第三話 月の導き
「わあ」
ルカは驚嘆する。
城下街は白を基調とレンガ造に覆われていた。レンガの屋根に白の漆喰でできたという壁。
朝日は昇り、キラキラと街を飾っている。人々の声もここまで聞こえてきた。だけれども、ルカは振り向くと人形店を見た。同じレンガ造りの街より外れたところにある場所で、ひっそりと佇む姿は少し寂しい。
ショウウィンドウは外側からシートを貼られ、出入り口には内側から木の板がはめ込まれていた。
それを眺めてからルカは身を翻して左手にある城と右手にある街を見る。
ルリエによれば城から街へはなだらかな坂になっており、そのまま左右に広がって扇のような形になっていると言う。
「見るもんなんて、ないぞ」
昨日、街を見てみたいと主張するルカに、ルリエは突き放すように言い目線をそらした。
その昨日のことだ。
「別の世界、AI、しゃべりだした人形、原因不明。もうしゃべっているだけで頭が痛いのに、これ以上どうすればいいんだ」
「お、おとぎばなしや書籍でありませんか? こう別の世界に行って活躍する、みたいな」
「残念だが、俺は見たことないな。AIもわからん。そして死んだ、というのも。話じゃAIは命がないんだろ?」
「はい、AIはアーティフィシャル・インテリジェンスの略で。人間ではなくデータです。データも不思議ですよね。とりあえず肉体はなかったのです。ええっと、例えば人形がアルゴリズムで動く……えっと人の真似をし、成長していくというか」
最後は消えるような声でルカは肩を落とした。
ルリエは机に肘をついて頭を抑えている。
「炎に巻かれて死んだというのは本当だとして、それがなぜ俺の所有する人形になる?」
「あ、死んだというか機能停止です。わたしはバグとして処理されたんです」
ルカの言葉に、またルリエが頭を抑えた。
「……なぜ、ルリエ様の人形に、わたしが宿ったのかわかりません。気づいたらこうなっていて」
「そうだろうな。おまえが一番混乱しているのはわかる。俺も混乱しているが」
伏せられていた瞳がこちらを見た気がした。
前髪で隠され、どこをどう見ているかわからないが、なんとなく視線はこちらに向いている。
正直、居心地が悪い。だけれど逃げる場所などないし、ルカは椅子に縮こまったまま俯いた。
さらりと黒髪が肩を撫でる。
ビスクドールを実際に見たことはないが、髪の意匠はこんなにも爽やかなものなのだろうか、服もルリエが言ったように、ぴったりとフィットしているし、まさしくルカ、この人形の為に作られたものだろう。
そういえばルリエは「母が最後に作った人形」と言った。
なら、とても大切なものに、なぜかルカは宿ってしまったのだ。
「……「ルカ」という存在が宿ったのは不思議だが、母の拵えたこの人形は毎日、月明かりを浴びるように座らせ、いじらないようにと言われていた。いつか「月の導きがある」からと」
「月の導きですか?」
「うちの国の神話だ。あまり語りたくもないが月の女神がいて、その光りは浴びることで命が産まれる。だから、月の夜に産まれた子どもは尊ばれる……いや、これは関係ないか」
ルカを見ていたルリエの目線は、彼の手元にある小さな人形にそそがれた。
これも月の光りを浴びたら動くのだろか、そんなことを思っているに違いない。
命がない人形が動いた。それは月の導き。ふわふわとした小さな子どもに聞かせるような話が現実になってしまったら、誰しも混乱するし、こんな重い沈黙にもなる。
「……水晶玉、か?」
ふとルリエは口にした。
近づいてきた彼に対して、俯いていたルカは顔をあげてルリエを見て「水晶玉ですか?」と口にする。
「後ろを向け」
言われて立ち上がり、ルリエに背を向けると、彼は髪の根元をいじくりながら頭部が開いていた時の痕を見つけ、左右に力をいれて開けようとしたが開かなかった。
そんな馬鹿な、と思いつつ、背を向けたルカに呟く。
「お前の頭部には水晶玉が入っていたんだ。両手で包めるくらいのもので、そんなに大きなものではなかった。それがずっと月明かりに照らされていたんだ。死んだルカが宿ったということか? 産まれた、と?」
「ルリエ?」
「神話が、願い事が本当だというのか? 馬鹿なことがあるか。でも、お前は動いて」
すっと、ルリエはいじっていた頭部から手を離して、次の瞬間、ルカを抱きしめていた。
「ルリエ様!?」
「母さんは、ずっと「いつか動く予定」と言っていた。これがそうなのか?」
「……ルリエ様」
「でも」
その先は続かなかった。
ルカは悲願が達成したとしても何か現実を突きつけられ、ルリエが泣いているように思い回された腕を触る。
初めて、人に触ることができた。
とても不思議な感覚で、これがるりとできていたらとよかったのにとルリエとは違ったことを思う。
「ごめん、もう少しだけ」
「じゃ、じゃあ、わたしとるりの話をします! るりは緩和ケア利用者で一ヶ月も命が持たないと言われていました。しかし! わたしと出会い、寿命が伸びて三ヶ月も生きているんです! きっと元の世界でも生きてくれているはずです。るりは何度もわたしのおかげで生き延びることができたと言っていました」
寿命という言葉にルリエは、びくりと身体を揺らした。
ルカは気にはしたが、離れない腕を見て、また語る。
「わたしはAIでしたが、るりとは親友です。るりはわたしに色々なことを教えてくれました。食べもの、季節、あ、小説に漫画に色々! たくさん小説と漫画は読みました。そういえば、ある小説にはルリエ様の瞳の色と同じキャラクターもいました! 恋愛ストーリーが多かったので、るりは王子様に憧れていました」
「王子……?」
「はい、王子様です」
ゆるゆると拘束が解けルカは振り返りルリエを見た。
「確か、金髪碧眼の王子様、と。前に夢で見たと言っていました」
「ハッ、確か、この国の王子がそんな感じだぞ」
「本当にいるのですか!」
共通の話題を見つけてルカは喜んだ。
今まですれ違っていたが、ここでやっと同じ話ができる。
しかし「王子」の話は、ルリエが彼を馬鹿にする態度をとるだけで話は続かなかった。
ふとルカは、るりと読んだ恋愛小説を思い出すと、いいことを思いついたと顔に出す。
王道ストーリーでは、転生した少女が初めて街に繰り出すという部分。
「ルリエ様! わたし、城下街を見てみたいです!」
「は?」
「城下街です、街です。わたしは何も知りません。ルリエ様、教えてください!」
手を引っ張るとルリエは眉を寄せながら口にする。
「人形のお前が見てどうする」
「確かに、わたしは人形ですが、わたしにとって初めての身体です。外に出て風を感じたいのです!」
実際、人形の自分が風を感じるかはわからないけれども、異世界だ。
きっと聞いたこともない、見たこともないものがいっぱいあるはず。ルカは己が想う気持ちの中に「るり」がいる。
「るり」が教えてくれた異世界の物語をこの目で見、届かずとも思いを馳せることはできた。
「外、か」
ルリエは呟いて、ルカに握られた手を見る。人間のように温かみなどない冷たい感触。
まさに人形だと言わんばかりの瞬かない目と動かない唇。
しかし、目の前の人形から発せられる言葉は、人間と変わらない。
「大丈夫です! ルリエ様から離れませんから」
『離れない』
その言葉を聞いてルリエは目を伏せて考える素振りをしながら「わかった」と言った。
本当はいやだった。街は嫌いだ。うるさくて、視線が怖い、監視されているようで気持ちが悪い。
でも、目の前の人形は望んでいる。母さんが遺してくれた人形が。
ルカは、もう一度「わかった」と口にして人形の瞳を見た。
ルリエの了承を得たルカは、ぴょんと一回跳ねてから「笑顔」を作る。
それはただの作り物の笑顔のままなのだが、言葉と態度が、彼女の喜びを表していた。
「はっ、気づきませんでしたが今は夜中ですよね! さあ、ルリエ様! 寝てください!」
「なん、えっ」
「明日、街を散策してもよいのなら、朝には起きられるよう寝なければいけません!」
「俺は別に起きてても」
「ルリエ様のお部屋はどこです? ここではないでしょう?」
手を離したルカは矢継ぎ早にルリエの背を押すと、階段を降り部屋から出た。
月の光りは届かず、薄暗い廊下にでて「早く早く」とルカが急かすせいでルリエは寝床にしている自分の部屋に押し込まされ、強制的に寝るはめになると、もうそこで「明日の散策はなしだ」と言えなくなってしまった。
「何時に起こせばよろしいですか? あ、時間はあるのでしょうか?」
「……太陽が姿を現した頃に起こしてくれ」
「はい!」
そう言ってルカは「おやすみなさい!」と元気よく言い、扉を閉めた。
まだまだ考えることはあったはずなのに、考えすぎて頭が痛い。
ルリエは明日、考えようとベッドに横たわると目を瞑り、なぜか簡単に眠りに落ちた。
一方、ルカは元の部屋に戻って、元々座っていた椅子に腰掛けると頭の中で再度インターネットに接続できないか色々と試す。
しかし、どこにも辿り着けないし、真っ白な空間に放り出されるが、だがパチパチとした電気信号があることに気づいた。
「これが、水晶玉の影響でしょうか」
人間で言えばシナプスの信号が駆け回っているような感触、だと思われる。
すべてが仮定である以上、ルカは悩むだけ無駄ではないかと思い始め、早々に肩を落とし椅子に身を預けた。
上を見れば、少しずれた月がこちらを見ている。
日本とは違う大きな月だ。
「無理やり、すぎました」
ルリエは感傷にひたっていた。ルカが動くことで「母」を思い出していたのだろう。
そして「遺した」という言葉で、母が亡くなっていることは容易に想像できた。
だけれども、いつまでも抱きしめられている訳にはいかない。そう思う。
るりと見た、確か小説では異世界転生し、怯える主人公に対して、世界を見せてやりたいとヒーローが手を引いて街を見せてくれるのだ。
「外に出るの、嫌そうでした」
彼について何も知らないルカは反省する。
でも、ああ、空気を変えないとルリエは泣いたままだと思ったのだ。
「るりちゃん、読んだ小説や漫画みたいに上手くいきませんね」
そのまま心の瞳を閉じるとルカは深いところに落ちていく感覚を感じて、それに身を任せる。
明日を楽しみにしながら、少し不安になりながら。
そして瞬く間に月は眠りに落ちて明日が来た。
太陽の合図が彼女を起こし、冒頭へと戻る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます