第11話 遺跡

【とある男】

 

 延々と続く森の中、俺はまたしても木の根の下に隠れているリスに出くわした。

 これで4度目だ。同じ形の木の同じ種類のリス。決して道を引き返したりはしていないはずのなのに、1時間で4度も同じ光景を目撃しているのだ。

 次に出くわす光景すらも分かる。動物のフンの山だ。苛立ちを携えて、それでも祈るような気持ちで歩いていると、案の定、動物のフンの山が見えて来て、俺は近くにあった太い木のこぶを思い切り蹴飛ばした。

 

「ちくしょう! どうなってやがる!」


 こらえきれず叫ぶと、横を歩いていた仲間たちがびくっと肩を跳ねさせた。

 

「やっぱり……同じところを歩かされてるよな」と仲間の剣士が言う。

「ああ。来たときはせいぜい2時間くらいしかかからなかったはずだ」

「誰かの魔法……か?」と言ったのは魔療師だ。

 

 いや、と俺は即座に否定した。「こんな大規模な魔法使えるのは、まなみさんぐらいだろ。まなみさん程の実力者が他にいるとは思えない」

「ボスは別格だからな」と陰闘士が恍惚の表情でつぶやいた。

 

 俺は少し考えてから、また口を開く。


「おそらく、これはギミックだ」

「ギミックだと? だが、ギミックはダンジョンにしかないはずだろ。まさかこの森全体がダンジョンのだってのか?」

「それはない」とまた俺は否定する。「倒した魔物が残存しているからここはダンジョンではない。だが……ここに来るまでに遺跡があったな」

「そうか。あそこにダンジョンがあってそのギミックがダンジョン周辺に影響を及ぼしているんだな」

「ああ。それしか考えられない」

 陰闘士の男がニヤリと笑った。「新たなダンジョンを見つけたとあれば、まなみさん喜ぶぜ?」

 俺は一つ頷いて、仲間全員を均等に見た。「決まりだな。戻るぞ」

 

 あのとき素通りした機械仕掛けの人形。あいつがギミックの鍵になっている可能性は大いにある。まずはアイツをぶち壊すとするか。

 木の根の下の4度目のリスは無警戒に留まっていた。通り抜け様に剣で串刺しにする。リスは無音で絶命した。これでどう転んでも5度目の邂逅はない。

 俺は剣を払って、リスの死骸を放り捨てながら、気付いたら自然と口笛を吹いていた。気分が良い。最悪の状況から、最高の手柄が舞い降りたのだ。棚からぼたもちとはこのことか。

 俺は高揚した気分で来た道を引き返した。



 ♦︎



【中間 繫】

 

 地中に引きずり込もうとするかのように、石柱に蔓が巻き付いていた。模様の掘り込まれた石床は、そこに文明があったことを叫び伝えるが、もはやどんな建物が建っていたのかは見当もつかないほど朽ち果て、柱のみが虚しくそびえ立つ。

 僕は遺跡と聞いてせいぜい100メートル四方程度の広さを想像していたのだが、実際にはもっと広大だ。2キロメートルは優にある遺跡群だった。

 丸まった枯れ葉でも踏んだのか、ぱきっとした音が隣のアミの足元から鳴った。

 アミが艶やかな唇に指を当て、しぃー、っと僕に訴えかけてくるが、枯れ葉を踏んだのはアミだ。責任転嫁も甚だしい。

 

「いつゴーレムが出るか分からないんだから、気を付けてよね!」と全く声量に気を付けていないアミの苦情がとんできた。

「そもそもゴーレムって聴覚あるの?」僕は頭に浮かんだ疑問を口にした。

「奴に聴覚や視覚があるかは知らんが、索敵範囲はあまり広くない。これは確かだ。まずこちらが先に接敵に気付くだろうな」

「なーんだ。警戒して損しちゃった」


 アミは頭の後ろで手を組んで、呑気に口笛を吹いて歩き出す。アミがいつ警戒なんてしていたのか、僕には思い当たらなかった。

 

「相手の索敵範囲が広くないとはいえ、その豹変ぶりはどうかと思う」

「うるさいなぁ。そんなこと言ってると『お、あそこにガミガミうるさい奴がいるぞ』ってゴーレムにバレるよ?」

「アミの口笛の方がうるさい」

 

 僕とアミがいつも通り言い争っていると、町田くんが片眉を上げて疑わしげな表情を作った。

 

「お前ら、本当に大丈夫なんだろうな。手筈は覚えてるか?」

 

 アミは、ふっ、鼻を鳴らして、不敵な笑みを作ると、「3歩で忘れるのが鶏だけだと思わないことね」と尊大な態度で言い放った。

「3歩で忘れるなよ。よく恥ずかしげもなく、そんなこと言えるな」僕は呆れて目を細める。

「ばかね。あんたのことよ」


 この女、と僕がさらに言い返そうとして、町田くんに制された。

 

「お前らケンカでしかコミュニケーション取れないのかよ」町田くんは苦笑して、それからやはり心配だったのか、作戦の説明を改めてしてくれた。

 

「いいか。まず奴に気付かれる前に、不意打ちでアミが大魔法を叩き込む。おそらく物理攻撃よりかは効果があるはずだ」

「物理耐性ある敵に剣士はキツイもんね」

「ああ。だが、初撃の大魔法の後は俺が行く。奴にありったけの斬撃を浴びせてやるぜ。繋も召喚獣での援護を頼む」

「うん。分かった。でも、ゴーレムに斬撃なんて効くの?」

 

 町田くんから昨日聞いた話では、ゴーレムは剣では斬れなかったらしい。剣士と槍士と重装士だった町田くん一向はゴーレムの固い身体に歯が立たず、敗戦を喫した。

 

「斬れはしないが、ダメージは一応入る」と町田くんが言う。

「なんでダメージが入るかなんて分かるの?」

 

 僕が訊くと、町田くんは少しためらってから、答えた。

 

「見極め、という剣士スキルがある。相手のライフが視えるんだ」

「えぇ?! そんなスキルが……。てか、スキル名とかどうやって分かるの? あ、もしかして自分で命名してる?」

 

 人の黒歴史を覗き見るような少し気まずい空気が流れかけるが、町田くんは「んな訳あるか!」と慌てて否定した。

「頭の中に意識を向けてみろ。あの教室の板書のときのように」

 

 言われた通り、目を瞑って意識を集中してみると、自分の保有スキルが頭の中に浮かんできた。

 

『通常召喚

  ゴブリン(消費10)

  ブラッドウルフ(消費50)

 特殊召喚

  アミLv207』

 

「うわ、ホントだ! すごい!」とゴーレムの存在を忘れて無意識に大声が飛び出した。

「おいおい、お前、よくこれまで生きて来れたな」

「てか、アミ、Lv207もあんの?!」

 

 アミは、ふふーん、となぜか片手を頭、片手を腰に当て、セクシーポーズをとった。背丈も胸もちっこいからセクシーというよりかは少しコミカルだった。


「でも、繋も同じくらいあるでしょ。一緒にこれまで戦って来たんだから」

 

 僕はもう一度改めて確認する。

 

『中間 繫Lv198』

 

「うぇ?! なんでそんなに?!」またも無意識に僕は叫んでいた。

「俺も既にLv267だ。どうやらこの世界は、RPGゲームなんかよりはるかにレベリングが楽なようだな」と町田くんが白い歯を見せた。

「ばかね、そうじゃないから」とアミがかぶりを振る。「この世界が特別なんじゃない。この島の、あんたらが特別なのよ」

 

 僕と町田くんは同時にアミに目を向けた。

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