第25話 勇者


 金髪の優男は整った顔はしているが、耳の先が尖っていない。また、エルフはゆったりとした丈の長い服チュニックを着ているが、優男は青黒い胸当に赤いマントを羽織り、いかにもな装いであった。食事をするのに何故防具とマントが必要なのだろう。

 

 ペトラに視線を移すと、可哀想な程、動揺しておろおろしている。何がそんなにペトラを挙動不審にさせているのだろうか。1000歳近く生きている者が慌てふためく姿を見ると、なんだか心がざわつく。


 優男は僅かに口角を上げた自信に満ちた表情で、勝手に席に移動しようとして、不意に僕と目が合った。

 すると、途端に眉間に皺ができ、それが消えたと思えば今度は不敵な笑みを引っ提げて、こちらに歩いて来た。


「やぁ、君たちが噂の客人かい?」


 優男が言う。その後ろにゾロゾロついて来た仲間達は、鋭い視線を無遠慮に僕らに注ぐ。明らかに親睦を深めようとする者の表情ではない。

 ペトラはガックリと項垂れて、頭を掻きむしっていた。僕らとこの優男が接触するのを懸念していたようだ。


「俺たち噂なのか?」と優馬くんが聞き返した。

「ああ。この屋敷の使用人たちはキミたちの話が好きみたいだ。どこへ行っても耳にする」


 優男は、なぁ? と同意を求めるように仲間に顔を向ける。「ああ。もう、うんざりするほどな」と大柄の男が地響きのような低い声で応じた。


「そうか。悪いな。どうしても目立っちまうんだ、俺」と優馬くんが言い放つ。ふざけているのか、真面目なのか、判然としない。いや、優馬くんのことだから真面目にそう思ってそうだ。

 優男は抑えた怒りが漏れ出すかのように僅かに目を見開いた。後ろの男は完全に殺気立っている。女2人も冷たい目で僕らを睨んでいた。

 優男は口元だけで笑みを浮かべる。


「僕はグレイ。ハンジャック王国所属の、勇者、だ」


 グレイが片手を差し出し握手を求めた。『勇者』を強調して言うところをみると、それをもって優馬くんが何らかの反応を示すと思ったのだろう。

 だが、優馬くんは「あ、はいはい」と握手に応じながら、ペトラに顔を向けて「ハイジャックってどこだ?」と訊ねていた。勇者であることには特段、触れない。

 えっと、と困っているペトラの代わりにアミが答えた。


「ハイジャックじゃなくて、ハンジャックよ。西の大陸にある大国。この島の外ね」

「え!? 外と行き来できんの?!」


 僕は驚きのあまり立ち上がってアミに詰め寄るが、アミは「さぁ。海岸まで辿り着けていないのは、あんたもよく知ってんでしょ」と答えてから、再びパスタをそばのように啜る。


 確かに島を出られるか試したことはない。僕らは森からこの里までほぼ直行しているのだ。そもそも食料問題が深刻でそんなことにまで頭が回らなかった。落ち着いたら、一度試してみるべきか、と僕が考えていると、ペトラが声を上げた。


「残念ですが、それは無理です。コドク様方はこの島から出ることはできません。これまでのコドク様は皆、見えない壁に阻まれて沖に出ることはできませんでしたから」

「まぁ、エリー様が嘘つくわけねぇわな」


 僕が崩れるように着席して肩を落としていると、グレイの後ろから「ちょっと! グレイの話聞いてるの?!」と棘のある声が飛んできた。

「聞いてる聞いてる! 勇者だってな! すげぇな! 頑張れよ」と優馬くんはグレイの背中をベシベシ叩いて激励していた。まるで近所のオジちゃんである。

 そろそろグレイの取り巻きがキレそうだったので、これ以上、関わり合いになりたくはなかったが、僕は一つ気になることがあり、「あの〜」と控えめに挙手した。

 殺気だった8つの目が僕に向く。


「勇者さん達は、なんでこの島にいるんですか?」


 僕は期待せずにはいられなかった。なにせこの島には魔王がいるのだ。魔王と勇者。この2者が全くの無関係というのはないのではないか。

 もしかすると僕ら転移者は何もしなくても、元の世界に帰れるかもしれない。この質問にはそういった含みがあった。


「無論、魔王を倒すためだ」


 僕は言下げんかに立ち上がり、「応援してます! 頑張ってください! 絶対に倒してください! なるはやでお願いします!」とグレイの手を取って激励した。


「言われなくても倒すわよ!」と女が吐き捨てる。

「いつですか? 明日ですか?」

「何気につなぐが一番失礼じゃね?」とアミがペトラに同意を求める。ペトラは、はぁ、と苦笑していた。


「早く倒したいのはやまやまだけど、結界があって魔王の住処に入れないからね。こればっかりはいくらボクだろうとどうにもならない」


 グレイはため息を吐いて、肩をすくめた。


「あー。敵の四天王たおすと結界が解除され〜、とかそんな感じか?」

「フン、それならばまだ良かったがね」とグレイは鼻で嗤う。「結界を張ったのはここのエルフ共だ。忌々しいことにな」


 そうなの? とペトラに目を向けると、ペトラは眉を八の字にして「はい」と答えた。


「無闇に魔王に挑む者が多くて……500年前から結界を張っているのです」

「結界を解け、と言っても、ここのジジイは全く話を聞かない。誰が結界師なのかすら教えない徹底ぶりだ」

 

 ペトラが首を振って訴えかける。


「魔王に勝てるのはコドク様だけです」

「ハッ、誰に物を言っているんだ。ボクは勇者だぞ? ボクらなら勝てる。それだけの経験を経て、ボクらはここに来ているんだ」

「そうだ。俺らの実力をみくびんじゃねぇ」「ウチらが平和にしてやろうってんだから、とっとと結界とけや」「そうです。あなた方エルフの勝手で世界が脅かされているのですよ!」


 口々に勇者一行が声を上げた。収集がつかなくなりそうな雰囲気に辟易する。

 もうこうなったら無視して退散しようか、と僕が考えていると、アミの気怠げな声が割り込んだ。

 

「うるさいなー」


 ようやく食べ終えたのか、アミは口をナプキンで拭うと、無造作にナプキンを放った。


「あんたらさぁ——」


 アミの鋭い眼光が勇者一行に向けられる。それからアミは、まるで悪事に誘惑するように、口角を釣り上げ、魅惑的な赤い瞳にグレイを写した。

 艶やかな朱色の唇が上下に動く。


「——そんなに言うなら、エルフ滅ぼしたら?」


 な、と言葉に詰まる。ペトラは顔を歪めて勢いよくアミに振り返った。


「できないの? なんの罪もない善良なエルフは殺せない?」

「あ、当たり前だろ! 狂ってるのかお前!」とグレイがかろうじて威勢を示す。

「大した覚悟ね。何も代償を支払わずに、平和が手に入るとでも思ってるわけ?」アミは嘲笑う。「できないなら、それでもいいけど、それならそれでとっととお家に帰りなよ。ここにいても邪魔なだけだし」


 グレイは目を剥いてアミを睨む。奥歯をギリ、と噛む音が聞こえた。

 

「何も知らない小娘が言ってくれるな。なら、お前はどうなんだ」とグレイが顎をしゃくってアミをした。「お前は世界のために、どこまでできる? ボクは世界平和のためならこの命を捧げても構わないと思っている」

「グレイ……」と仲間の女2人はうっとりとグレイを見つめた。大男も、フッ止めても無駄なんだろ、と独りごちている。

「あたしは別に平和とかどうでもいいけどさ」とアミは前置いてから「でも、そうね——」と顎に指を当てて、考えるような素振りを見せた。


 次の瞬間、僕はアミを見て、肌が粟立ち、電流のように背筋に悪寒が走った。

 アミは穏やかに微笑しながらも、その顔には嗜虐的な殺気を滲ませていた。


「繋が望むなら、誰だって殺すよ」


 誰かが、ごくり、と唾を飲む音が聞こえた。

 そうだ。忘れていたが、こいつは人間ではない。魔人だ。分類的にはどちらかといえば魔王に近いのかもしれない。

 今は何故か僕の言うことをきいてくれているからなんとかなっているが、もしこの先アミが制御できなくなったら——。

 想像して、ぞっとした。

 僕は首を振って、嫌な想像を打ち消し、同時にアミの頭をペシンとはたいた。


「いったぁーい! 何すんのよ!」

「何すんの、はこっちのセリフだから。物騒なこと言って多方面に喧嘩売るのやめて?!」


 僕らがぎゃあぎゃあ騒いでいる間に、グレイたちは不愉快そうに自分の席に去って行った。

 この一件から、勇者一行と時折顔は合わせても、話をすることは一度もなかった。

 次にグレイ達と口をきいたのは、事態が取り替えしのつかない状況になってからだった。


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