第2話 自分クリエイト
2
エリーが去った後、教室は静かだった。
隣の人と話をしようにも顔を向けられないのだから、相談をしたいとも思えないのは当然だ。身元不明で顔すら不明瞭な誰かに頼る気にはならない。
それに僕らには当面、やることがあった。ジョブ決めとステ振りだ。
僕はもう一度、黒板から頭に流れてきた情報を確かめた。
頭に広がった文字情報は主に2つだ。
1つは自分の現在のステータス。現世での能力がそのまま数値化されている、とエリーは言った。
どうやらステータス項目は全部で5つ。今現在の僕の筋力、体力、知力、敏捷、魔力が学校の通信簿のように数値としてあらわされていた。
僕は自分のステータスを見て、ぎょっとした。
筋力、3。これは良い。僕は元から力が弱い。下手したら女子よりも貧弱とすら言えるくらいだ。3ももらえれば御の字だろう。
体力、3。これも良い。体力もそこまでない。体育でやらされたシャトルラン——延々と走らされる地獄の競技——では50回も行かなかった。
知力、5。敏捷、4。これも頷ける。自分で言うのもなんだが、勉学の成績はまぁまぁ良い方だったし、ドッジボールでは痛い思いをするのが嫌で、ちょこまかと逃げ回り、結局いつも最後まで残っていた。
問題は次だ。
魔力——135。
もし身体が動かせない状態でなかったら、多分椅子から転げ落ちていただろう。
これはいったいどういうことなのか。まるで理解できなかった。現世で魔法を使えたことなどただの1度もないし、体内に流れる謎の脈流を感じ取ったこともなければ、くしゃみのはずみに衝撃波を飛ばしてしまったこともない。
それなのに、僕のもともとの魔力のポテンシャルは135。他のステータスとは桁が2つも違う。
それとも、皆こうなのか? 確かにRPGゲームでMP135、と言われればまぁそこまで飛びぬけている印象もない。
とにかく、僕のステータスの合計はきっかり150あることが分かった。これにエリーがくれたボーナス50ポイントが足された合計200ポイントの中で、僕はジョブを選び、ステータスを振り分けることができるということらしい。
試しに筋力4、と念じると脳内に映る筋力パラメータが3から1増えた。なるほど。簡単だ。
とりあえずジョブを決めてからステータスを振り分けることとして、1増やした筋力は元の3に戻しておいた。
脳内の情報、2つ目。それはジョブだ。
ジョブは多種多様で一つ一つ吟味していくのは骨が折れた。特に説明書きや、注意事項などはなく、ジョブ名と必要ポイントが記されているだけだ。
例えば、一番目に載っている『剣士』は、必要ポイントが10、となっている。魔術師、魔療師、重装士など、文字面でなんとなくそのジョブの役割や特徴が掴めそうなものから、空撃士、重術師、巫女などイマイチぴんとこないものもある。
僕らがこの後、放り込まれる『異世界』がどういうところなのかは全くの未知数なので、どんなジョブが有利とか、どのジョブが初心者向け、とかそういった情報はないか、と探してはみたが、やはりどこにも記されていない。もはや運の良し悪しが全て、とさえ言える。あるいはどのジョブでもやりようによっては上手く立ち回れるようになっているのだろうか。
剣士だとか、槍士だとか、物理職に自分がつくイメージは全く湧かない。で、あらば、必然的に魔力を使う職業になってくるのだが、魔術師や幻術師ならばイメージが湧くのか、といえばそういうわけでもなかった。自分が魔法で敵を攻撃している姿を思い浮かべて酷く滑稽に思えた。まるで勇者ごっこをしている子供だ。というか呪文とか唱えるのかな? なんか恥ずかしい。
不安に駆られながら、ジョブのメニュー表を眺めていると、隣から「よし」と女子の声が聞こえた。顔を向けられないので瞳を可能な限り端に寄せて隣の様子を覗う。顔までは見えなかったが、ワイシャツに赤のパーカーを羽織っていることは分かった。
すると、彼女がおもむろにこちらに顔を向けた。
あれ、なんで、と思うと同時に彼女の身体からきらきらと輝く粒子が湧き出ていることに気が付いた。粒子の発された腕が徐々に透けていく。おそらくジョブとステ振りが完了すると、身体の拘束が解け、下界への移動が開始されるのだろう。
「何見てんだよ陰キャ。きもっ」と彼女が言った。少し特徴的な鼻にかかったアニメ声だった。「こういう時にパッと決められない奴はだいたい無能なんだよね」
ふと視線を前に向けると、いくつかの席は既にもぬけの殻。ジョブ決めとステ振りを終えて下界に降りたようだった。
「あんたもとっとと降りて来なよ。あたしの魔術で燃えカスにしてあげるから」
彼女はきゃはは、と甲高い笑い声をあげる。その不快な笑い声が少しずつ少しずつ小さくなっていき、やがて消えた。下界におりたのだろう。
(ヤバいヤバいヤバい、早く決めないと!)
焦りは一層強くなる。もし下界に、早い者勝ちの最強アイテムなどがあれば、早くスタートした方が断然有利だ。僕は慌ててジョブ表に意識を向けた。
またしばらく眺めていると、ふと1つのジョブに目が留まった。
『召喚師』
召喚。ゲームや漫画では、仲間を呼び出す術、という意味で使われる。悪魔だったり、獣だったり、あるいは異世界に人間を呼び出すのも『召喚』だ。
もしかして、僕らがここに呼び寄せられたのも『召喚』が関係しているのだろうか。もしそうだとすれば、召喚師を極めれば、魔王と戦わずして元の世界に帰ることができるかもしれない。
そんな抜け道を用意されている可能性は低いと分かっていた。だが、0ではない。僕はどうしてもその保険に縋りつきたかった。もし魔王を倒すことが不可能に近い『無理ゲー』だった時のために。
僕は召喚師につくためのコストを見て、「んがっ」と変な声が出て、口が塞がらなくなった。
召喚師——コスト80。
(高っ! もらったボーナス50ポイント全投入しても召喚師につけないのかよ!)
他のジョブのコストも見る。コスト80は他に禁術師、巫女(女子専用)、狼男(男子専用)の3つ。
次点で幻術師、重術師、空撃士などがあり、いずれもコストは50だ。
これでは他の人が召喚師を選ぶのに期待は持てそうになかった。仮にコスト80を割くにしても、召喚師ではなく他の3つの方が強そうだ。単純に魔王を倒す、あるいは生き残る、という見方であれば、僕でも他の3つを選ぶ。
だが、だからこそ、僕は召喚師にせざるを得ない。僕が選ばなければ抜け道から元の世界に帰れる可能性が完全に閉じるからだ。それにコスト80は確かに痛いが、ハイコストなのだから、全くの雑魚ジョブ、ということもないだろう。
散々迷った挙句、僕は結局抜け道の可能性を捨てきれず、ジョブは召喚師に決まった。
さて、お次はステ振りだ。
まず筋力。召喚師は物理職ではないだろう。なんとなく感じ取れるジョブ名の法則としては、『師』がつくものは魔法職のような気がする。『士』は物理だ。召喚師は、物理攻撃をあまりしないと思うのだが、どうだろう。
僕は召喚師というものの情報をゲームなどの記憶からひねり出すようにして想像してみた。仲間を召喚するのはイメージできる。が、その後、召喚師はいったい何をするのか、と言われれば正直ピンとこなかった。もしかしたら召喚獣と一緒に物理で闘う、ということもあり得るのだろうか。
筋力が3のままでは、いささか不安になってきて、結局僕は10まで筋力を上げた。
となれば、体力、敏捷も10で良いだろう。知力は何か魔法と関係がありそうだから2倍の20にしておくか。そうすると必然的に残った70ポイントは全て魔力に配置された。
魔力が多すぎる気もする。でも、平均値が分からない以上、下手に下げ過ぎるのも危険だ。元は135あったが、実は平均値は150です、とでも言われたら70振り分けても平均の半分以下だ。『その魔力量では召喚術は使えません』となれば、もはやどうしようもない。詰む。やはり魔力は最低でも70は残しておきたい。
散々迷った挙句、僕のステータスは結局最初に考えた通り、以下の通りになった。
ジョブ:召喚師(80)
筋力:10
体力:10
知力:20
敏捷:10
魔力:70
これで確定、と頭で決断した瞬間、身体の拘束が解けた。同時に手足から光の粒子が舞い始める。
僕は首を四方八方巡らせてみた。ちゃんと教室の端は目視で確認できる距離にあった。だが、やはり広い。横に長いいびつな形の教室だ。席は全部で300席くらいはあるだろうか。その半分以上は既に席にいない。残った生徒たちは一様に同じ姿勢で難しい顔をしていた。
この300人の内、いったい何人が生きて元の世界に戻れるのだろうか。僕ははたしてその時、生き残りになれているのだろうか。
いや、と首を振って嫌な想像を振り払った。
絶対に生き延びるんだ。せいぜい無様に逃げ回ってでも、生き延びてみせよう。誰かが魔王を倒すその時まで。
底知れぬ不安と恐怖の中で、僕の身体は教室から完全に消失した。
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