土壇場のロンリネス

 大事な者を失えば我をも失う!

 山林の穏やかさもこれを癒してはくれない!

 なにもかもがもう戻ってこない!

 戻ってこないなら、それで納得しろといって納得できるかものか!

 納得できるなら、端から守ってなんていないのだ!

 だからここからはわヲんの空しい意趣返しが始まるのだ!

 まず会心の一撃!

 太陽フレアにだって相当する怒り!

 その怒りからなる拳での一撃!

 これがホヘトを襲った!

 が、なんとあっさり受け止められる!

 キャッチボールで山なりの軌道を受け止めるのと変わらない!

 その細い体のどこで力を受け止め、逃がすというのだ!

 しかし答えるのように、ホヘトの体が張り詰めはじめる!

 手から腕が張った!

 胸が三段階ほどまえに突っ張る!

 上背が筋肉に膨張し、広くなり、腹が引き締まる!

 きれいな逆三角!

 余っていた皮膚が、皺なく立派に引き延ばされる!

 そしてどこかでみた細マッチョができあがった!

「どうだろう。赤叉の肉体をベースに、仕込んでみたが比べてどうだろう」

 そうホヘトはニヤッと笑ったあとわヲんを、軽く押し返した!

 だがあきらかにかけた力よりも、倍で吹き飛ぶ!

 吹き飛んで転がるわヲんが、大げさなのではない!

「これは固有振動数だったか? それに足は、このくらい早くてどうだろう」

 言う通り、わヲんが起き上がるより早く、目の前に来ている。

 その足が背に乗っかってくる!

 この星を支えたような重みにも、覚えがある!

「良心を掻き立てるフェロモン波もあるのだが、私ではお前に効かせられないな」

 潰れそうな苦しみにあって、わヲんは悟った!

 こいつ全乗せしてきていやがる! と。

 フルコース!

 全能!

 子ども考える最強能力者!

 もと人間として様式美だとか、プライドだとかないのかと問いたくなる手段!

 しかしホヘトこそ、すべてのロボットや刺客を送り込んできていた!

 だから当然その本人が、それを搭載できるのも道理である!

 わヲんは反則だ!

 と怒りを加熱させる!

 だが、そんな反則で、いまのわヲんを止められると思うなら少し甘い!

 なにより!

「僕は! そいつらをすでに倒している!」

 一度勝っているという自信!

 そこから強くなっている自負!

 そしてなによりどうしようもない怨嗟が!

 わヲんを突き動かす!

 重たく乗っかる足を気合で持ち上げた!

 牽制の蹴りには構わず強引に、拳をねじ込む!

 良心なんぞあるわけがない!

 だが、効かない!

 拳の入った顔が、無表情である!

 この効かなさ!

 オリハルコンの頑丈さ!

 まさかそこまでズルをしてくるのか!

「い」

 驚いたところに、その呟き!

 そして爆発!

 わヲんはまたぶっ飛ばされる。

 一瞬間にてしあたり一面、焼け野原!

「馬鹿が! お前はノアに力を借りたうえ、一体ずつで勝利したのだ!」

 なんとか立ち直るわヲんが、もうガス欠であった。

「だからなんだ!」

「いまお前は、これまでの敵から袋叩きにされているのだ!」

 正気に戻るには充分な正論だった!

 振り返れば振り返るほど、みな手強かった!

 それがわヲんの目のまえで、オールスターでかかってくる!

 勝てるわけがない!

 だが、ここまでそうやって挫け、それでも意地を張った記憶も思い出す!

「もう勝つか、負けるかじゃない!」

 まだ光明はある!

 わヲんが諦めぬかぎり!

 立ち上がるかぎり!

 たとえ恨みだけでも、わヲんの正義は不滅である!

「僕はお前が許せないだけだ!」

 復讐心もまたいままでの戦いで学んだ力である!

 だいたい相手は持てる技を出し尽くしたと思っていい!

 つまりここがどん底!

 もはや這い上がるだけ!

 そして這い上がったさきの光もまだ消えてはいない!

 たとえ消えたとして、ただの復讐鬼たるわヲんには関係がない!

「おや、まだ決着のついていませんでしたか」

 ここまでの覚悟に、水をさすよう背後から聞き覚えのある少女の声があった。

 研究所への暗がりの通路から、飛行戦闘形態をしたイロハが浮かんでくる。

 なにか引きずっている。

 よく見れば、外傷こそないがぐったりして傷まみれのレミファであった。

 イロハは血だまりで動かないノアのほうを、冷たく見た。

「しかし時間の問題ですかね」

 レミファをその場に置く。

「ホヘト先生、さっさとやりましょう」

「わかっている」

 開発者と、そのロボット少女は目くばせした。

 するとイロハの少女の体が、なんと翅へと格納されていく!

 そうしてすっかり少女を呑み込んでしまえば、翅はイロハの背にガシコンと嵌る!

 これぞ全乗せも全乗せ!

 変形やパージをも凌駕しかねないロボット哲学の第一義!

 合体である!

「これぞ極悪ロボット至高態! イロハニホヘトだ!」

 翅の生えてなにがいったい力として上がったか!

 わざわざ有利をさらに有利にするべきだったか!

 なにより名前もそうだが、細マッチョに蝶の翅が生えているなぞダサいんじゃないか!

 そんな猪口才な問いをねじ伏せれるだけのロマン!

 それが合体である!

 どん底がさらに抜けた!

 まだ実力もみていないのに!

 だが合体というだけでわヲんの精神は窮地に追いやられた!

 わヲんは合体したこと、どころか、そんな機能がないのだ!

 ロボットとしてなにも持たざるわヲん。

 ロボットとしてすべてが詰まりに詰まって飽和しているホヘト。

 自明の理!

 この勝負どんなにやたってわヲんは勝てない!

 復讐鬼に勝敗は関係ないといった!

 だが、この違う方角からのマウンティングにわヲんの心はへし折れてしまった!

 ようやく立っていた肉体が崩れた!

 地面を叩いたってなんにも覆らないが、悔しさのぶつけるさきがそこしかなかった!

「なんでへこたれてしまうんだ!」

 自身を恨む!

「たかが合体! まだ負けていない!」

 弱さを恨む!

 正義を恨む!

「ノアの仇を討たねば!」

 その拳が痛くなるまで悔しさで荒れていた、そのとき微かに呼ぶ声があった。

 その方を向けば、ノアが下手な腹話術みたいにか細く口を動かしている。

 弱った怪我人に縋ってもどうしようもないが、わヲんは縋るほかなかった。

 這って行って、その声へ耳の傾けた。

「わヲん、これ」

 ノアの差し上げてくる片手に青白く輝く石が握られている。

「さっき裂けた脇腹から出てきた」

 苦しそうに咳き込むが、ノアは続ける。

「わヲんを呼んでいる」

「僕を?」

 わヲんは震える両手で、その彼女の手を繋ぎとめた。

「たぶん、ア動力炉だと思う」

 言われてみれば心臓大である。

 またノアが「あ」と言ってもなんにも起こらなかった。

「おかげで、やっと怯えずに言えるよ」

「ノア?」

「わヲん、私は何度だっていうよ」

 吐血するような咳に邪魔され、息も薄くなって、それでも彼女は続ける。

「弱くて、意地っ張りでも、なにかを守ろうって、世界を守ろうって頑張る」

 弱く青白くもやさしく笑う。

「そういう馬鹿みたいに正義に熱心なわヲんを、あ……」

 それっきり力尽きた。

 小さな手がするりと落ちて、手もとにア動力炉だけが残った。

 さいごまで言い切れなくともわヲんには伝わった。

 彼女の思いが、そしてこの彼女の心臓をしていたものを、どうするかまで。

 そのア動力炉は、確かにわヲんを呼んでいた。

「あぁ、それが君の願いなら僕はやってやるさ!」

 正義のロボットはその呼びかけに答える!

「僕は、君の愛した僕であり続ける!」

 心から宣言する!

「僕こそ正義のロボット!」

 その動力炉を誓いのように、胸に押し当てる!

「わヲんだああああああああああああああああああああああ!」

 わヲんを中心!

 単なる爆発ではない、とんでもない青い眩さが大樹を!

 そして山をも収めるまで広がった!

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