第36話 姉


【中間 めぐみ


 潮風に吹かれて前髪が崩れた。鬱陶しく揺れる髪を耳にかける。

 私、ここで何してんだろ。本来の目的から逸れた、いわば『寄り道』であるこの海岸からは、何隻もの大型船が停まっているのが見えた。

 悠然と並ぶ大きく黒い船は、座礁しない程度には岸から離れているが、あの程度の距離なら転移者私たちでも弾かれずに行けるだろう。

 現に私の仲間が様子を見に行って既に数分が経っている。もし弾かれたなら戻ってくるはずだ。


 森にループのギミックがあったと報告を受けたから、新しいダンジョンかとはるばる脚を運んだのに、目的地に辿り着く前に、コレ。大型船の来襲である。まったく。ペリーじゃないんだから。

 イベントに事欠かなくて楽しいわねー。思ってもいないことを腹で呟く。

 海岸に膝を抱えて座り、木の枝で砂に落書きしていると、右端から3番目の船が突如爆発した。

 海に垂直に立っていた船のマストが大きく傾いた。なんとか沈まずに反対側にマストが傾きヤジロベエのようにバランスを取ろうとする。

 船から黒い煙が上がった。どうせワンくんが暴れているのだろう。


「船は壊すなって言ったのになぁ」


 私が呟くと傍に立って控えていた子が何故かビクッと肩を震わせた。

 左翼の船軍は静かだが、琴音ことねちゃんが上手くやっているとみていいと思う。

 ほら、思ったとおり。船員が海に投身自殺し始めた。船は無傷。流石だね。


 中央の見るからに代表者が乗っていそうな立派な魔動船に動きはない。

 仲間の危機を受けてどう動くのか見たかったのに、魔動船は仲間を助けるでも、我先にと逃げ出すでもなく、ただ静観している。

 つまんない。

 立ち上がってお尻の砂を払ってから、私は宙に浮いた。『魔術師』の『浮遊術』である。長く使っていると酔うからあまり使いたくないが、海に濡れるよりかはいくらかマシだ。


「ちょっと見てくる」


 傍に控えていた子達に告げて返事を聞く前に移動を始める。「ハッ」と元気の良い了承の声を置き去りにして、私はあっという間に魔動船に降り立った。

 と、同時に、のどかな波の音を貫くような銃声が響いた。視界には船内口のところから私に銃を向ける男が見える。銃口は煙を吐いていた。

 私の額に押し付けられ続けている指先くらいのサイズの回転する鉄塊——銃弾が、ついに回転を止めて、ぽろりと自重で床に落ちた。


「魔銃ってやつね。初めて見るなぁ。でも思ったより、ずっと弱いね。これじゃ全然使えない」


 私は転がっている銃弾をしゃがんで拾い上げる。そして、しゃがんだまま銃弾に魔力を行使する。『錬金術師』の『金属再形成』だ。

 指に収まった銃弾は細く鋭い針を生やし、更に枝分かれして針が分岐する。分岐に分岐を繰り返し、銃弾はまるで毬栗いがぐりのような銃弾とは全く形の異なる鉄の結晶に変わった。全体的な体積は変わらないが、針は注射器の先端のように細く、物体の内積はスカスカなので、一つの銃弾が小型犬くらいの大きさにまで膨れ上がっていた。


「面白いでしょ? 私の魔力を与えておけば触れてなくても変形できるんだよ?」


 そして今度は一瞬で飴玉のような球体に形を変える。

 立ち上がって甲板を歩くと、カツ、カツ、と小気味良いヒールの音が響いた。

 逃げようと背中を見せる男に一足飛びに接近し、背中に触れて『樹術師』の『パラライズ』を発動した。男は片足を上げた状態で固まり、バランスが取れずにその姿勢のまま甲板に転げた。


「もォ、逃げないでよ。美味しい飴ちゃんあげるから」


 銃弾だった金属塊を男の口に咥えさせて、ピンと弾くと、男は「ヴォェ」と汚らしい喘ぎと共に金属塊を呑み込んだ。

 身体は姿勢を変えられなくても、男の目の色が変わるのはよく分かった。怯えがその瞳に映える。胃の中で先ほどの銃弾を毬栗変化されたときのことを想像しているのだろう。うぅ〜、痛そう。


「じゃ、質問に答えてね。あなた達は誰?」


 男は目を泳がせるばかりで、答えない。


「何しに来たの?」


 やはり、男は答えなかった。

 なんだか面倒くさくなってきた。


「もういっか。他にもお仲間はいっぱいいるようだし」

「ま、待て。分かった! 答える!」


 ここに来て男がみっともなく喚き出す。

 私は懐からナイフを取り出して革の鞘から抜き、しゃがみ込んで、男の大腿にストンと突き立てた。


「あ゛あ゛ァァアア!」


 身体が動けないのに、口だけはやかましく騒ぎたてる。ぐりぐりとナイフをねじると、それに呼応して男が絶叫した。本当にうるさい。


「喋るなら、はじめから喋りなよ」


 ナイフを止めた時には、大の男が涙を流して短く速い呼吸を繰り返していた。


「……で? 何しに来たの?」

「エ、エルフだ! 結界のエルフを討伐しに来た!」

「結界の……エルフ?」と反問すると、男はそれを疑われていると捉えたのか、言下げんかに答えた。

「魔王の地下大空洞の結界を張ったエルフだ」


 ドクン、と心臓が高鳴る。

 期待に少し身体が熱くなる。

 この男が嘘を言っているようには思えない。もし真実だとしたら——長年の夢が実現できるかもしれない。

 この島に転移してから、ついに……ついに魔王を討伐できる!


「どうりでダンジョン攻略を進めても結界が解除されなかったわけね」


 まさかエルフが結界を張っていたなんて思いもしなかった。

 間抜けにも私は結界がどこかのダンジョンのギミックだと思い、片っ端からダンジョンを攻略していたのだ。

 まぁ、貴重なアイテムが手に入るから、それも全くの悪手というわけではないのだけれど。

 私はそのエルフのいる場所をあらゆる手段で男に聞いたが、どうやら男は本当にエルフの居場所は知らされていないようだった。それが判明する頃には男は血だらけで、ボロ雑巾のような見るも無惨な姿に成り果て、若干キモかった。


「ふーん。じゃ、もういいや。あなたは用済みね」

「待て! なんでもする! なんでも話す! だから助けてくれ」

「んー……でもぶっちゃけもう話聞くのも面倒になってきたし……それに情報収集にはもっと手っ取り早い方法もあるから」

「やめ、やめてくれ! 頼——」


 ばいばい、と笑みを向けて手を振る。

 直後、男は何かを吐き出そうとして、舌を突き出し、しかし望みのものは吐き出せず、代わりに血を吐いた。胃を突き破られるとこんな死に方になるのかぁ。一つ賢くなった。

 しばらく横たわってビクンビクン痙攣していたが、やがて男は動かなくなった。

 そして経験値と共に、男の生前見聞きした情報の一部が脳内に流れ込んで来る。


「船長さんだったのね、オジサン」


 横たわる肉塊を横目に、私は船内に足を踏み入れた。

 記憶からどの部屋かは把握している。迷いのない足取りで、奥の魔法陣が描かれた板間まで行き、傍らにある椅子に腰かけた。


「これが『瞬転地』のチェックポイントかぁ」


 さっきの男の記憶によれば、このチェックポイントに瞬間移動するのが『勇者』とかいうジョブの固有魔法『瞬転地』らしい。

 未知のジョブに、胃袋が疼き出す。私は唇を舐めてから、まだ見ぬご馳走に備え、『暗闘士』のスキル『伝心』で海岸にいる部下に「エールを樽で持って来て」と伝えた。


 やっぱ美味き糧にはキンキンに冷えたエールよね。

 私はデスクに頬杖をつきながら、ご馳走が『瞬転地』してくるのを待ち続けた。

 


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