第35話 憂いの色
【アミ】
何なのアイツ。
苛立ちで魔力が乱れて揺らめいた。
町田のヤツ、あたしに待てとか言っておいて、何1人で突っ込んでいって美味しそうな敵から摘み食いしてんだし。うっざ。
町田はあっという間に『剣神隊』とか呼ばれていた名前負け4人組を切り捨てて、あろうことか今度は勇者を狩るべく挑発していた。
多分、町田は経験値を独り占めするつもりだ。あの勇者が一番良い経験値になると踏んで、誰の協力も得ずに自分だけで倒そうとしている。
だけど、そうはさせないよ。ここの
魔力を活性化させると、あたしを中心にして、巨大な魔法陣が現れた。魔法の規模が大きくなればなるほど、それに比例して魔法陣もより巨大に、より複雑な紋で描かれる。
だから、勇者一味の女魔術師——娼婦みたいな格好をしたビッチ——が叫んだのは、多分あたしの魔法陣を見たからだ。
「な……ッ?! 散って! 早く! 皆今すぐ散って! 大魔法が来る!」
慌てちゃって。可愛いなぁ。
そんなに慌てなくても大丈夫。もう手遅れだから。皆仲良く焼いて上げるよ。
あたしが指を鳴らすと、巨大な魔法陣は渦を巻くようにあたしの身体の中に消えていき、一瞬の後には前方の敵軍の中心地で大爆発が起こった。
中心近くの兵士は火に呑み込まれ即死し、かろうじて中心から外れていた者は爆風に焼かれながら吹き飛ばされ、やっぱり即死した。
んっ、と声が漏れる。レベルアップの快感に身を委ねるとゾクゾクとした刺激が全身に行き渡った。いったい何レベル上がったのか分からない。ゴーレムを倒したとき並みの上がり幅だ。倒したのは多分敵兵士50〜100人くらいだろうか。この雑魚さで、この経験値。
「これは……美味しいね」
唇を舐めて、次の爆心地を決めようとしているときに、視界の端に勇者一行が見えた。彼らは敵軍のほぼ左端に到達していた。
おかしい。
あたしは勇者のいる場所を中心に据えたはずだ。勇者が強いから耐えた、というのはないでもないが、この一瞬で爆発を避け、左端まで移動するなどあり得ない。
「何かしたな」
もう1発勇者グレイに魔法を放とうとして、腕を伸ばす。が、すぐに腕を引っ込めて、舌打ちした。
勇者グレイはこちらの軍——エルフたちに接近していた。このまま魔法を打ち込めば、エルフたちにも当たってしまう。
すかさず町田が動いた。あっという間に勇者グレイに肉薄すると、逆袈裟に斬り上げる。グレイはそれを剣で受けようとするが、受けきれず、グレイの剣は弾かれて回転しながら彼方へ飛んでいった。
「そんなものか、勇者グレイ」町田が2撃目を繰り出そうとする。
「く……ッ!」
咄嗟にグレイが突き出した手掌から、魔力が放たれた。が、町田は身体を反らせてかわす。流れ弾が防壁に当たり、被弾箇所の石が砕けた。
勇者、万事休す。魔王を倒す勇者の旅も、経験値に魅せられた心なき
かと思われた。が、町田の斬撃がグレイを刻む直前、町田は突如後退した。一瞬遅れて、さっきまで町田がいた場所を大斧が通過した。落雷のように猛烈に振り下ろされた大斧は大地に深く突き刺さり、斬撃は刃を離れてもなお土を裂き、地下深くまで到達した。岩盤にでもぶつかったのか、身を揺らすような衝撃音が辺り一帯に響き渡る。
勇者の仲間、大男の一撃だった。
「2対1か。大歓迎だぜ?」
町田は嬉しそうに笑う。少しイラッとした。もういっそのことアイツの頭に火の玉ぶつけてやろうかな。
視線を少しずらすとビッチ魔術師と女神官まで勇者グレイのところに向かおうとしているのが見えた。
これ以上町田に経験値が流れるのは阻止したい。あたしは、女共に立ちはだかるように浮遊魔法で移動した。
「あんたらの相手はあたしだよ。
ウインクして、愛想を振り撒いていると、ビッチ魔術師が「この……外道が……!」と呟いた。
失礼してしまう。あたし程の美少女はそうそうお目にかかれないというのに。嫉妬かな。
「可愛い上に強くてごめんっ。大人しくあたしと
「ファイヤボルト!」
ビッチ魔術師の杖の先から、人間が丸ごと収まりそうな大きさの火球が出現し、豪速で飛んできてあたしを呑み込んだ。並みの魔物なら一撃で絶命させるのに申し分ない威力。
——だけど、
あたしを包む炎が開けると、彼女と目が合った。彼女は驚愕に目を見開き、頬を引き攣らせた。現実を受け止めきれていないのか、焦点の定まらない目で、口をあわあわと開け閉めし、立ち尽くす。
「ごめ。あたし、炎系統の魔法効かないから」
手刀を切って顎を突き出すようなお辞儀をして謝ったが、ビッチは宙を見つめるように固まりあたしを見ていない。一方、女神官は蒼白な顔であたしを見つめていた。まるでおぞましい魔物とでも対峙しているかのように。
「化け……物……め」
「あんたらが弱いだけでしょ」
魔法陣を展開し、あたしが手をぎゅっと握るとビッチ魔術師の脚が爆散し、それから燃焼しだした。
耳をつんざくようなビッチの絶叫が響く。激痛を
「ハーロット! 落ち着いてください! 回復魔法がかけられません!」
転げ回るビッチに女神官が魔法をかけようとするが、ビッチが暴れるので上手くいかない。
女神官の方も呼吸が浅く速い。酷く動揺していた。少なくとも冷静と言える状態ではない。おそらくビッチの脚を完治させる魔法は扱えないのだろう。
それでも応急処置をしようと女神官はビッチを落ち着かせようと声をかけ続けていた。
「あの〜、神官さん? 敵を前に、何をのんびり治療なさってるんです?」
あたしの腕に小さい魔法陣が出現すると、女神官は「ひぃっ!」とビッチから離れて後ずさった。
「大した絆だねっ。ズッ友ってやつ?」
あたしの皮肉に応じる元気もないのか、女神官はなす術なく震えていた。
足元から魔力と殺気の入り混じった不快なエネルギーを察知したのは、その直後だった。あたしは余裕をもって右側に跳ぶ。
すると、元いた場所を包むように土がドーム状を形造り、そのまま地に沈んでいく。だけど、残念。空振り。
更に移動を続けると、あたしを捕まえようといくつものドームが出現したが、その全てが空振りに終わった。
「ちょこまかと……!」勇者グレイが空から降りて来た。
「勇者、釣れたぁ!」
あたしは全身に炎を纏って、勇者グレイを迎え撃つ準備を整えた。
グレイはビッチに一瞬目を向けてから、その惨憺たる姿に瞠目し、続けて憤怒に歪んだ顔をあたしに向けた。
グレイと女神官は、直線上に位置している。都合が良い。まとめて仕留める条件は揃っている。ビッチは少しズレた位置にいるが、手負いの彼女は後からいくらでもトドメを刺せる。
あたしは宙に、魔法陣を3つ立て続けに展開した。歓喜に少し開いた口から、炎が漏れる。
「イヤ……嫌ァァアア!」
あたしを見た女神官は恐怖に耐えられなくなったのか、失礼にも、唐突に立ち上がり、背中を見せて走り出した。
直線上を奥に逃げても無駄なのに。彼女は取り乱した様子で、顔面を涙なのか鼻水なのか涎なのか、謎の液体でびしょびしょに濡らして、怯えた顔で一心に逃げた。ビッチも勇者も置いて。
勇者グレイも、この炎は防げないと悟ったのか、踵を返して駆け出し、あっという間に女神官に追いついて、彼女を拾い上げる。
「もう遅いよ。さよなら勇者くん」
魔法陣が消滅すると同時に、オレンジに発光する高熱線が放射された。前髪が熱風に吹かれて掻き上げられる。
地を焼きながら真っ直ぐに走る熱線は、その直線上に存在するあらゆる物を焼き尽くし、
だけど、その煤の中に勇者グレイと女神官は——多分いないだろう。
熱線が直撃する寸前、あたしは確かに見たのだ。あの勇者と女神官が消えたのを。
テレポーテーション。それがジョブ『勇者』の特有魔法なのだろうか。とにかく奴らはまんまと逃げ仰せた。あのビッチ魔術師を除いて。
あたしは顔を逸らして舌打ちをしてから、残された
彼女の唇はカラカラに乾き、ひゅーひゅー音を縦ながら呼吸しつつも、目は
「仲間を置いていくとは、流石は立派な勇者様ね」
彼女はあたしの声に、ゆっくりと瞳だけこちらに向けて反応した。まだ息はある。意識も。だけど、目から光が失せ、絶望を写したその瞳は既に死んでいるのも同然だった。
彼女は震える唇で「殺して」と呟いた。
あたしは彼女の横に腰を下ろして、彼女を見る。彼女の瞳は既にあたしから離れ、宙を見つめていた。
「あんた、ついていく奴、間違えたんじゃない?」
「……殺して」
「あの勇者、最後、消えたように見えたけど」
「殺して」
「勇者はどこに逃げた?」
「殺して」
ダメだ。もはや生きる希望を捨てている。勇者の情報も吐きそうにない。
ここで拷問して吐かせても良いが、その場合は町田から繋にその一部始終が伝わるだろう。繋は多分そういうのを許さないタイプだ。繋の信頼を失うのだけは絶対に避けたかった。
と、なればとっとと殺して経験値に変えた方が良いのかもしれない。
「……最後に何か言い残したことはある?」
勇者グレイへの恨み言くらいなら伝えてやってもいい。そのくらいの軽い気持ちで問う。どのみち、勇者は次会ったら生かしてはおかないから、結局は意味ないんだけどね。
彼女は再び頭を転がすようにこちらを向いた。驚くべきことに笑っていた。にやにやと不気味な笑みを携えて、紫色の唇を小さく開いた。
「滅びろ、人類の裏切り者が」
直後、彼女の首に真上から剣が突き立てられた。天から降って来た町田が着地と同時に刺したのだ。
ゴポッ、と音がしたのは彼女の口からか、あるいは剣が突き立てられた傷からか、判然としない。確かなのはあっという間に、しかもその後は音もなく、一つの命が終わったということだけだ。
自分でも意外だったが、経験値を横取りされた怒りは然程感じなかった。彼女の脚を焼いたのはあたしだから、『共闘』と判断されて十分な経験値が流れて来たこともあるが、それ以前に仲間に見捨てられた彼女にトドメを刺すことを僅かに、ほんの少しだけ気が進まなかった、というのもある。
だから、町田が敵の魔術師を手にかけたときには、怒りはなかったが、真っ先に繋の悲しそうな顔が頭に浮かんだ。
「アミ」
と呼ぶ町田の視線は、真っ直ぐにあたしを貫いていた。コイツはどこまでいっても真っ直ぐなヤツなのだろう。己の倫理観から外れていようが、いまいが、目的地まで真っ直ぐ進む。針の
「アミ、俺は…………外道か?」
町田は決して悲観的ではない。ただ答え合わせをするかのように、感情のこもらぬ声で彼は尋ねる。
「さぁね。あたしは別に良いと思うけど。……でも、今のあんたを見たら繋がなんて言うかな」
それだけが心配だった。
町田は、そうだな、と言ったきり黙りこくった。そのとき初めて、町田に憂いの色が見えた気がした。
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