第42話 再戦


 階段を下りた先は、丁度、入口の円形の穴を内包できるくらいの約30メートル四方の四角い部屋だった。


「敵は……いないみたいだな」優馬くんは何故か少し残念そうに言った。

「敵どころかお宝もないじゃん」アミも頬を少し膨らませる。


 部屋の中央にアミが放った『ラヴァロック』があった。下敷きになった石床は割れていた。陥没し、傾いている床が衝撃の強さを物語っている。ラヴァロックは今は熱が引いて、ただの岩に成り果てていた。

 

 僕らは部屋を壁沿いにぐるりと回って調べた。

 『ラヴァロック』を除けば、その部屋には何もない。壁には文字だか模様だかが、上下2本の帯状に掘り込まれている。帯と帯の間や天井には、人らしき絵や謎のマークが掘り込まれた金属が埋め込まれ、それがぼんやりと光って部屋を照らしていた。

 少し薄暗いが、十分部屋を見渡すことはできる。照明にアミの炎魔法を常に使っていなければならないかと、思っていたから助かった。


「ペトラ、これ読める?」

 ペトラは小さくかぶりを振った。

「文字は古代キャダルス体ですが、意味のある文章にはなっていません。いくつかの文字の羅列なので、もしかしたら文字そのものに神聖な意味でもあったのかもしれませんね」


 何かこのダンジョンを攻略するヒントでも、と思ったがそう甘くはないらしい。考えてもみれば、攻め入って来る相手にヒントを出すような間抜けはいないのも当然だ。


「このダンジョンも魔王が作ったのか?」

 優馬くんが鞘に収まった剣で壁をカンカン叩きながら、訊ねた。隠し部屋でも探しているのだろうか。

「いえ、多分魔王は関係ないと思います」とペトラが答える。

「なんでそう言い切れるのよ」

「魔王は私が結界を張ってからの500年はもとより、それ以前からも地下大空洞から出てきたという話を聞かないので、多分外の世界に興味がないのかと」

「ただの引きこもりじゃねーか」

 優馬くんが眉を八の字に歪め、何故か若干しゃくれてそう言うと、ペトラは口に手を当てて笑った。

「でも、引きこもっていてもらわないと困ります。私の結界は外からの侵入は遮断しますが、中からは全く無意味ですから。一度魔王が地下大空洞から出てきてしまうと中に戻れなくなっちゃいます」


 はぁ?! とアミが素っ頓狂な声を上げる。


「あんたの結界、魔王にも効いちゃうわけ? レベル1のくせに?」

「あの結界は300年かけて張っている特別製ですから。今のところ、時々魔物が出てくるくらいで、魔王が結界を通過するのを感知したことは1度もありませんけど」


 気の遠くなる話である。僕らの人生3回分を使って作った結界なら、桁外れの効力をほこるのも頷ける。

 だが、勝手にそんなものを張られた魔王には少しだけ同情する。昔、修学旅行でちょっとコンビニに、とホテルの部屋を出たらオートロックで戻れなくなったのを思い出した。あの時は、どうしたら良いのか、と途方に暮れたが、今思えば全く大した問題ではなかった。元の世界に戻れなくなった今となっては。


「ペトラは魔王を見たことあるのか?」

「いえ。ありません。魔王は引きこもっていますので」とペトラが言って、フフッと自分でまた笑った。余程『引きこもり魔王』がツボだったらしい。

「なら、『魔王』なんて、存在しているのかすら分からないじゃない」


 魔人が言っていいセリフではない気もするが、確かに目撃情報がないのなら、ただの『噂』と言われても仕方がない。

 だが、ペトラはまるでレッドカードを突きつけられたサッカー選手のように大きく首を左右に振って、その説を否定する。


「魔王はいます。確かにその正体は、パパですら知りません。ただ、魔王は全ての魔物の根源であると言われているんです」

「引きこもってんのに、どうやって根源になるのよ。セックスするときだけ出てくるわけ?」

 アミが直接的なワードで言うが、ペトラはそれには反応を示さず、淡々と答える。

「全ての魔物は魔王と精神世界で繋がっている、と言い伝えられています。なので、魔王を倒せば魔物が一匹残らず消滅するらしいです。つまり、今魔物がいる、ということが、魔王が生存していることの証左と言えます」

「全部ただの伝承でしょ? まったくのガセってことだってあり得るじゃない」


 おい、ロリ魔人いい加減にしろ、と優馬くんがアミの追及を止めた。


「魔王がいないだって? んな訳あるか! 女神さまが嘘言う訳ねぇーだろ」

「誰がロリ魔人よ! 燃やされたいの?」アミが掌に黒い炎を灯す。

「2人とも、ケンカしない。アミ、魔力は温存しておいてよ。さっきみたいに無駄に使ったら怒るからね」


 釘を刺しておくと、アミは「はーい」とむくれながらも素直に引き下がった。なんだかんだで、僕を召喚主と認めているのか、意外にも僕の言うことをアミは割とよく聞く。


 


「扉が1つ、か」


 僕はペトラの話を聞きながらも、この部屋の間取りを調べていた。

 進める方向は1か所。少しざらついて濁った金色の金属でできた両開き扉だ。他に進めそうなところは——


「隠し部屋はなかったぜ」


 ——ないらしい。密かに胸をなでおろす。テレビゲームのように爆弾で隠し壁を破壊して進む、となると面倒極まりない。僕らはダンジョンの各部屋を俯瞰して見られるわけではないのだ。怪しい壁なんて分かりっこない。そうなると全ての壁をいちいち叩いて進まなければならなくなる。想像するだけでげんなりする。


「皆さん。これ、見てください」

 ペトラが一変して神妙な声をあげた。皆がペトラの指さす方へ目を向ける。

「……何もないじゃん」とアミがペトラを睨む。

 確かに一見何もないように思える。だが、ペトラが言いたいのは、おそらく水に湿って黒く変色した床石の方だろう。

「ここだけ、湿ってるな」

 優馬くんが変色した床石上に立って、上を見上げた。つられて僕も視線を上げたが、らせん階段の底面しか見えない。らせん状になっているのだから、上には何重にも階段の底面が這っているのだ。水滴が落ちてくるといったことはなさそうだった。

「雨に濡れた誰かがここで休んでいた……というのは、やはり考えすぎでしょうか」

 

 僕と優馬くんは顔を見合わせる。考えすぎ、ということはない。その可能性は大いにあり得た。


「休んでいたのが魔物じゃなけりゃいいけどな」

 優馬くんはいつも不吉なことを言う。

「雨が上がったのは丁度今朝です。……まだすぐ近くにいるかもしれません」

 優馬くんに続いてペトラまで。不吉なことを言うのが流行っているのだろうか。

 

「よし分かった。慎重に行こうぜ」


 慎重に行くことを提案するには、能天気な声色だった。それから、優馬くんは躊躇いもなく唯一の扉に手をかける。

 案の定、優馬くんは『慎重』と呼ぶには程遠い勢いで、扉を開いた。まるでスワットの突入のように彼は扉の向こうへ流れる。

 優馬くんを一人にするわけにもいかない。仕方がないので、僕も慌てて優馬くんを追いかけた。

 部屋の外にあったのは更に広い大部屋だった。先ほどと同様に四角形の部屋のようだが、1辺が200メートルくらいはありそうだ。僕は部屋をよく観察しようとして、部屋の1点に視線が吸い寄せられた。同時に恐怖が蘇る。

 僕がソレを見るのと同じように、ソレも僕らを見ていた。その赤い三つ目で。


「ゴーレムだ!」


 優馬くんが叫ぶのと、ゴーレムがこちらに猛進しだすのはほぼ同時だった。100メートル近い間合いが、恐ろしい速さで詰まっていく。こちらに接近しながらもゴーレムの目が鈍く光った。


「ビームくるぞ! ペトラ!」と優馬くんが指示をだした。

「はい!」


 ペトロは僕らの目の前に三重の結界を張った。

 直後、例の重力ビームが飛んでくる。が、ペトロの結界の1枚目に遮られた。保険として張られた2,3枚目の結界は結果として無駄になった。


「繋! 何してる! 早く召喚獣だせ!」


 恐怖で息があがる。優馬くんの声は聞こえても、身体が動かない。身体に染み付いた死にかけた記憶が鎖のようにまとわりつく。僕は心で念じた。


 ——大丈夫。あれは恵姉さんじゃない。大丈夫だ。姉さんじゃなければ……戦える。


「繋!」というアミの声に弾かれるように、僕は動き出した。魔力を行使する。「アーミーゴブリン」


 20体のゴブリンが出現し、突進するゴーレムに立ちはだかる。前回戦ったときは、僕の召喚したゴブリンが紙切れのごとく蹴散らされた。だが、僕もゴブリンも以前のままではない。アーミーゴブリン達は何体か薙ぎ払われたが、ラグビーのスクラムのように連携して、ゴーレムを止めるのに成功した。

 すかさず僕はゴーレムと距離を詰める。攻撃のチャンスというのもあったが、それ以上に恐怖を克服したいという思いが強かった。半身になって握り固めた拳を振り絞る。


そして、その忌まわしき三つ目の丁度中央に、渾身の右ストレートをお見舞いした。ゴーレムは後頭部を石床に打ち付けながら、数メートル吹き飛ぶ。


「上出来だ。後は任せろ!」


 起き上がりかけた隙だらけのゴーレムに、優馬くんは一瞬で肉薄した。移動魔法は使えないのだから、あれは『縮地』ではない。単に速すぎて捉えられなかっただけだ。


「斬鉄」


 一文字に線が走ったと思えば、気付いたらゴーレムのあの不気味な三つ目が消えていた。いや、三つ目だけではない。首そのものがなかった。

 首の断面から、オイルのような液体が噴射する。

 肌に霧雨のような、細かい水滴が降ってきた。それから、ぼと、と三つ目の首も落ちてくる。


 数週間前には刃も通らなかったのに、まさか一太刀に斬り伏せるとは。えらい進歩である。やっぱり優馬くんは最強だ。僕が優馬くんと闘えば、何も分からぬまま、首を斬られるのは必至だ。多分、あの教室にいた人の中で一番強いのではないだろうか。その後ろ姿は、ただただ頼もしい。優馬くんが仲間で本当に良かった。

 転がるゴーレムの首の横で不敵に笑う彼を見ながら、僕はそう思った。

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