第17話 追悼


 ゴーレムの身体がガクン、と膝まで地に沈み埋まった。石床は砕け、そこから伸びた黒い蔓がゴーレムの足に絡みつく。

 蔓はゴーレムの腰、胴、首、腕とみるみるうちに登っていき、地に引っ張り込もうとしている。

 当然ゴーレムも抵抗する。腕に巻き付いた蔓を引きちぎろうと引っ張り、ぴんと張っていた。顔にたどり着いた蔓はそこを目的地としていたかのように、ゴーレムの三つ目の角膜を突き破り、体内に侵入した。

 ゴーレムは腹に響く重低音の呻き声をあげて、溺れる人のように悶えた。事実、蔓に溺れていた。

 

 それが現れたのはゴーレムが腰までどっぷりと地に沈んだ頃だった。白桃のような色の可愛らしい花びらが、ゴーレムを取り囲むように地中から姿を見せた。花の中央はゴーレムの真下に未だ埋まっているようだ。ゴーレムを囲むように花弁だけが地中からのぞいている。

 そして、そっと静かに花弁は閉じていき、ゴーレムの胸辺りで止まった。

 そうかと思えば、ブチブチブチ、と禁忌を犯すような心を見出す不快な音が鳴り、花は窄んだ状態で再び地に潜って行った。

 ぼとり、と転がったのはゴーレムだったものの残骸。胸から上側だけのゴーレムが哀れに横たわる。残骸の断面から透明度の高い黄色いオイルが漏れ出て水溜りを作った。


 突然の終局に、誰も言葉は発せなかった。

 おぞましく血に染まる遺跡地帯に、場違いな鳥のさえずりが、まるで小雨のように降り注ぐ。勝利を祝福しているようでもあり、犠性者を憐れんで耳打ちしあっているようでもあった。

 視界が落ちた、と思ったら、単に自分が石床に崩れ落ちただけだった。僕は力なくへたり込みながら、改めてゴーレムを見やる。

 蔓に突き破られた瞳は、それでも鈍く光り、しかし動きはしない。動かないのに、僕を見つめているような、そんな錯覚に陥った。

 古傷が疼くように恐怖がじんわりと蘇る。喜びを口にすれば、目の前の三つ目の怪物が再び動き出してしまう気がして、僕は震える手をギュッと握り締めた。

 不意にゴーレムの目から光が消えた。と、同時に身体がガクガクと震える程の快感が繰り返し襲ってきた。レベルアップだ。

 いったい何レベルあがったのか分からない。何度も何度も繰り返しレベルアップの快感が訪れる。それはしばらく続いた。

 

「おい、レベルアップが止まらないんだが」

 

 町田くんが僕に歩み寄りながら言った。

 

「え、町田くんも?」

 

 僕は、僕とアミにだけ経験値が入っているのだと思ったが、どうやら違うらしい。これまでの戦いでは、新里さんに経験値が入らなかったから、倒した者の総取りなのだと思っていた。

 町田くんは首肯して言う。

 

「ああ。どういう判定基準なのかは不明だが、戦闘に加わった者は経験値がもらえるようだ。前の仲間と一緒に森で戦闘した時もそうだった」

 

 なるほど。新里さんは、おそらく戦闘に参加していない、と判断されたために経験値が入らなかったのだろう。

 

「ちょっと繋ー! 動けないんだけど! 早く来てよ!」

 

 数メートル離れたところから、動けない者が発しているとは思えない元気な声でアミが文句を垂れた。

 

「お姫様がお呼びのようだ」と町田くんが茶化しながら、僕に腕を差し伸べる。

「悪役令嬢に呼びつけられたとも言える」僕は町田くんの手を取って立ち上がった。

 

 並んでアミのところまで行くと、「遅い!」と苦情がとんできた。

「お前、あの技なんだよ。えぐすぎるだろ」と町田くんがアミの背中をバシバシ叩きながら称賛する。アミは顔を顰めて「触んな!」と振り払ってから得意げな顔で言う。

 

「禁術系の魔法よ。可愛いでしょ」

 

 いや、うん、まぁ、と僕が苦笑して首をかしげたのが気に食わなかったのか、「何よ」とアミがむくれた。

 

「可愛いかは別として、あの魔法のおかげで助かったよ。炎系以外も使えたんだね」

「スキルタトゥーよ。昔ゲットしたの」

「スキルタトゥー?」と聞き返すと、アミは両方の眉を持ち上げて「そんなことも知らないの?」と目を丸くした。そして、「スキルタトゥーってのはね——」と説明してくれた。

 

 スキルタトゥーは特定の条件を満たすことで得られるスキルのことらしい。獲得と同時に身体のどこかにタトゥーが刻まれ、決められた回数を使い切ると消えるのだとか。

 ダンジョン内の宝箱——アミは撒き餌箱とか言っていたが——にスキルタトゥー獲得のキーアイテムが入っていたり、ダンジョン攻略すると自動的に獲得したり、とパターンは色々だという。

 

「もしかしてゴーレムを倒したから、既に身体のどっかにタトゥーが入ってんじゃねぇか」

 

 町田くんが言う。それを合図に各々自分の身体をチェックし始める。僕も背中を除いて隅々まで見たが何もなかった。それはどうやら町田くんとアミも同じようだった。

 

「もらえてもおかしくないレベルの強さだったけどね」アミが肩をすくめる。

 

 すると、突然、町田くんが驚喜の声をあげた。顔を向けると町田くんは真剣に宙を見つめていた。ぼーっとしているようにも見える。一瞬遅れて、ステータスを見ているのだと察した。

 

「スキルタトゥーはなかったが、今のレベルアップでスゲー強そうなスキルが増えてるぞ!」

 

 宙を見つめながらはしゃぐ町田くんは変質者みたいで少し怖かった。だが、僕もスキル獲得のワクワク感がないと言えば嘘になる。町田くんに倣いいそいそと僕も自分のステータスを見てみた。


 

『中間 繫Lv389

 

スキル:

 召喚体視覚共有(消費100)

 召喚体能力向上(消費300)

 

通常召喚:

 ゴブリン(消費10)

 アーミーゴブリン(消費50)【特性:10体につき、召喚者及び召喚体の筋力3%増】

 個体召喚:ジェノサイドゴブリン(消費800)【特性:召喚中、召喚者の筋力、敏捷を20%増】

 

 ブラッドウルフ(消費50)

 ウィンドウルフ(消費200)

 個体召喚:ロア・ウルフ(消費1500)【特性:召喚中の獲得経験値30%増】


生贄召喚:

 アミLv405【特性:召喚者及び召喚体は炎攻撃無効、状態異常耐性増(大)】  』



 

「召喚できるモンスターが増えてる!」と僕が言うと、隣でアミも「あたしも魔法増えたんだけどー。新しい魔法覚えるの何年ぶりだろ。ヤバい、テンション上がる!」とはしゃいでいた。


 僕の場合は、今回のレベルアップで加わった新しい要素がいくつもあった。特に『個体召喚』は気になる。消費魔力が膨大だが、それだけの価値はありそうだ。ロア・ウルフの特性『獲得経験値30%増』もかなり有用だ。

 

 戦力の大幅なアップに一同が盛り上がる中、まず最初に異変に気付いたのはアミだった。

 彼女の花が咲くような可愛らしい笑顔が一転、怪訝そうに歪んだ。そして躊躇いがちに「ねぇ」と言った。

 

「ねぇ、なんか……揺れてない?」

 

 僕らは黙って各々揺れを探る。確かに揺れていた。立っていた僕と町田くんは気が付かない程の小さな揺れ。アミは座っていたから感じ取れたようだ。

 耳を澄ますと、ズズ、ズズズ、と石を擦り合わせるような音が聞こえた。

 

「何の音?」アミがまた訊く。

 

 3人同時に音が鳴る方へ顔を向けた。

 僕はその光景を目の当たりにして、口を半開きに息をするのも忘れて、目を見開き、それを凝視した。

 先ほどまで平らだった遺跡地帯に突如、巨大な円形の凸ができていた。横幅の直径は50メートルくらいだろうか。高さはそれほどでもない。1、2メートルくらいか。遠目から見たそれはまるでエアーズロックのように、横に伸びた盛り上がりだった。

 

 僕らは顔を見合わせる。アミは目を輝かせて期待に満ちた顔をしている。町田くんは警戒の色が強い。僕はとりあえず敵襲ではなくて胸をなでおろした。

 巨大な凸まで僕らはおそるおそる歩いて行く。

 近くまで行くと、それが何なのか、なんとなく察しがついた。

 

「これ……もしかして、ダンジョン?」

 

 皿のような盛り上がりはフチだけだったようで、巨大な円の中は穴になっていた。フチに浴うように蝶状に階段が続いているが、底は真っ暗で見えない。相当深いことは一目瞭然だった。

 僕の問いに答えは返って来ない。ダンジョンだとも言い切れないのが現状ではある。だが、異世界に、こんな大規模の地下施設が、唐突に出現したのなら、それはダンジョンだと解釈してもおかしくはないだろう。

 

「これがなんだとしても、今探索に乗り出すのは危険すぎるな」

 

 町田くんは深い穴の底を引き込みながらそう言った。

 

「えぇ!? ゴーレム討伐のご褒美かもしれないのに?!」

 

 アミが勢いよく町田くんに顔を向ける。だが、僕も町田くんに賛成だった。

 

「アミ、命あってこそ、じゃない? もしこの下に魔物がうじゃうじゃいたらどうするよ。僕ら今戦える状況じゃないだろ」

 

 僕とアミはほとんど魔力切れだ。町田くんも鬼剣スキルを使ったからか、先ほどから足を引きずるようにして歩いている。今敵に出くわせば全滅は免れない。

 アミもそれを分かっていたからか、それ以上は反対しなかった。

 

「森から出られて、余裕ができたらまた改めて来よう」と町田くんがアミを慰めるように言ってから、「さて、とりあえず拠点に戻るか」とげんなりと疲れた顔で笑う。誰がどうみても空元気と分かる笑みだった。

 

 僕はアミを背中におぶって、来た道を歩き出す。背中に柔らかい温もりを感じて、なんだか懐かしい気持ちになった。

 遺跡地帯の端まで来ると、町田くんは遺跡の方に振り向いて祈りを捧げるように目を瞑った。町田くんの端正な顔を見て待っていると、瞑った目からツーッと涙が伝い落ちた。僕は慌てて目を逸らした。

 今は一人にしてあげた方が良いだろう。僕は音がしないように気をつけて、先に森に入った。

 亡くなった仲間の名前を呟く町田くんの震えた声を背に、僕は聞こえない振りをしながら、とぼとぼと歩き続けた。

 

 

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