第19話 行こう
「よし、行くか」
眩しい朝日を浴びながら、同じく眩しい笑顔で町田くんが振り返った。
「よし行くか、じゃないから。何しれっと、あたし達に同行しようとしてんのよ」アミが半眼で睨む。
「何言ってんだよ、俺たちもう仲間だろ? なぁ
「え、あ、うん。そうだね町田くん」と反射的に返答すると、町田くんは満足げに頷き、「優馬と呼んでくれ」と爽やかな笑顔を向けてきた。
「もともとゴーレムを倒すのを手伝えってだけの話だったじゃん」ぶすっとしたアミが尚も文句を垂れる。
「まぁまぁ、そう言うな。前衛がいるとお前らも何かと便利だろ? なぁ繋?」
「う、うん。そうだね町田くん」また反射的に肯定した。事実、前衛の町田くんがいてくれると助かる。「優馬だ」と町田くんが律儀に訂正してくる。
「別にぃ! いらないし! 繋の召喚体がいるから前衛いらないし!」
なんで僕のスキルでアミがドヤ顔するのかは分からないが、とにかくアミはどうにか町田くんを追い出したいようである。
「お前らの夫婦喧嘩も仲裁できるぞ? なぁ繋?」
「てか、さっきから繋に同意求めんの何なん?!」
僕が答える前にアミがキレた。
「ま、まぁまぁ。落ち着いて2人とも。町田くんが——」
「——優馬だ。繋」とまた町田くんが訂正する。
「……優馬くんが、いてくれると心強いのは事実だろ? 僕だって魔力に限りはあるわけだし」
「言っておくけど、あんたの魔力量、化け物レベルよ?」とアミが言うと、「ゴブリンと狼だしまくって、軍隊みたいになってたもんな」と優馬くんも同意する。
やっぱり初期魔力70は相当高い水準だったのだろうか。あれから何百レベルも上がっているから、今はさらにとんでもない数値になっている。
「と、とにかく! 優馬くんは頭も良いし、僕らのリーダーにぴったりだと思うんだけど」
「そんなに褒めるな。だが、分かった。なってやるよ。お前らのリーダーに」
「何で上から目線? そもそも仲間に入れてあげるなんて一言も言ってないんですけど?」
話し合いは平行線を辿る。なんでアミがそんなに優馬くんを嫌がるのか、僕には理解できなかった。別に2人の仲が悪いわけでもなかったと思うのだけれど。
だが、僕はもう優馬くんを他人だなんて思えない。優馬くんの言う通り、もう仲間として認識していた。
「アミ」と赤い瞳を見つめながら、僕は彼女の手を取る。「優馬くんは絶対必要だよ。お願い」
アミの顔が緩んだと思えば顰め、口がむにゅむにゅしたと思えばキュッと一文字に結ばれる。どういう感情なんだ。分からない。
「あぁー! もう! 仕方ないなぁ!」と可愛らしい怒声をあげてアミが折れてくれた。「せっかく……2人……」とアミが小声で何やらボソボソ呟いていたが、よく聞き取れなかった。アミも僕に言った訳ではなさそうだったので、聞き返すのはやめておいた。
「よろしくな、繋、アミ」
「うん!」「邪魔したら許さないから」
「で」と優馬くんが、言う。「進路だが……どうする?」
「まぁ、2択だよね」
一つはこのまま森からの脱出をはかる道。ゴーレムを倒したのだから、僕らの仮説が正しければ森のループは終わる。森があとどれだけ続くのかは分からないが、島全域が森ってことはないだろう。森を抜けて人里を探す。当初からの変わらぬ目的だ。
そして二つ目は、昨日出現したダンジョンらしき穴を進む道。もしかしたらアミの言うようにゴーレムを倒した報酬がある可能性もある。
「そんなのお宝取りに行くに決まってんでしょ!」
「だけど、ダンジョンだったら? 僕ら食糧も何も用意してないのにそんなところに挑めないよ」
「クリアしても、そこからまた森を出る、っていう正規ルートに戻るだけだしな」
言ってみれば、盛大な寄り道である。この地下建築がどこか別の場所——例えば街とか——に繋がっていると考えるのは楽観が過ぎる。
「なら、ちょっと覗いてお宝じゃなけりゃ出てくればいいでしょ」
「入ったら入口が閉じるようになってる可能性もあるよ」
「あるあるだな」と優馬くんが何度も頷く。
「あんたら今までどんな大冒険して生きてきたわけ……?」アミが訝しそうに僕らを交互に見た。
ゲームや映画の話なのだが、もともと異世界人——異世界魔人——であるアミに説明しても理解させるのは難しいだろう。
ゲームでは貴重なアイテムのために突き進むのが普通なのだろうが、これはゲームではない。失敗はすなわち死を意味する。迂闊に突き進むわけには行かなかった。
優馬くんも同じ結論に達したのか、僕とアミを交互に見て言った。
「まずは森の外に出てから、準備を整えて改めて来るか」
「えぇ〜」とアミが不満を垂れる。
「僕もそれがいいと思う。この世界では慎重過ぎるくらいじゃないと」
僕はもう誰も失いたくなかった。新里さんのようなことは2度と繰り返しちゃいけない。
新里さんは救えなかった。だけど、アミだけは、今度こそ絶対に僕が守る。僕が生きる意味はそれだけでいい。絶対に死なせはしない。アミも。優馬くんも。
結局アミは悪態をつきながらも、森を抜けることに同意した。
僕らは暗い鬱蒼とした森を、蔓や葉をかき分けるように歩き、途中、木の上で野宿し、出会す魔物を仕留めたり、猪を狩ったりしながらも着実と進んだ。
そして翌日の昼、ついに——。
「森が……終わった」
僕らは最後の樹の横に並び立った。
遥か彼方から吹いてきた風が、短い草を撫でつけながらやって来て、僕らを包み込んでから森に流れていく。
そこは広大な草原。遠くに角のはえた草食動物の群れが草を食んでいる。魔物の姿は今のところ確認できない。
いつまでも見ていたい平和な光景に、不意に優馬くんの背中が映り込んだ。彼は3歩ほど前に進んでから僕とアミに振り返る。
「行こう」
僕は肯いて、優馬くんの後を追った。
森は終わった。だが、旅が終わるわけではない。新たな旅が始まるだけだ。
それは誰かが魔王を倒すまで続くのだろう。その時には、いったい何人が生き延びているのだろう。そもそも魔王は本当に倒すことができるのか。もしできないなら、僕らはこの島で生きていく覚悟をいよいよ決めなければならない。この過酷な『楽園』で。
森の陰がまとわりつくような重い余韻を引きずりながら、僕はただひたすらに広大な大地を歩き続けた。
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【あとがき】
第2章はここまでです。
新たにレビュー、フォローくださった皆様、本当にありがとうございます😭
第3章も頑張ります!良かったら、レビュー、フォローで支援お願いします😆
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