第32話 首謀者

【町田優馬】


 据壁きょへきから里の外を覗くと、敵は既に300メートル程のところまで迫っていた。

 防壁の外、広大な夜の草原に、無数のたいまつが軍の進行に合わせてゆらゆらと揺れる。

敵の様子は俺の保有するスキル『遠視』『暗視』で細部まで確認することができた。

 敵の数、およそ200。種族——人間。

 

「人間じゃん、アレ。ウケる」


 アミが隣でけらけら笑う。

 何故、人間がこの里を攻めてくるのか。そもそもこの島に、エルフ以外の種族——当然、魔物は除くが——は住んでいるのだろうか。

 いたとしても、この里が他の種族と戦争中だなんて話は聞いていない。

 それに不可解な点は他にもあった。それは目の前に広がる敵軍戦力が『人間のみ』だということだ。

 

 普通、防壁を備えた敵拠点を叩くのなら、攻城兵器くらい用意してくるだろう。だが、目の前の戦力にそれらしき物は見当たらない。

 それどころか馬すらもほとんどいない。いるのは鎧をまとった人間の兵士だけだ。

 それぞれ思い思いの武器や防具を携えて、あるいは国旗のような旗を掲げて、彼らは一歩ずつ歩みを進める。


 対するこちらの戦力は僅かに集まったエルフ達、20名余り。それから口の悪い魔人1人と、ゴブリン亜種が1匹。

 俺は再び敵戦力に視線を向け、ため息をついた。

 

「どっから湧いてきたんだよ、アイツら」と愚痴が漏れる。

「ありゃ島外の者です。コドク様」と近くにいたエルフが答えた。

「島外? あんなに大勢、外からやって来たってのか?」

「はい。おそらく軍艦か何かで来たのでしょう」


 にわかには信じがたい。だが、それならば攻城兵器や馬がないのも、辻褄が合う。船だから乗せられなかったのだ。いや、乗せられるにしても、兵士の方を優先した、ということだろう。

 

「なんだよ。随分自由じゃねぇか。俺らは島から出られないっつーのに。この里では、こんなことがしょっちゅうあんの?」


 俺やアミが慌てないのは自分の力に自信があるからだ。だが、隣のエルフが静かなのは、おそらく諦念からだろう。

 エルフは力なくかぶりを振った。


「外の者は時々、やってきますが、こんなに大勢、それも敵意をむき出しにやってくるのは初めてです」

「何しにやってきたっての、アイツら」アミは忌々しそうに顔を歪める。

 エルフも苦い顔で答える。「外の人間がこの里を襲って何が得られるか、を考えれば答えは一つしかありませんな」

「はい分かった! 女だ! 美人なエルフを性奴隷にする気だ!」アミが挙手するや否や叫ぶ。

「……まぁ、それもあるかもしれませんが」


 エルフは遠慮気味に言う。アミをがっかりさせないために無理やり正解を捻じ曲げたようなものである。

 

「結界師の抹殺、か」


 と俺が言うと、エルフは肯いた。

 そうなると、アレを呼び寄せた犯人は自ずと分かる。

 この村に結界師がいることを知り、しかも交渉では結界を解除してもらえないということも知っている人物。

 それでいて外との繋がりがあり、これだけの軍勢を引き連れて来られる権力者。

 思い当たる人物は1人しかいなかった。

 

「勇者グレイの仕業か」

「でしょうね。ですが屋敷が燃えているのも偶然とは思えません。おそらく我々エルフの中にも裏切り者がいるようです」


 それを聞いてアミの顔が曇った。不機嫌そうに眉根を寄せた表情は、しかし、出来の悪い弟を案ずるような憂慮の色も僅かに見え隠れする。


つなぐが心配か?」


 声を掛けると、アミは一瞬目を丸くしてから、すぐにむっと俺を睨むように目を細めた。


「は? そんなわけないでしょ」

「大丈夫だ。あいつは強い。常に軍隊引き連れてるようなもんだぜ?」


 繋の強さは俺から見ても異常だ。俺は繋よりもレベルではだいぶ上をいっていると思うが、おそらく繋とサシで戦えば、勝利を納めるのは難しいだろう。

 まず『召喚師』というジョブが普通じゃない。

 この世界のスキルや魔法は、その威力や効果が高い程、それに応じた代償を払う仕組みになっている。

 剣士も、身体への負担と引き換えにスキルを発動しているのだ。もちろん時間経過で回復はするが、中には『鬼剣解放』のように深刻なダメージを負う技だってある。これが魔法職の場合は、おそらく莫大な魔力消費が代償になるのだろう。

 だが、召喚師の場合、その効果——使い勝手の良さとも言える——が高すぎるのだ。おそらく1体召喚するのに相当な量の魔力が必要なはずだ。もしかしたら本来は4、5体の召喚体と共に戦うのが召喚師の戦闘スタイルなのかもしれない。

 だが、繋の場合、その膨大な魔力量で、とんでもない数の召喚を行うことができるのだ。加えて、何故か繫は物理ステータスも悪くない。

 つまり繋を倒すには、使い捨てにできる大量の召喚体の軍勢を全て倒して切り抜け、その上で物理職並みの強さの繫を倒さなければならない。

 俺にそれができるか、と言えばかなり厳しいだろう。というか、あの教室にいた者の中で、今のところ繋が最強なのではなかろうか。そう思わずにはいられない。

 繋が味方で本当に良かった。


「別に心配してないって言ってんでしょ!」


 アミが鬱陶しそうに言う。

 敵軍の中に見知った顔を見つけたのはその時だった。金色の頭髪に薄く笑った嘲笑の顔。自身の優位性を微塵も疑わない様子の勇者グレイは、俺の姿を見つけると笑みを更に深めた。


「なんかアイツ、あんたのこと見て笑ってんですけど。きしょ」とアミが害虫でも見るような目を何故か俺に向けてくる。理不尽極まりない。

「やっぱりあの勇者が首謀者か。となると、厄介なのは勇者グレイとお仲間の大男、露出女、神官女の4人ってところか」

「どうでもいいけど、その露出女って呼び方キモい。どこ見てんだし」


 改めてアミは軽蔑の眼差しを俺に向けた。

 勇者グレイ率いる人間軍は防壁の50メートル程手前で足を止めた。そして、グレイが高らかに声を上げる。


「これはこれはコドク殿、ずいぶんと久しいではないか」


 芝居がかった口調には、どこか自分に酔っているような印象を受ける。元々そういう奴だったと言われれば否めないが。


「なんか語りだした」アミが鼻に皺を寄せて言う。

「お前、答えてやれよ」

「嫌だ。キモい。そっちがやって」

「俺だって嫌だよ、あんなサブいぼが立ちそうなセリフ——」

「——コドク殿! 聞いているのか! コドク殿!」


 返答がないことにグレイは苛立ちを見せ、怒鳴るように再び声を上げる。


「呼んでるよ」とアミは早々に他人事、と決め込んだ。勝手なヤツ。

 仕方がないので、俺はため息を当てつけのようにアミに示してから、大きく息を吸って叫ぶ。


「勇者グレイ! これは一体どういうつもりだ」

「どういうつもり、とは? 見ての通りだけどね。ボクらは——人類はもう我慢の限界なのだよ。これ以上、魔王の手の者の悪行を許すわけにはいかない。だから、少し強引にでも結界を解いてもらおうと思ってね」

「エルフを皆殺しにして、結界を解除するつもりか」


 俺はグレイにそう言ってから、アミに半眼を向ける。

 お前が勇者を煽るからだぞ、と睨みつけると、アミは肩をすくめながらチロリと舌を出した。

 てへ、じゃないんだよ。てへ、じゃ。

 グレイが答える。


「人聞きの悪いことを言わないでくれ。逆だよ。ボクは、エルフに力を貸しただけだ。多くのエルフが今の形骸化したハリボテ政治に嫌気がさしていたようだからね。ボクは彼らを支援することにしたのさ。今の権力者を排除してね」


「そういう建前でいくらしい」と俺が隣に投げかけると、アミは「やり口が女々しいわね」と吐き捨てた。


「さて、そうなるとキミたちコドク殿方は黙っちゃいられないよね? ならばもう戦うしかあるまい! ボクら勇者一行を相手に立ち向かう勇気はあるかな? それとも降伏するかい? 今ならその辺の洞窟とかなら文明を営むことを許してあげるよ」


 ハハハハハ、と敵軍から幾重にも重なった豪快な——だが少しわざとらしい——笑い声が響いた。なんとなくお笑い番組とかでたまに聞く、ADとかスタッフの笑い声を思い出し、勇者に忖度しなければならない異世界人間社会に同情した。


 アミは敵軍を指さしながら、「殺していい?」とにっこりとした笑顔を俺に向けてくる。

 まぁ待て、と俺はアミをなだめた。

 別に敵軍を思いやってアミを止めたわけではない。俺のためだ。

 アミの大魔法をぶっ放されたのでは、俺に経験値が入ってこない。少なくとも勇者一行は俺が倒したい。

 これ以上、繋との力の差を広げられるのは避けたかった。繋は現時点では魔王討伐に消極的だ。いざ魔王戦という時に、繋の力は借りられない可能性だってある。だから、少しでも俺が力を蓄えておく必要があった。




 たとえ——


 


 敵軍が雄叫びを上げながら、単調なリズムに乗って、盾を打ち鳴らし、脚を踏み鳴らす。

 俺はそれを見据えながら、剣を抜いた。

 



 ——人間同族を殺すことになろうとも。


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