エルフの里で

第20話 ロアウルフ


 森を出て少し歩くと河があった。比較的大きな河だ。立ちふさがる大蛇のように流れるその河のために、思わぬ足止めをくうことになった。

 河は森と草原の境に斜めに切り込む角度で伸びている。森との接点は、ここからでは確認できない。


「どうすんだし。せっかく町田が『行こう、キリッ』ってかっこつけてスタートしたのに、いきなり行き詰ってんじゃん」

「うるさいぞ、悪役令嬢」優馬くんが応戦する。

「誰が悪役令嬢よ! 燃やすわよ」

「アミ、静かに。魔物が寄ってきちゃうよ」

「なんだし! あたしが悪いっての?!」


 ぬかるんだ土の上をカエルが跳ねては止まり、また跳ねる。僕はそれを見ながら、ジャンプで越えられないかな、と河に視線を移した。

 森の中で見た小河とは比較にならないほど大きい。とても飛び越えられる幅ではなかった。

 だが、それは魔法職の僕ならば、の話だ。物理職の優馬くんならあるいは、と思い、僕は優馬くんに目を向けた。

 彼は僕の視線に気付くと、かぶりを振る。


「これを越える大ジャンプは俺には無理だ。俺に無理ならアミも当然無理として、多分繋も無理だろ?」


 僕が肯く横で、アミが得意げに笑った。


「あたしは魔法で浮けるから余裕」

「まじか? よし。ならアミにぶら下がって渡ろう」優馬くんが勝手に決める。

「はぁ?! できるわけないでしょ! か弱い乙女に何させようとしてんの?!」


 か弱い乙女、と僕が呟くと「何か文句あんの?」とアミの怒りが飛び火した。僕は肩をすくめ、命乞いするように首を左右に振った。


 繋、と優馬くんが僕を呼んだ。「何か良い秘密召喚獣ないのか?」

「僕は猫型でもロボットでもないんだけどなぁ」


 ましてや未来から来たわけでもない。

 とは言え、優馬くんに頼られて悪い気はしなかった。それに僕自身、まだ新たな召喚体を全く把握できていないのだから、自分の手札が分かっていないような状況だ。ひとまずポケットの中身を手当たり次第にポイポイ出してみても良いだろう。


「おいで、ロアウルフ」


 魔力を活性化させながら囁く。前髪がふわっと少し浮き上がった。そして、瞬きよりも短い一瞬の間に、ワンボックスカー程もある巨大な狼が現れた。

 ——いや、狼と称してよいものかは分からない。なぜなら、その様相は既に狼からかけ離れ、得体のしれない怪物そのものだった。

 頭からはねじれた黒い角が2本生え、硬そうな結晶石のような棘が白いもふもふの毛の間から見えている。

 ロアウルフは、黄色い縦長の瞳孔を順番に僕らに向け、何かを嗅ぎ分けたのか、のしのしと召喚者である僕の方に的確に歩み寄ってくる。ゆっくりと僕の背後を回り、また僕の前に来た。そして小さく「ヴァゥ」と鳴く。

 

「あんた、何てもの召喚してんのよ。どうみても野生で生息しているレベルの生物じゃないんだけど」アミが頬をひくつかせる。

「確かにな。ダンジョンの最奥で待ち構えていそうな出で立ちだよな」優馬くんは、はははは、と豪快に笑った。

 ロアウルフは不思議そうに首を傾げていた。

 

「ロアウルフ、僕らこの河渡りたいんだけど、何とかならない?」


 優馬くんが僕にしたように、今度は僕がロアウルフに縋りつく。ロアウルフは「ヴァゥ」とまた短く唸り、唐突に身を深く沈めた。直後、ロアウルフが大きく跳躍した。


「ヤッバ! なんて脚力よ」

「だが、あれじゃ、河の向こうまでは届かないぞ」


 ロアウルフの跳躍力は確かに途轍もなかったが、優馬くんが言う通り、対岸には達しない。ところが、ロアウルフは空中でもう一度足を動かし、まるでそこに透明の足場でも設置してあるかのように踏ん張って、再び跳ね上がった。


「おおおお! 2段ジャンプだ! すげぇ! ゲームでしか見たことないぞ!」

「当たり前だよ優馬くん。人間にできる訳ないって」


 ロアウルフは見事、対岸に優雅に着陸し、こちらに振り返って少し顎を上げた。どや顔しているようにも見える。

 しばらく対岸をうろうろと闊歩してから、ロアウルフは行きと同じように2段ジャンプで戻ってきた。

 そして僕と優馬くんを乗せて、再び対岸へ跳ぶ。アミは「あたしこんな化け物に乗りたくないんだけど」と浮かんで河を渡った。戦闘力で言ったらアミの方が余程化け物なのだが、本人に言ったら怒られるので黙っておいた。


「ていうか、もうこのままコイツに乗せてもらった方が速くないか?」


 優馬くんが提案するとロアウルフは小さく吠える。『別にいいけど』と言っているようだ。

 確かに歩くよりもずっと速い。しかもロアウルフは特性で『召喚中の獲得経験値30%増』がついているから、常時召喚しておくのはお得でもある。

 

「はぁ?! なら後ろの席はあたしでしょ!」アミが指をさしながらロアウルフの背中を席呼ばわりしだした。

「こんな化け物乗りたくないんじゃなかったの?」

「仕方ないでしょ! 美少女ヒロインは荷ケツの後ろって相場が決まってんの!」

「自分で美少女ヒロインとか言い出した……」と僕が呟く隣で「美少女ヒロインなら荷ケツとか口走んなよ……」と優馬くんも呆れていた。というか異世界にも荷ケツという概念があるのか。


 ところが、優馬くんが降りて、アミがロアウルフに近寄ろうとすると——。


「ヴゥゥウウウウゥ!」


 ロアウルフは素早くくるりと180度向きを変えて、アミに対峙するように唸り声を上げた。


「嫌だって」通訳しなくても分かるだろうが、一応通訳する。

「なんでよ! こんな美少女のケツが乗るんだから喜べし!」

「だから美少女がケツって言うな」


 アミが嫌われるのも無理はない。『化け物』とか『乗りたくない』とか言われれば、そりゃ嫌な気持ちにもなるだろう。僕としては召喚体同士仲良くしてほしいのだが……。

 仕方がないので、アミと優馬くんにはウィンドウルフを1体ずつ召喚してそちらに乗ってもらった。


「よし、じゃあ出発だ!」


 優馬くんの合図と共にロアウルフとウィンドウルフは駆け出した。まるで風と併走しているかのように、野花が咲く草地を駆けた。途轍も無い勢いで景色が後ろに流れていく。分かってはいたがとんでもなく速い。

 途中、徒歩だったら絶対に迂回しているであろう高さの切り立った丘を走ったが、ロア達は迷うことなく丘上から飛び降りた。男の大事なところがヒュンとなる。背後からは「イヤァァアアア」というアミの絶叫が聞こえた。

 ロア達は難なく着地してまた駆ける。

 

 乗り心地は悪くなかった。揺れは当然あるが、ロアウルフの身体から生える硬い結晶石は足置きとしてちょうど良かったし、ふさふさの白い毛も肌触りが気持ち良い。

 ロアは加減しているのか、ウィンドウルフ達を追い離すことなくロアを先頭に三角形の配置で走った。

 またしばらく走ると優馬くんが「待て。前方に敵だ」と叫んだ。

 

「ロア、止ま——ぉわァ?!」


 ロアウルフは「ハッハッハッハッ」とボールを追いかける飼い犬のように、突如スピードを上げて、アミと優馬くんを置き去りに、前方のトカゲのような人影に突っ込んで行った。

 

「ちょァァアアア?! スト——ストップぅぅうう!」


 僕は叫んだが、ロアの耳には入らなかったようで、ロアは鎧を纏ったトカゲ顔の2足歩行生物——仮にリザードマンと呼ぶ——にある程度接近すると、片前足を、宙を裂くように振る。すると細長い形状の光がバチバチと放電しながら、飛んで行った。余りの射速に発光するそれの形状ははっきりとは確認できず、発射の後には鮮烈な稲光の残像だけが見えた。

 雷槍——と仮に呼ぶことにするが——はリザードマンを4、5体貫いた。雷槍に貫通されたリザードマン達はパラパラとした黒い炭になり焼け落ちた。当たり前だが即死だ。

 その後も張り切ったロアウルフの蹂躙は止めることができず、鋭い爪による斬撃で内臓が飛び出たリザードマンや、凶悪な牙で身体の一部を食いちぎられたリザードマンが量産され、あっという間に敵の部隊は全滅した。

 全てが終わってから、褒められようとでも思ったのか、血まみれのロアウルフが僕に振り向き「ヴァゥ」と吠えた。


「何あれヤバすぎ」


 珍しくアミがドン引きしていた。いつもは自分が無茶苦茶をするくせに、人がするのはダメらしい。人ではなく狼だが。

 

「どうでもいいが、こっちに経験値入らないんだが」

「ホントそれ」


 優馬くんとアミは戦闘に参加していないとみなされ、経験値は流れなかったようだ。一方僕は召喚主なのでしっかりと経験値を得ることができた。

 

 暴走行為は見過ごせないので、その後、きつく叱っておいた。ロアは地面にあごをつけて、切なげな瞳でしゅんとしていた。多分サシで戦えば僕よりもロアの方が強そうなので叱っている間、内心ドキドキである。

 だが、ここでしっかりと躾けておいたことはやはり正解だった。

 実際これが後々、役に立ったのだ。 


————————————————

【あとがき】

新たにレビュー、フォローくださった皆さん、ありがとうございます😭

そして、レビューコメントもいただきました!まじでありがとうございます✨

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