第15話 走馬灯


 僕を見下ろす巨大な機械人形は、人間の恐怖を堪能するようにゆっくりと腕を振り上げた。

 音が消えた。目の端で何かを叫んでいるアミが見える。

 町田くんは——大丈夫。生きている。こちらを向くゴーレムの向こう側に、うつ伏せで顔だけ上げて僕を見ている町田くんが確認できた。

 ゴーレムの腕はゆっくりと迫り来る。僕の身体は動かない。

 いや、違う。奴がゆっくり動いている訳でも、僕が動けない訳でもない。全てスローモーションに見えているのだ。

 

 これが走馬灯、か。

 

 僕の冒険はここまで。早くもリタイアという訳だ。死を前にして、どういうわけか、僕は新里さんの顔を思い出していた。

 ごめんね新里さん。キミの想いを、キミの怒りを、僕は誰にも届けられなかったよ。ごめん。

 せめて、アミが僕らの分まで生きて——。


 ゴーレムの腕に押しつぶされる直前、突如として右頬に熱い空気が当たり、頬を焼きながら、僕を吹き飛ばした。

 視界に、空と木と石床が忙しなく順番に映った。僕は吹き飛びながら地面を転がっているようだ。

 ゴッ、と頬骨を石床にぶつける音がして、そこから周りの音が元に戻った。樹が折れる音やぱちぱちと焼ける音が聞こえる。焼けた右頬がじんじんと痛む。

 

 どうやら爆発が起こったようだった。僕は爆風に吹き飛ばされて、おかげでゴーレムの即死の腕から逃れた。おそらくアミの魔法だろう。

 身体は——大丈夫。動く。僕は地に手をついて身体を起こしながら、掠れる目でゴーレムを探した。

 ——いない。どこに行った。いや、煙で見えないだけだ。奴のノックバック耐性は尋常じゃなかった。アミのヘルエラプション初撃の大魔法を受けても1歩も後退などしていなかったのだ。この程度の爆風ではびくともしないだろう。

 僕がようやく立ち上がると同時に、僕を守るようにアミの小さな背中が目の前に滑り込んだ。


「ばか! 何やってんのよ! 勝手に死にに行くな! ばか!」


 ぐすっ、と鼻をすする音が聞こえた。僕が「ごめん。泣かないでよ」というと「うるさい! 死ね!」と返ってきた。死ぬなと言ったり死ねと言ったり、よく分からない奴だ。

 町田くんがフラフラとこちらに寄ってくる。


つなぐ、すまん。大丈夫か?」

「うん。町田くんこそ大丈夫?」

「ああ。だが、絶体絶命なことには変わりないがな」


 ゴーレムは煙の中、不気味に影がゆらゆら動いている。こちらに歩いてきているようだ。


「今のうちに遺跡地帯から逃げる?」と僕が問うと、町田くんはかぶりを振る。

「いや、俺と繋はここから200メートルだって逃げられないだろうよ」


 町田くんの言うことは正しい。今のぼろぼろの僕に長距離を走り抜けるのは無理だ。だったら最後の力を振り絞って奴を倒す方に賭けた方がまだ分があるように思える。


「でも、どうやって倒す? さっきの町田くんの剣撃で首を落とすとか?」

「アレは身体への負担が大きい。もう一度やれば2度と走れない身体になりそうだ」


 やはり相応のリスクはあったか、と奥歯を噛み締める。先程の斬撃、明らかに異常なステータス激増だった。スキル名の印象から多分『鬼剣解放』が原因か。

 とにかく唯一ゴーレムを仕留めることのできる方法を失った。

 僕らが途方に暮れていると、

 

「あたし、一応、即死魔法1つだけ使えるよ」


 と、アミが言い出す。

 僕が無言でアミのほっぺたをつねって引っ張ると、奇遇にも反対側のほっぺたは町田くんが引っ張っていた。


痛いいはい痛いいはい痛いいはい! 何なのよ!」

「そんな便利な魔法あるなら早く言えよ!」と町田くんが珍しく怒鳴りあげる。こればかりはアミが悪い。

「今までの死闘はなんだったの? 最初からそれ使えし」と僕も同調する。


 アミはほっぺたの手を振り払って「はっ? 違うし! そんな便利な魔法じゃねーしぃ!」とポカポカ僕を叩きながら言い返した。なんで僕だけを叩く。地味に痛かった。


 アミが言うにはその魔法は、禁呪魔法という部類に当たるらしい。展開した魔法陣を敵が踏み抜くと発動するトラップタイプの術式で、トラップ設置時にアミを中心に半径10メートル以上、50メートル以内の距離にいる者にしか発動しない。つまり、すぐ目の前に設置して踏ませる、ということはできない。

 今はちょうどゴーレムは10メートル以上離れた場所にいた。条件を満たしている。


「もう躊躇ってる余裕はないぜ」


 町田くんが僕に視線を向ける。僕は頷いて答えた。


「アミ。やってくれ」

「分かった。でも魔力の大半を持ってかれるから、この後は大した魔法は使えないよ」

「大丈夫。後のことは僕に任せて」

「繋のくせに生意気ね」アミが頬を緩めて目を細める。それから、おもむろに石床に手をかざした。


「ジェノサイドプラント」


 巨大な魔法陣が一瞬浮き上がる。が、それはすぐに消えた。きっとトラップ式の魔法だからだろう。

 アミは床に火球を落として、小さな焦げ跡を作った。僕らにも分かる目印だ。


「さ。第二ラウンドといこっか。あのキモいダルマをここまで引っ張り込むよ!」


 アミの声に活力が湧き、自然と口角が上がる。それは町田くんも同じだった。僕は町田くんと顔を見合わせて、それから同時に声を上げる。


「うん!」「ああ!」


 ちょうどその時、ゴーレムが煙を抜けて現れた。




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