第四話 城と城下街と脅しと
街の中腹から見る太陽は、とても綺麗だ。
オレンジの光りが辺りを照らし、宝石のように輝いている。
ルカは、くるくると周りを見渡し、城を見ては街を見て、また同じ事を繰り返しながら「異世界」に浸っていた。
「そんなに楽しいか?」
ルリエの言葉に、ルカは止まって彼を見る。
彼にとっては当たり前の光景なのだから楽しいも何もないだろう。
「はい。楽しいですよ! 画像でしか見たことがなかった……ヨーロッパ風でしょうか? 素敵です! 太陽も綺麗。奥で反射しているのは海ですか? 湖ですか?」
「川だ。あっちが海になる」
街を見るルカから右に指を差しながらルリエはつまらなそうに言った。
「では左手は森でしょうか?」
「ああ、ソーヴァっていう国との公式の交易道路だ。言う前に言っとく。城の名前はマクスウェル。国の名前はツォルフェライン。王はアルフガルド・アイルハルト・ツォルフェライン。王妃はヴィリエレーシ。王子は四人いる。他保護した子どもたちが六人いて……見ての通り、あの城に住んでいる」
ルリエはポケットから帽子を取り出して被りながら言うと、もう何も言いたくない
素振りを見せてルカを見た。
はあぁと感動しているようで、両手を絡ませながら城を見る。
画像やアニメで見た何個もある塔に、ここまで見える大きな門。ふわふわと浮きながら「城」は建っていた。
「本当に異世界なのですね。お城も綺麗です。白が反射して素敵です」
「そうか? 最大権力者で豪華な暮らしをしている税金泥棒の城だぞ」
なにもかも「素敵」というルカに少しばかりうんざりしているみたいで、ルリエはポケットに手をつっこみながら嫌そうにしている。
「ん? ふわふわしている?」
「あ」
「まずはお城が見たいです! ルリエ様!」
指をさしながらルカはふわふわしている城に向かって、ルリエを置いて歩いてく。
ちゃんと足には専用の靴を履いて、レンガの絨毯をかつかつと歩いて行けば、ほどなくして城に着いた。
店が街近くの中腹にあるのだから、時間はかからない。
そして、言葉通り、城は浮いていた。
「ルリエ様! なんで城が浮いているのですか!?」
興奮が冷めることなく、ルカは地と城を繋ぐ橋の前まで来て言う。
城マクスウェルは浮上の城。なぜ浮いているかも、この国の先祖がなぜここに城を建てたのかも今だ分かっていない。
文献を見る限り、他国の侵略に耐えうるように、と書かれているらしいが、そんなことはルリエには関係ない。
「……底を見てみろ」
その言葉にルカは、ゆっくりと身体ごと視線をずらし、城の底にある黒の円盤を見つけて声をあげた。
「……もしかして、あれは磁石……磁場があるのではないですか!?」
「じば? なんだ? 磁石ならあるが」
よくよく見ると城と円盤の間には丸い玉みたいなものがあり、それがくるくると横回転している。
城、玉、円盤、そして地面から溢れる水。
街へ流れる水は、なにかの水路らしきトンネルに入り、城下街に流れているようでとめどなく溢れ、枯れることを知らぬように見えた。
「ええと、コンパス、磁石はあるのですよね。あれはS極……うーんと北には北に引き寄せられる磁石がありまして、同じく南には南に引っ張られる磁石があり、双方が互いに引っ張り合う為、方位を知ることができるのです」
「ふむ」
「しかし北と南が正反対なように」
ルカは両手の人差しを少し間を開けて指を立てる。
「北と南が一緒になることはありません。これは常に大きな磁場というものが存在し、磁石は北に向かう磁石と、南に向かう磁石があるんです。これをS極とN極というのですが……その」
「聞いてる、続けていいぞ」
「方位に関しては北がS極として、そちらを向く磁石はN極。南がN極ならS極。そうやって引っ張られて、くっつこうとするんです。方位はこのように判断できるのです。しかしS極とS極、N極とN極は同じ磁場なので反発し合うのです」
「なるほど、地面と円盤が同じ磁場、つまり円盤が北としたら湧き水も北でいいのか。だから、反発して浮き上がっていると」
「です!」
人差し指をくっつけたり離したりしていたルカは、自力で答えを出してくれたルリエを見て顔を輝かせた。
「なるほど、おまえの世界だと、そういう風になるのか」
「あの玉の役割は分かりませんが、間違ってはないはず、です。こんな物量を浮かせるだなんて、わたしがいた世界では考えられないことですが」
「あの玉は『水の女神』が寄越したもの、と言われてる」
「神話ですか?」
縮こまりながら観察をしていたルカは、ルリエを見て、昨日も神話について話をしていたのを思い出した。嫌い、と言っていたのを思いだす。
「そうだ。この国は自分では分からない不可解なことを『女神の試練』やら『女神のお恵み』だかと、まことしやかに言う。俺はそれが嫌いだ」
帽子を深く被り直しながらルリエは口を結ぶ。
「なってしまったものはしょうがない。祈りなんて更に馬鹿げてる。試練だなんて、もう何もできないと言うに、なにが試練なんだか。それを現実にはいないものに対して願うなんて馬鹿のやることだ」
「ルリエ様」
ルカは立ち上がり、ルリエに近づいて手をとった。
「わたし、動いてしまいましたよ」
そう言われてルリエは、忘れていたと言わんばかりに目を見開いてルカを見る。
この人形は動いたのだ。母が言っていた通りに。何か理由を探したいが、今のルリエには、到底、理解できるものではない。
「こんな朝早くに何をやっている!」
急に聞こえてきた怒声に、二人は肩がひきつった。そういえば、二人は城門近くの橋の前で、城を観察していたのだ。
つまり、この怒声は門衛のものに違いない。
見れば、がたいのいい男が甲冑を身に着け、槍を持って歩いてくる。
「行くぞ……お気になさらず! 城を見ていただけですので!」
ルリエは叫ぶとルカの手をとって足早に橋から離れて、来た道を戻り歩く。
こつこつ、こつこつとレンガを叩きながら、そのまま城下街へとルカを連れて行き
商店街の入り口と思われる場所まで来た。
一息つく頃には、少しばかり汗をかいて、いや、ルリエだけかき、ため息をつく。
「少し油断したな」
「申し訳ありません。わたしが見たいと言ったばかりに」
「……見せたのは俺なんだ。門衛に見つかる可能性があると考えておけばよかった」
図らずしも城下街の下部にある商店街に来てしまった二人は、第二の目的地に辿り着いた。
かたや楽しそうな声、かたや、またため息をついて、露店や店が並び開店の準備をする姿を見る。
「そうでした。朝早くでは、お店はやってません」
決して落胆の声ではないが、ルカの中では人々が行き交い、買い物をする姿が見たかったのだが、朝早くでは子ども一人いない。
「でも、素敵です。パン屋さんに果物屋さん、あちらは花屋さんでしょうか?」
それでも昼と同じく活気がある。これから商売をするのだ、気合いをいれて周りに声をかける店主や店員たちを見ながらルカは言った。
しかし、その横で、またルリエは帽子を深く被り直す。
「ルリエ様?」
「気にするな」
並ぶ店を見ていたルカは、ルリエが目立ちたくないことに気づいた。
城を見せてくれた時も、外に出ようと言った時もルリエは渋々とした、あまり好きではないような感じに見える。
さすがにルカも、これ以上の無理強いはしたくない。
「帰りましょう」
か、と呟くと同時に、
「あんた、人形屋の!」
と、恰幅のいい女性が声をあげて近づいてきた。
ワイン色のエプロンをつけ、のっしのっしと歩いてくる。
「……っ」
ルカにはルリエが目をそらしたのが分かった。
「この頃、あんま見ないから、どうしたもんかと、みんなで言ってたんだよ。どうだい? 店は開けそうかい? 困ってんなら私らに言やあ何でも……て隣の嬢ちゃんは誰だい? 友達かい? 初めてだね、私はパン屋をやってるハンナって言うんだ」
「は、初めまして……えっと、わたしはルカと言います」
そう告げたら、ハンナは目を見開いてルリエを見る。
ルカは何かと思ったが、ルリエは顔を上げて、
「他国の子だ。今、こっちに来てるんだ。気にしないでくれ」
冷たく言い放つ。投げかけられたハンナはルカとルリエを交互に見ながら、ややして、どうしたもんかと大きく息を吸い上げた。
「そうかい、ルカって言うんだね。街を見に来たんだろ? 今は準備中の所が多くて見所がないだろうに。街の真ん中に噴水があるから、そこで時間をつぶして待ってるといいさ……ルリエもそうしな」
名前を呼ばれてルリエは、びくりと肩を揺らしたが、すぐに動揺は収まったのだろう。ルカの手を引いて街の真ん中へと進んでいく。
「ル、ルリエ様、わたし、大丈夫です。帰りましょう。嫌なんですよね、昨日もおっしゃっていました」
「……」
「ルリエ様」
「いいんだ。分かってる。嫌なのは俺自身なんだ」
「どういうことですか?」
ルカの疑問を余所に、ルリエは噴水広場に来ると噴水の縁に座り、身を固くしているようだった。
また目深に帽子を被り直して、城の時と同じく口を一文字に閉める。
これ以上は聞けない。ルカは水音を聞きながらルリエに寄り添うと、またルリエは身体を震わせてから、やや静かになり、肩の力を抜いたようだった。
店々が準備を終わらせ、店の隣同士で話したりしながら客が来るのを待っている。きっといつも通りの日常なのに、ルリエにとっては非日常なのかもしれない。
「おにいちゃん、おねえちゃん、どうしたの? おにいちゃん、具合悪いの? 僕、
病院の場所しってるよ?」
ぱっと気づいた時には小さな少年が、自分たちを見て首を傾げていた。
簡素な服装は、漫画で見たままだ。そういえばハンナもよくみるキャラクターみたいで、今さら驚く。
「あ、と、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「おねえちゃん、初めて見る。どっかから来たの? ソーヴァ国?」
「えっと、ですね」
答えに詰まっていると遠くからハンナがやって来た。
「ミーシャ、なにしてんだい」
「おにいちゃんが、ぐあい悪そうだったから」
「……意地張って碌なもん食べてないんだろ。ほら、焼きたてのパンだ」
「あ、ありがとうございます」
ルリエの代わりに受け取ると、暖かいのか白い湯気が立っている。
「食べますか?」
袋から出してルリエに差し出すと、おずおずと受け取りルリエはパンを口にした。
ルカは、ほっとして、自分もと手を取ったが固まる。
「おねえちゃん?」
「どうしたんだい、ルカ。うちのは美味しいよ」
その言葉に、パンを少し囓っていたルリエが、がばりと顔をあげた。
「ル、ルカは、いま口の中が腫れていて水しか飲めないんだ! 口元も腫れてしまっていて、ちょっと待っててくれ!」
囓っていたパンをルカに渡すと、ものすごい早さでどこかに行くと、またものすごい早さで戻ってきてルカに瑠璃色のフェイスベールを、これまた急いでつけた。
「……そうなのかい?」
「はい! はいそうです! いまちょっと口元が荒れていて! あまりにお見苦しいので! ルリエ様にこれを買っていただくために街に来たといいますか! 感染症ではないので! はい!」
「そうなのー?」
「そうなのです!」
そうだ、自分は人形なのだ。口が開く訳ない。さらに食べられる訳がない。
隣で、ゼーハー言っているルリエを見ながら、一生懸命、ルカは弁解する。
「……なら、まあ、しょうがないね。治ったら食べておくれよ」
「はい! もちろん!」
ハンナは息を切らしているルリエを見ながら、納得はいってないようだが、引き下がってくれた。ただミーシャと呼ばれた子どもは、目をぱちぱちさせて疑問に思っているようで。
「おねえちゃんは、おにいちゃんと一緒に住んでるの?」
「そうだ、ルカはどこに寝泊まりしてんだい?」
「……あっ」
次々に起こる事象にルリエの重たい気持ちが、どっかに吹っ飛んだのだろう。しどろもどろと「えっと」「その」と繰り返して、この場を乗り切ろうとしているが、
「まさか店に泊めてるんじゃないんだろうね? 掃除はしてんのかい?」
ハンナの迫る声に、とうとうルリエは「そう、です」と押し切られた。
「掃除は?」
「……俺が寝泊まりしているだけだから」
「ルカに部屋をゆずったのかい?」
「あ、ハンナさん、お気になさらず! わたしはどこででも寝られますから!」
「床で寝てるの? おねえちゃん」
「いえ! いえ! 昨日は屋根裏部屋で座って寝たので!」
その爆弾にハンナは、ぴくりと眉をあげる。
二人して、あわあわと手を振りながらハンナのボルテージを押さえ込もうとするがもう遅い。
「昼食後、みんなで行くからね! 掃除用具は持ってくるから、ちゃんといな!」
「……はい」
萎んでいくルリエとルカにミーシャだけが「よかったねー!」と口にしてくれた。
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