第26話 偽りの仮面

【勇者グレイ・ジャーグ・イディオ】


 背の高いカウンター席に、ボク——オレは1人、腰掛けていた。

 グッとエールをあおいでから、苛立ちに任せてジョッキを天然木のカウンターに叩きつけると、店主は少し嫌な顔をした。オレが構わず「同じヤツ」と告げると、無言でジョッキを下げ、少し待つと冷えたエールを静かにカウンターに置いた。

 オレは氷のように冷えたジョッキに口をつけ、新たなエールを半分程流し込んだ。

 こんな姿は仲間達には見せられないな、とフワフワとした酩酊感を迎え入れながら、フフフ、と自虐的に一人笑う。店主がまた嫌な顔をする。


 だいたい皆『勇者』というものに幻想を抱き過ぎなのだ。勇者は確かにすごい。偉大だ。オレにしかできない。それはその通りだ。

 だが、あくまで勇者はジョブの一つなのであって、勇者だから優しいだとか、勇者だから礼儀正しいだとか、そんな理想像を押し付けられても困るのだ! 迷惑千万! 本当ならそんな偏見に満ちたクソ共は一人一人、ぷちぷちと殺してやりたいくらいだ。

 

 だが、オレは耐えた。人類が望む偽りの仮面をつけて、愚民共の理想とする勇者を演じてきた。

 その結果、どうだ! 皆、オレを尊敬し、讃え、頼る! 女はオレに抱かれることを至高とし、男はオレというはるか高みの存在に嫉妬する。

 いまや一国の王ですら、オレを軽視はできない。オレは人類の頂点に君臨したのだ。


 ——それなのに!


 なんなんだ、あの「コドク」とかいう連中は。世界に轟くオレの名を聞いても、眉一つ動かさないだと……ッ?!

 それどころか、お前ら如きがまるでオレと対等であるかのように、気さくに話しやがって。舐めてんのか! オレが話しかけたら、声を震わせて喜ぶのが普通だろ!


 思えばここのエルフ共もそうだ。オレが来てやったというのに、どいつもこいつも普通に対応しやがって! 

 しかもだ! 更にムカつくのは、ここの連中はオレを敬わないどころか、オレよりもあの『コドク』とかいう奴らを敬うのだ。なんという蛮行だ! 誰が人類を救うと思っているのか! 恩を仇で返しやがって! ふざ——


「——ふざけんな!」


 後ろから怒声を上げながら両の拳でテーブルを叩く音が聞こえた。

 そっと振り向くとエルフの男達が4人テーブルを囲んで険しい顔を突き合わせていた。


「なんだ! あの今朝の里長の発言は!」

「この里の行く末を、あんな訳のわからない連中に委ねるってのか! 馬鹿げている!」

「コドクだかなんだか知らんが、年寄りエルフは固定観念に囚われすぎだ! 何故、我々がコドクとやらの面倒を、みてやらねばならん!」


 エルフたちは頬を引き攣らせながら、歯を噛み締めた。

 その演説なら俺も聞いていた。確かにあれは酷すぎた。オレもはらわたが煮え繰り返った程だ。

 あの時、里長はこう言ったのだ。


 ——この里の全ての決定権を、血日けつじつまでの間、コドク様方に委ねるものとする


 怒りを通り越して笑えたね。里の最高権力者に据えるならば奴らではなくオレだろう! 里長の目は節穴のようだ。

 そこまでして『コドク』とやらに尽くすのか、コイツらは。——いや、どうやらそう考えている者ばかりではなさそうだ。

 後ろのエルフ達もそうだし、あの演説の時も不満を漏らす輩は一定数いた。後ろのエルフの口ぶりから、おそらく『コドク至上主義』は年輩のエルフだけで、若者エルフはそこまでどっぷりコドクを崇拝しているわけではないようだ。


「こんなことなら、俺達がこの里を統治した方がマシだぜ」


 その呟きを聞いて、オレの脳裏に火花が散るような光が走った。そして、オレは改めてそれが実現可能か、パズルを組み上げるように、あらゆる要素を並べて変えていき、上手く組み合わさるのを感じて、口角が自然と吊り上がった。

 素晴らしい。天才だ。オレは。

 これが上手くいけば、あの気に食わない『コドク』連中を追い出せるだけでなく、結界問題も解決する。一挙両得の一手。


 多少死者はでるかもしれないが——なに。平和に犠牲はつきものだ。あのクソ生意気な黒髪チビ女が言っていたようにな。

 仮に何人かのエルフ、あるいはあの『コドク』共が死んだとしても、これは尊い犠牲だ。全人類を救うために、奴らには生贄になってもらおう。

 

 オレはくるり、と振り返ってエルフ達に声をかけた。

 


 

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