ったことがある人の神経のよのうなものが絡みついていた。
「触ってもいいか?」
その問いにルカは、こくりと頷き、二人して真剣な面持ちで、白い糸を触る。
「どうだ? 痛かったりするか?」
「痛くはありません。でもくすぐったい? というのでしょうか。何か変な感じです。元の身体がデータですから、この感覚が「そう」かわかりません」
「……あれからどういうことだ」
ルリエは、一度関節を戻すと足の方にかかり、そこにも紐があることを見ると、唸りながらルカを見た。
「やりたくないんだが、首を外してもいいか?」
首が取れるなんてショッキングな出来事だが人形のルカにとっては「当たり前」と思って「はい」と答える。これで神経らしき白の紐があったなら、大本となるのは、そう、
「やっぱり」
かちりと音をたてて外れた首を軽く持ち上げていたルリエは、予想通りだ。と言わんばかりにルカに声をかけた。
「これは頭の中にある水晶玉が見たいところだが」
初日に開けようとした時以来、触ることがなかった脳部分にある水晶玉。
原因があるとしたら、そこしかない。しかし、開けようとして開かなかったそこが今さら開くとは思いづらい。
「開く形のはずですが」
ルカが手を上げて行動部から頭の天辺まで触り、両開きにならないかと力を込めると、かちゃんと音がして、開いた。
「……」
ルリエが息を飲むのがわかり、そのまま「なんだこれ」と声を出す。
水晶玉から糸が出ている。
言うなら繭のように水晶玉全体に紐がわたり、十分に水晶玉を支えたら首に向かって伸びていた。
「ルリエ様?」
「ちゃんと言う。水晶玉から紐らしきものが出て、それが水晶玉全体を支えて、首に
向かって紐を伸ばしている」
「そ、それは、どんな状態ですか!? あっ」
「どうした」
「気持ちが、いいです。月が、光り、が、あたまのなかが、ぱちぱち」
「ルカ!?」
奇妙な出来事からさらに奇妙なことが飛び出してきてルリエはルカの肩を支えた。
ルリエから見て、その月明かりが気持ちいいというルカの発言に水晶玉をもう一度見た。
最初こそ透明になっていた、それが白い澱みみたいのがある。ぱちぱちとしているのは見る限り、水晶玉の光りが、光ったら消えて、光ったら消えて、これがルカの言う、ぱちぱちなのだろう。
ここまで来てルリエは、ルカの「食事」というところはこうやって月光を浴びることなのではないのか、と。でも日中、いや、一週間経っても、ルカに異常は見られなかった。
どういう原理か分からない。母は何を作りたかったのか。
「いつか動くよ」
この言葉に意味があったはずだ。
月の女神の力ではない。神など信じない。ルリエは頭部の扉を閉じようとしたが、一瞬ためらい、少しの間ならばと、その状態を維持しながら様子を見る。
当のルカは俯き加減で何も言わない。
「ルカ、ルカ、聞こえるか?」
「はぃ……なんなんでしょうか、これ、データが行き交いする時みたいな」
「具合は悪くないか?」
「いえ、むしろ、身体中に何かが通ってます」
神経見たいのだな、とルリエは思い。何度もルカを心配しながらも母の言葉が頭の中で疑問符を浮かべている。
禁忌とされている人体錬成なのだろか。
ルカは「作り物」だ。本物の人間じゃない。
ゴーレムでもない。あれは未完成の人形で命令がないと動かない。
人と血を大量に使った物か? しかしルカの身体が陶器で血は通っていないし母が誰かを犠牲にして作ったとは思いにくい。
なら、この水晶玉が原因のはずだ。
「ルリエ、さま」
「どうした、ルカ」
「わたしは、なんなんでしょうか……人間じゃないのは、分かっているんです。ですから、わたしは何も疑問に思わなかったんです。ルリエ様と過ごしていて、まるで、人間の生活をして、人間のようで、でも、人形で、ぱちぱち、します」
「ルカ、寝ていい。多分、水晶玉は何かを吸収しているんだ。寝ていい」
「はい」
魔術局に行けば何か分かるかも知れないが局長のセリュバンは、不思議と見たら、そのものを解体するまで離さない。
密かに伝えてルカの身体を見てもらうのも危険だ。
「母さん、なにがしたかったんだ」
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