第3話 異世界
はっ、と気がつくと、僕は1人ぼんやりと突っ立っていた。
ここはどこで、わたしは誰。そんなセリフが頭に浮かぶ。僕は
もう一つの質問も片付けてしまおうとして、答えに詰まった。
ここは……どこだろう。
ぼんやりと見ていた目の前の光景に、意識を向けた。
乱立する黒い幹の樹々。木の枝から垂れ下がる苔。泥に
じめっと身体にまとわりつく湿気と、極限まで薄めたような腐敗臭が辺り一帯に漂い、おどろおどろしい陰鬱な空気は僕の不安を一層煽った。
「ここは……異世界」
一歩踏み出してみて、ぺちゃ、と濡れた音と少し不快な感触が靴越しに届く。顔を下に向けると、水を含んだ粘り気のある土が、僕のローファーをめり込ませるようにえぐれていた。
どうやら、僕は沼地帯に降りてきたようだ。
そこで僕は、はっ、と気が付き、慌てて隠れるように腰を屈め、辺りを警戒した。
(ここが異世界なら、魔物とか魔獣とか、その類の輩がいつ出てきてもおかしくない、ってことだよな……)
ごくり、と自分が唾をくだす音が聞こえた。よく耳をすませば、木の葉が擦れる音やぴちゃぴちゃと水が跳ねる音はそこらかしこから聞こえてきた。そこに自分の乱れた心臓の音も重なる。
止むことのない野生の音にびくびくしながら、忙しなく視線を彷徨わせる。
不意に近くで「ギャァ!」という鳴き声と羽をばたつかせる音が上がった。
「ひぃいいい!」
僕が尻餅をつくと、ばしゃっ、と水が跳ねる音がして、それからひんやりとした不快な冷たさが尻に浸透した。僕を脅かした鳥はそのまま木の影に飛んで行き見えなくなった。ポツンと残されたのは、尻を濡らした情けない召喚師だけだ。
(……そうだ! 召喚術!)
僕はズボンからぴちょぴちょ水を滴らせながら立ち上がり、手を前に突き出した。
「いでよ! 召喚!」
しかし、何も起こらない。
さっきまで賑やかだった野生の音が、なぜか今は静まり返っているように感じられた。と、思えば僕を嘲笑うかのように、「ギャァギャァ!」と先ほどの鳥と同じ鳴き声が頭上から聞こえる。
なんっでだよ! 召喚師なのに?! コスト80も払ったのにィ?!
僕は不良品を掴まされた怒りと、無駄に「いでよ」とか唱えてしまった羞恥に任せて、落ちている石ころを拾って、その辺の木に向かって思い切り投げつけた。
石は木にぶつかって呆気なく跳ね返る。と思っていた。だが、現実は違った。僕の投げた石は木の幹を貫通して、その奥にある木にまで深くめり込んだ。
なん……え何が起きて、え何なん?!
開いた口が塞がらなかった。僕はそのまま木に開いた穴を見つめて立ち尽くした。
そして、やがて原因に思い至る。
ステ振りだ。僕は確か筋力を10にした。元の筋力が3だったから、その3倍以上の値だ。そのせいでこんな馬鹿力になってしまったのだろう。
だが、どうみても僕の元の筋力を3倍しただけではない。もっと跳ね上がっている。投擲で太い木の幹を貫通させるなど、人間の領域を優に超えている。
僕はとりあえずの武器として、石ころを5つほど拾ってポケットに入れた。石ころで戦う召喚師など格好はつかないが背に腹はかえられない。
石ころを1つ握りしめ、魔物の奇襲に警戒しながら、とりあえず歩を進めた。できれば今日中に、人里——そんなものがこの島にあるのかは不明だが——まで行きたい。それが無理でも最悪、沼地は抜けたかった。こうジメジメと湿っていては横になることも叶わない。
水の音を鳴らしながら、慎重に歩く。時折、泥に足を取られそうになるが、なるべく木の根の近くを歩くようにすると、足を取られることもなくなった。
そうして、しばらく歩いて行くと、だんだんと沼が減っていき、ついに沼地を抜けた。森だ。木の密度が高く、陽はほとんど木の葉に遮られる。だが、苔もほとんどないし、土もまだ湿ってはいるが泥ではない。その辺の木の上に登れば野宿もできそうだ。
胸を撫で下ろし、吐息をほぅとついた時だった。
「やぁ」
と、唐突に背後から声を掛けられた。
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