第30話 侵略者

 屋敷が燃えていた。大きく上がった炎が訓練場までも照らしている。

 

「なん、で、え?」


 ペトラが目を見開いて、混乱した声を漏らす。混乱しているのは僕らも同じだった。

 いったい何が起きている。ただの火事、とは思えない。

 すると、今度は屋敷の方から悲鳴やうめき声が聞こえてきた。怒声もだ。やはりただの火事ではない。何かが——屋敷で何かが起きている。

 ペトラが駆けだした。

 

「ペトラ!」

 

 僕も彼女の後を追おうとして、足が止まった。

 カンカンカンカン、と僕の後方——屋敷と反対側から、鐘が鳴ったためだ。それは僕らが初めてここに来たときに聞いた音。警鐘だ。

 振り返って、物見塔を見た。男が鐘を打ちながら必死で何か叫んでいる。

 訓練場は防壁と距離的に近いため、見張りの男の叫ぶ声が僕らにも届いた。

 

「侵略者だ! 凄いかずだ! 武装してるぞ!」

 

 見張りの男に向けた視線を再び屋敷に流す。屋敷は相変わらず燃えている。

 どういうことだ。屋敷が燃えて、今度は侵略者だって?

 頭がこんがらがりそうだった。

 

「屋敷が燃えてんのも侵略者の仕業か?」

 

 優馬くんは流石だった。こんな時でも落ち着いている。

 おかげで僕も絡まりかけた思考の糸が、ゆっくりとほどけていく。

 僕は一つ深呼吸をして、目を瞑り、心で呟く。


 ——大丈夫。ここに姉さんはいない。いるのは頼れる仲間だけだ。

 

 そっと目を開いて優馬くんの強い眼差しを正面から受けた。優馬くんはじっと待ってくれていた。怖気づいている場合ではない。期待に応えなきゃ。僕は自分を叱咤して口を開く。


「無関係ではない、と思う。でも、侵略者は防壁の外から来ているのに、先に屋敷が燃えるのはおかしいよ。つまり——」

 

 僕が仮説を述べようとして、いつものようにアミが横取りした。

 

「——つまり、キャンプファイヤー」

 

 名探偵が犯人を言い当てる時のような決め顔でアミがそう結論付けた。絶対違う。

 

「——つまり内通者がいるかもしれない、ってことだな」と優馬くんはアミを無視して言う。

 

 よかった。優馬くんにはちゃんと伝わっていたようだ。

 

「うん。だから、どちらか片方に行っても、もう片方で大きな被害がでるかもしれない」

「よし分かった」と優馬くんが応じる。判断が早い。「なら、二手に分かれよう。俺は防壁の方に行こう。繋は屋敷をみてきてくれ」

 

 僕は肯いて応える。

 

「なら、あたしも屋敷行こっと」とついて来ようとするアミに手を向けて止めた。

「アミは防壁を頼むよ。侵略者は大勢いるようだし。内通者の方ならせいぜい数十人くらいだろうから、僕1人で多分何とかなる」

 

 えぇ〜、とアミが渋る。説得している時間はない。仕方がないので、僕は個体召喚を行使した。

 

「ジェノサイド・ゴブリン」

 

 身体が一瞬熱くなり、前髪が浮き上がったと思えば、目の前に猫背に丸まった筋肉質の赤黒いゴブリンが現れた。

 いや、これもロアウルフと同様、ゴブリンと称して良いのか分からない様相をしている。シルバーのゴワゴワした頭髪は異様に長く、目つきは子供なら10人が10人泣き出すだろうという程、鋭い。

 

『お呼びですかい。旦那』

 

 と唐突にジェノサイドゴブリン——略してジェノ——が喋ったので、僕は驚いて2、3歩後ろに後ずさった。


「喋った?!」

『そりゃ、そうですぜ旦那。オイラだって生きてるんですから』


 僕はなんとなくジェノに応答するのが躊躇われて、優馬くんとアミに顔を向けた。

 だが、彼らは別に驚いている様子はない。

 

「あんた、ゴブリン語わかるの? きっしょ」

 

 アミに罵られて、はじめて僕にしかジェノの言葉は通じないのか、と知った。

 僕は改めてジェノに向き直る。

 

「ジェノサイド・ゴブリン。優馬くんについて行って、手伝ってあげて。僕がいない間は優馬くんの指示に従って」

 

『分かりやした』とジェノは僕に顎を突き出すようなお辞儀をしてから、今度は優馬くんに顔を向け、『おう。手伝ってやるよ。感謝しろ』と横柄に宣った。

 幸い優馬くんには言葉が通じていないので、放っておいた。

 それからジェノは未だ駄々をこねているアミに視線を移し、ハッ、と鼻で嗤った。


 アミにもゴブリンの嘲りが伝わったのか、にっこりと僕に殺意を込めた笑みを向けて訊いてくる。

 

「繋、このゴブリン燃やしていい?」

 

 良い訳ない。

 

「アミが駄々こねるから、もうジェノに行ってもらうことにしたんだよ。頼んだよジェノ」

『あいよ。任せてくだせぇ』

 

 そして優馬くんと共にジェノは防壁の方へ走って行った。

 アミは類をぴくぴくと痙攣させ、歯をギリギリ噛みしめながら、何か葛藤していた。

 それでも僕がじーっとアミを見つめていると、「あー! もう! 分かったから!」と苛立った様子で舌打ちをして、「繋のばか! もう知らないから! 死んじゃえ!」と僕を罵倒して、優馬くんを追いかけていった。


 ——が、途中振り返って「本当に死んだら許さないから! 死ね!」と叫んでから、今度こそ去って行った。

 死んで欲しいのか、欲しくないのか分からない。

 

 さて、と未だ燃え上がる屋敷に振り返る。

 まずは状況を確かめなきゃ。

 僕は屋敷に向けて駆けだした。








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