第22話 コドク様


 人を殺さなくては魔王に勝つことはできない。

 僕はロアウルフの背中に揺られながら、そのことを考えていた。

 通常の魔物でも、僕らは——転移者は大量の経験値を得ることができる。それはこれまでの経験からも確かなことだ。

 だが、エリーはそれでは魔王には届かないという。

 

 僕はまだプレイヤーを殺して、経験値を得たことはない。新里さんのときは、生命エネルギーを活用してアミを召喚したが、そこに経験値は生じなかった。

 だから、いったいプレイヤーキルでどれだけの経験値を得られるのか、という問いに僕は答えることができない。それは優馬くんもアミも同じだろう。

 

 仮に僕らがプレイヤーを殺して、強くなったとして、そこに道義はあるのか。

 人の理性や道徳心から外れてまで、強さを求めるというのは、魔王や魔物と同じではないか。

 だが、それが魔王に勝つための——言い換えれば僕らが元の世界に戻るための——唯一の方法だとしたら……果たして僕らはその時どういう選択をするのだろう。

 日常を取り戻すために、僕らは人の道を捨てるのだろうか。それは大きな矛盾を抱えた馬鹿げた考えだ。

 だけど、その馬鹿げた考えを突きつけられ、一歩、また一歩と断崖絶壁の果てに追い込まれているのが今の状況なのだ。逃げ道はない。

 僕らが人をやめる瞬間は刻一刻と迫っているような、そんな予兆めいた焦燥が僕の心をじりじりと焦がした。

 

「おい、あれ」と優馬くんが声を上げた。

 

 僕は、ハッ、と顔を上げる。今回は僕にも見えた。村だ。村と呼ぶのが相応しいかは分からない。規模的には都市に近いかもしれない。5メートル程の石垣のような壁が横に広がり、丘状に盛り上がったところにその村はあるようだが、村の中は壁で遮られ見ることができない。

 だが、煙が上がっているので人がいることは確かなようだ。

 

「人だ」と僕が呟くと、隣でアミが吐息をついた。

「ようやくまともなものが食べられそうね」

「おい、気を抜くなよ。まだ友好的かどうかなんて——」

 

 優馬くんが言い終わる前に、カンカンカン、と警鐘が鳴り始めた。優馬くんがげんなりとした顔を作る一方で、アミは「あははは、戦闘準備ぃ~」とおどけていた。

 

 防壁に繋がっている物見塔を見上げると、人影が見える。忙しなく腕を動かしているのは、鐘を叩いているからだろう。

 僕らは防壁に突き当たると、そのまま壁沿いに進んで、門を探した。

 だが、門に辿り着く前に、僕らの進行方向10メートルのところに、矢が降って来て、馬が蹄で地を蹴るような音を立てて、地に刺さった。

 不意に鋸壁きょへきから一人の男が、ひょっこりと出て来て叫んだ。

 

「止まれ!」

 

 その男は中性的な整った顔付きであり、現代風に言えば「イケメン」に違いなかった。だが、顔の美しさよりも目をひいたのは、その尖った耳である。僕の脳裏にあるワードが浮かび上がった。

 

「エルフだ……」感動が漏れる。

「エルフって本当にイケメンなんだな」と優馬くんが応じた。

「そう? あたしはあんまり好きじゃないけど」アミは首を傾げる。

「まぁ、なにがイケメンかは人それぞれだから」

 

 僕らがおしゃべりしていると、件のエルフは眉毛を品り上げ、激昂しだした。

 

「おい! この弓が見えないのか! 呑気に喋ってんじゃない!」

 

 よく学校で、私語を慎め、と怒られたのを思い出した。懐かしくて涙が出そうになる。

 優馬くんは全く臆することなく、ゆっくりとウィンドウルフから降りる。僕も優馬くんに倣ってロアウルフから降り、いつまでもウィンドウルフに鎮座しているアミに目で訴えかけ、アミも降ろさせた。

 優馬くんは1歩、歩み出る。

 

「俺たちはただの旅人だ。あんたらに害を加えるつもりはこれっぽっちもない。ただ、できれば、宿と食料を提供してもらえると助かるんだが」

「ふざけるな! 何がただの旅人だ! お前らの乗っているのは、ブラッドウルフではないか!」

 

 アミが小声で「ぶっぶー、不正解」と口を尖らせた。正解はロアウルフとウィンドウルフである。

 

「いや、これは、えっと、なんていうかな。友達? オデ、オオカミ、トモダチ、コワクナイ」


 優馬くんが少しふざけだす。元が陽キャだからか、優馬くんはこういうところがある。大事な局面で悪ふざけするのだ。肝が据わっているとも言うが。

 とは言え、僕の召喚術だとバラすのも気が引けたのだろう。情報は武器だ。もし、彼らと敵対する場合に、僕の手の内がばれているのは不利だと、優馬くんは判断したようだ。

 

「貴様、我らを愚弄するか!」


 エルフが激怒して、いよいよ雲行きが怪しくなってきたな、と戦闘に備えいつでも動けるようにロアウルフにアイコンタクトを送っていると、また別のエルフがひょっこりと顔をだした。

 深いしわが刻まれたおじいちゃんエルフである。そして、若エルフの肩を掴んで、小声で何かぼそぼそと喋っていた。

 若エルフは「ですが!」と声をあげるが、おじいちゃんエルフがまた何かを言うと、眉間に皺を寄せて若エルフは壁の向こうに消えた。

 

「エルフにも年寄りっているんだな」とエルフを怒らせた元凶の優馬くんが呑気に僕に顔を向ける。怒らせたことなど微塵も気にしていない様子である。

「エルフは死期の100年前くらいから急激に老けるって聞いたことある」アミが言う。

「何年生きるの? エルフって」

 

 僕がアミに投げた質問に壁の上から「だいたい7000年前後です」としわがれた声が降って来た。おじいちゃんエルフはさすが年の功。落ち着いて話ができるようだ。よかった。彼は続けて口を開く。

 

「私たちの里に入りたい、とそういうことでよろしかったでしょうか」

「ああ。少し休ませてもらいたいんだが......先に白状すると俺らはあんたらに支払える物が何もない。労働力くらいにならなれるが、それで食料や寝床を分けてくれないか」

 

 老齢エルフはゆっくりと首を左右に振る。

 

「とんでもない。そんなことはさせられません」

「やっぱりか。ならせめて別の村の場所を——」と口にする優馬くんを老齢エルフは手で制した。

「あなた方に働かせることはできない、という意味です。寝床も食料も、大したものは出せませんが無償で提供させて頂きましょう」

「え、いいの?!」僕は驚きのあまりため口をきいてしまうが、老齢エルフは「もちろんでございます」とにっこりと笑った。その笑みは7000年分の歴史の詰まった穏やかな笑みだった。

 

 アミが僕の耳に顔を寄せて耳打ちする。「なんか逆に怪しくない?」

 確かに怪しい、と思った僕は「なんでそんなに親切にしてくれるんですか?」と訊ねた。


 老齢エルフは大樹のような笑みを絶やさずに答える


「我々はもともとあなた方に仕えるためにここに根差した種族。あなた方をもてなすことは、すなわち我々の生きる意味でもあるのです」

 

 頭がこんがらがりそうだった。僕たちに仕える? 何日か前にこの世界に来たばかりの僕たちに? なんで?

 理解が追いつかない僕らに構わず、老齢エルフが告げる。

 

「ようこそおいでくださいました。コドク様」


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