第40話 最強のディフェンダー

【中間 繋】


 さ、みんな、お弁当だよ。そう言ってソケリおばさんは僕らに荷物を手渡した。

 里の防壁門前には、たくさんのエルフが集まっていた。僕たちのお見送りをしてくれるようだ。

 別に二度と戻ってこない訳でもないのだから、そんな盛大に見送ってもらわなくても良かったのだが、里長代理の高齢エルフに「そうはいきません」と押し切られてしまった。

 料理長のソケリおばさん——おばさんというにはあまりにも美形だが——がニヤリと含みのある笑みを浮かべて僕に顔を寄せた。


「繋くんのお弁当はペトラが作ったのよ?」


 僕が何か言葉を発する前に「ソケリさん!」という尖った声をペトラが上げた。それから何故か慌てた様子で僕に弁明しだす。


「ち、ち、違うんです! わ、私も確かに手伝いましたが、ほとんどはソケリおばさんが作ったから、その、えと、大丈夫です! ちゃんと美味しいし、変な物も入ってないし、他意はないというか——」

「分かった。分かったから落ち着いてペトラ」


 余程僕に勘違いされたくないらしい。大丈夫だ。勘違いなどしない。しないが、何気に傷つく。

 ペトラが別に僕に好意を寄せているわけではないのは既に明らかになっている。前に訓練場で僕に夜のお勤めを依頼されたと勘違いしたペトラは、すごく嫌そうな顔をしていたし。

 僕がペトラをなだめている隙に、ひょい、とお弁当は奪われた。犯人のツインテールがひょこひょこ揺れる。


「そんなに頑張って作ったんなら、バカ舌の繋じゃなくて、あたしが食べて点数つけてあげるねっ」


 アミはにっこりと可愛らしく笑った。だが、こういう笑みを浮かべる時のアミは極悪非道の行いをする前触れなのだ。

 理由は不明だが、案の定、ペトラはしゅん、と項垂れて「はぃ……」と答えていた。何か僕の知らないところでアミが意地悪しているのだろう。困った魔人である。


「ところでペトラ。お前、本当に付いてくるのか?」


 優馬くんが片眉を上げて訊ねた。

 項垂れていたペトラは一転して、キッと眉を反らせて、「当然です」と言下に発した。


「私の父のために皆様が危険をおかしてまで何とかしようとしてくださっているのです。娘の私が何もしないわけにはいきません」

「別にそんなに責任感じなくても大丈夫だよ?」


 僕がやんわりと告げるが、ペトラはにべもなかった。


「いいえ。絶対行きます! それにダンジョンには石牌が置かれていることも多いと聞きます。古代文字が読める者がいた方がダンジョン攻略がはかどるのではないでしょうか」

「それは……」


 まぁ、確かに。むしろ古代文字を読む能力は、ダンジョン攻略には必須と言えるかもしれない。


「でも、あんた今何レべよ? あたしらの戦いについてこられるわけ?」


 アミはここぞとばかりにチクチクつつく。まるで姑みたいである。しかし、続くペトラの返答にアミは閉口することになる。


「レベル……って里のみんなも時々言うけど、それって何なんです?」


 示し合せたかのような沈黙が訪れた。里のエルフまで口が「はぁ?!」の形で固まっている。


「いや、あれだよ、敵を倒したりしたら、こうググって来る爽快な感じ? 経験あるだろ?」優馬くんがなんとか取っ掛かりを探る。

「いえ。そもそも私、敵を倒したことありませんので……」

「そっか。アミは敵を攻撃できないから、今まで一度も『共闘』判定を得られなかったんだ」


 僕は納得がいって頷くが、優馬くんはかぶりを振り、「いや待て、それはおかしいぜ」と否定した。

 

「俺は仲間が攻撃を受けそうな時に、それを防いでやっただけで経験値が入ったことがある。なら、結界で防ぐだけでも経験値が入りそうなものだろ」


 確かに優馬くんの言う通りだ。剣で防ごうが、結界で防ごうが、本質的には同じこと。剣の場合は経験値を得られて、結界だと得られない、ということは考えづらい。

 だが、今度はペトラが「いえ」と首を振る。


「私は狩りで結界魔法を使ったことはありません。そもそも結界師だったことは、今回の暴動が起こるまで隠してたので」

「なるほど。敵を絶命させなきゃ経験値は入らないからな。狩りで使わないのなら、経験値を得る機会も皆無だったというわけか」


 そこで僕は脳裏に妙な引っ掛かりを感じた。


「いや、待って。だとしたら……ペトラってレベル1だよね?」僕がペトラに訊ねると、「1回もレベルアップしていないならそうだろうな」と優馬くんが答えた。


 だとしたら、おかしいのだ。あり得ない。


「ちょっとペトラ。物理攻撃を防ぐ結界出してみてくれない?」

「え、あ、はい」


 ペトラは入団試験のようなものだとでも思ったのか、真剣な表情で腕に魔力を集中させた。

 それから勢いよく腕を突き出す。全くの無音だった。


「できました」


 傍目にはただペトラが腕を突き出すポーズを取っているようにしか見えない。だが、ペトラいわくそこには結界が既に張られているという。


「優馬くん。結界……があるら辺を思い切り殴ってみて。ペトラに当てないようにね」

「強度実験か。面白そうだな」


 腕をぐるぐる回して優馬くんが不敵に笑う。チャンスに打順が回ってきたスラッガーのようでもあるし、裏切り者を追い詰めたマフィアのようにも見える。

 いくぞ、と優馬くんが言うや否や、彼は渾身の右ストレートを放った。高レベルな物理職が打ち出す一撃だ。並みの魔物なら彼方まで吹き飛んで行くであろうとんでもない威力だった。

 不可視の結界は確かにそこにあった。

 岩山でも殴ったかのような芯の詰まった衝撃音が轟き、空間にヒビが入った。実際には空間ではなくそこにあった結界にヒビが入った訳だが。


「おいおいおい……驚いたな。俺はぶっ壊すつもりで殴ったんだぞ?」


 優馬くんは若干ショックを受けているのか声が引き攣っている。それも無理はない。なにせレベル300越えの優馬くんがレベル1のペトラの結界を1撃で破壊できなかったのだから。


「やっぱり。おかしいと思ったんだ。だって屋敷で里長を守っているとき、ペトラの結界は若エルフの弓矢も魔法も砲弾さえも完璧に防いでいたんだろ? レベル1のペトラが」

「はい。結局魔力切れで意味なかったですけど」

「でも、レベル20そこらのエルフ達がレベル1のペトラの結界に傷一つ付けられなかった。多分、ペトラのステータスは『知力』の初期値がずば抜けているんじゃないかな」


 僕が『魔力』の数値が飛びぬけていたように、ペトラは『知力』が極端に高いのかもしれない。だが、魔力量が並だから、暴動の時はすぐに結界が切れてしまった。そういうことだろう。


「ペトラ。あんた『知力値』いくつなの?」とアミが訊く。

「アミ! ステータスを訊くなんてマナー違反だよ!」

「なによ。別にいいでしょ。侍女なんだから」

「侍女じゃないから。仲間だから」


 僕らがいつものように言い合っていると「いえ、いいんです。侍女と思っていただいて」とペトラが割り込んだ。「でも、その、わ、私、ステータス? の確認の仕方が、分からないんです」

「あんた何も知らないのね。1000年も生きてるくせに」

「903年です」

「どっちでも変わらないから」


 里長代理の高齢エルフが「いえ」と声を上げる。「ステータスビューが見られるのはコドク様方だけです。我々は大まかなレベルの区分けで『下級』『中級』『上級』『超級』と分類しております」


 ステータスを見られるのはコドク——転移者だけ。僕はその事実に逆に可能性を見た。


「ペトラ。目を閉じて、自分の内側に意識を向けてごらん。まずは自分のレベルを見たい、って念じるんだ」

「え……は、はい!」


 ペトラは素直に目をぎゅっと閉じた。ややあってから、「あ」とペトラが口を開く。


「見えた! 見えました! レベル! レベル1です!」


 ペトラは目を閉じたままぴょんこぴょんこと跳ねる。レベル1であることをそこまで喜ぶ人も珍しい。

 だが、やはり僕の予想は当たっていた。


「まじ?!」とアミが両方の眉を上げて身を乗り出した。「知力は? いくつ?」

「え、と」とペトラは戸惑っていた。

「大丈夫。落ち着いて。そのまま見えた情報をスクロール——って言っても分からないか。上に転がしていくような感じで」


 ペトラの眉間にしわが寄る。んー、とペトラの唸るような声を聞きながら、僕らは待った。


「……あ! 見えました!」とまたペトラが言う。「知力は……231です」


「え」「にひゃ……」「まじか」


 具体的な数値を示されてもぴんときていないエルフらとは反対に、僕らは絶句した。とてもレベル1の初期値とは思えない数値だった。もちろん今の僕はその5倍近い知力値を持っているが、レベル200越えでたかが5倍なのだ。

 僕がレベル1の時の知力値は20だから、ペトラが今の僕と同レベルになれば、今の僕の更に10倍の知力値になるかもしれない。

 もう一つ驚くべきなのは、今はまだ231しかない知力で優馬くんの渾身の一撃を防いだことだ。優馬くんの筋力だっておそらく1000は超えているだろう。それをたったの231の知力で凌いだのはとんでもない防御性能である。


「ペトラが転移者だったら、ステ振りで無双できたな」


 優馬くんが苦笑する。分かる。才能を見せつけられたような敗北感を僕も感じていた。もし231の知力を筋力とかに割り振っていたら最強の戦士になっていたかもしれないのだ。

 

「でも、筋力ムキムキのペトラとかちょっとやだな」と僕がぼやくと、ペトラが慌てて「む、ムキムキじゃないです! ほら!」と色白で少し赤みがかった二の腕を見せつけてくる。脇までチラッと見えて、なんかエロい。


「てか、どういうことよ」とアミが無理やり話題を変えた。「初期値が高いのは置いといて、ステータスは転移者にしか見られないんじゃなかったの?」

「ああ。だけど、思い出してごらん。ペトラは半分転移者なんだよ」


 あ、とアミが口を開く。


「そういやペトラの母ちゃんは転移者って話だったな」と優馬くんが頷きながら言った。「そう。いわばペトラはハーフコドクなんだよ」

「何よ、そのダサいワード」


 転移者の性質は子に遺伝する、ということらしい。何世代先まで遺伝するかは分からないが、とにかくぺトラに遺伝していることは確実だ。


「ってことは、ペトラが敵を倒せれば、俺らと同様に大量の経験値を得られるのか?」

「その可能性は高いと思うよ」

「でも、か弱いか弱いペトラちゃんは敵を攻撃なんてできないじゃない」


 アミの言葉にペトラがうつむく。


「ペトラが直接倒さずとも、結界で攻撃を防いでもらって、その魔物を僕らが倒せばいい。それで『共闘』判定になるはずだ。もし大量の経験値が得られるなら、レベルもガンガン上がって、更に結界の強度も上がる」


 そうなれば、もはやペトラの結界を破れるものはいない。最強のディフェンダーだ。


「……これは連れて行くしかねぇな」


 そう言う優馬くんの目の奥が光った気がした。

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