第8話 想い


 ゴブリン達が焼ける激臭の中、アミは当然のように、新里さんが残していった衣類を着用し始める。

 僕は鼻を手の甲で押さえ、激臭に耐えながら、僅かな期待を胸にアミに訊ねた。


「新里さん……なの?」


 アミはスカートを履こうとした屈んだ体勢で、尻を突き出したまま動きを止め、こちらを向いた。


「……違うよ。あたしはアミ。さっきそう言ったでしょ」


 それから再び動き出し、スカートのファスナーを上げて新里さんのトレンドマークの赤いパーカーを着た。パーカーに点々とつけられた涙の染みに新里さんの影を感じて胸が締め付けられる。


「全く新里さんの記憶も……ないの?」

「ないよ。ただあたしの召喚の元になったその新里さん? の想いは残ってるみたい。ここに」


 アミは起伏の少ない胸をトントンと軽く叩いた。ツインテールが揺らめく炎のように波打つ。


「どんな……想い、なの?」


 つい口をついて、訊ねていた。新里さんのことを1つでも——今からでも——知ることが彼女の弔いになると信じて。

 だがアミはそんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ふん、と鼻を鳴らした。


「乙女の隠してた想いを、暴こうとすんなし。デリカシーなさすぎない?」


 ぐ、と言葉に詰まる。なんとなくアミの性格も新里さんに似ているような気がした。

 

 ぼとり、とゴブリンの首がこちらに転がってきて、視線がゴブリンの大群に戻る。見事に一撃に首を切断されたそのゴブリンの胴体は黒い炎に包まれていた。首をなくした燃える身体は、膝から崩れるように倒れる。

 それを跨いであの大きなゴブリンがこちらに少しずつ近づいてきていた。その手には僕やアミよりも大きな斧が握られている。


「黒炎を移されないようにお仲間の首チョンパとはね、ウケる」アミは手を叩いて笑った。


 逃げなきゃ、という思いは再び燃え上がった憤怒に塗りつぶされた。

 僕は気がつけば「アミ」と口にしていた。


「何」とアミが柔らかい表情で僕を見る。まるで僕がこれからなんと言うのか、その答えを知っているかのように思えた。

 僕は例のでかいゴブリンを見据えて言う。


「あいつを殺せ」

「分かってるよ。任せて」


 アミは二つ返事でそう答えると、二本指を大ゴブリンに向けた。

 直後、2本の指を中心に魔法陣が宙に浮かび、一瞬の後、魔法陣は捩れながら指に吸い込まれた。

 かと思えば、大砲のような耳をつんざく破裂音が轟く。そして気がつけば、アミの手は銃を撃つ反動のように頭上に弾かれており、大ゴブリンの太い首は右半分が抉れていた。

 僕がそれに気付いた頃、ようやく大ゴブリンは首から発火しながら地に倒れる。同時にその背後の森も燃え上がった。

 僕の身体にレベルアップの快感が何度も何度も繰り返された。いったい何レベル上がっているのか、もはや見当もつかない。


「お? お、おおぉ〜! なんか経験値量ヤバくね?」とアミがはしゃぐ。

「そうなの? 僕にはよく分からないけど」

「普通じゃないって! ジェネゴブ程度でこんなにレベル上がるなんて」


 というか、召喚体のくせにアミもレベルが上がるのか。どうやらアミが敵を倒すと僕にも経験値が入るようだ。僕が新里さんを運んでいる時は、僕が倒したゴブリンの経験値は新里さんには入らなかったから、召喚関係にある場合の特例なのだろう。


『に、逃げろ! ボスがやられた! 逃げろ! 逃げろォ!』


 残ったゴブリンが次々と背中を見せて逃げていく。

 いや待て。なんでゴブリンの言葉が分かる? アミが「あははは! ゴブちん、背中もきたねぇー!」とレーザービームのような魔法でプチプチとゴブリンを虐殺するのを見ながら、僕はエリーの言葉を思い出した。


 ——モンスターを倒すと、確率でその種族と魂がリンクするんだよ。


 多分これだ。ゴブリンとリンクしたのだ。既に50体位は殺っているはずだから、確率3%なら、そろそろ当たってもおかしくない。

 だが、これだけ色々あった相手を、いくら仲間としてとはいえ、積極的に召喚したいとは思えなかった。


「もう行こう。アミ」

「え、なんで? まだゴブちん残ってんじゃん」アミは華奢で小さい肩をすくめて、異論を示す。

「早く食糧を得ないと飢えて動けなくなるよ。僕、もう2日も何も食べてないんだ」


 アミは口を尖らせながら、「ちぇー、仕方ないなぁ」と言いながら、最後まで半身に後ろを振り返ってレーザービームを放っていた。どれだけゴブリン殺したいんだ、こいつ。

 僕は渋るアミを引っ張って、燃える樹々から遠ざかるように進んだ。

 


————————————————

【あとがき】

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