動力ボルトネック

 ほんとうこの先が行くべき怨敵があるか!

 恨み節なノアの見切り発車ではなかったか!

 そんな間違った電車に乗ったかの心配より!

 わヲんはこの真夜中の電灯並木のような暗いまっすぐな廊下!

 そこを足早に行くじぶんたちの雰囲気をどうにかしたい!

 一言もなければ、先行きもない!

 そのため、まずじぶんである!

 いまは、ついノアの威勢に負けて帯同しているだけ!

 このさきの何事にも備えがない!

 もっと言えば、やる気がない!

 出さなくてはならないと思い、もう怨恨にも頼っている。

 たとえ義理でも、なんでも自分の娘だろ!

 だいたいノアがガラクタ扱いだとして、それを守る役目だった僕はなんになるのだ!

 ポンコツどころの騒ぎではない!

 これは僕の沽券どころか、存在意義に関わっている!

 勝手に産んで、使えなからって捨てるならこっちにだって考えがあるんだ!

 許さないぞ、ホヘト!

 しかしこのやり方もまた、今までのやり方もピンと来ない。

 こっちにだって考えがあると意気込むがなにも思いつかない。

 なんならここまで、あんな大法螺や強がりが出来ていたのかとわからなくなった。

 いやと、そこで考えを変えた。

 せめてこの特急ノア号の終点だけでも聞けばなにか開けるかもしれない!

 わヲんは少し先を早く歩むノアへ声をかけるなけなしの勇気を、どうにか見繕う。

「ノア、これっていまどこに……」

「うるさい! 黙っていて!」

 静電気みたいな跳ねつけだった。

 かつてないほどの立腹であり、なけなしだったのが底をついた。

 たぶんノアとてわかっていない。

 無軌道に恨みを向けているのだ。

 正義をひっくり返され、守りたい人はその人ではない人になってしまった。

 わヲんは決定的に思った。

 じぶんはなんのために戦っているのだろう。

 こう疑問を感じてしまうとダメである。

 やる気をだすのに、真偽なんてどうでもいいのだ!

 信じた者だけが与えられる動力!

 信じる者だけが救われると、信じる心!

 そんな怪しいオカルト宗教!

 なんとか至上主義!

 猪突猛進の馬鹿まじめ!

 そういった理屈にもならない者にならなければいけない!

 正直かなり危うい、綱渡りである!

 そして見失ったわヲんは、もう綱から落ちているのだ!

 ふとノアの足が止まった。

 各駅停車だったのかと前を見れば、少女イロハがあった。

 そういえばこの方向に逃げていったなと思い出す。

 で、いつもどおり冷淡で、

「ホヘト先生からの指示により、わヲんとノアを廃棄処分させていただきます」

 いよいよガラクタ扱いが極まってきた。

 わヲんは明言されてショックである。

 もうどん底も、どん底で尋ねる。

「イロハ、君はそれでいいのか?」

「私がどうかではないのです」

「先生がどうかってことか? 君はこうなるって知らなかっただろう」

「知る必要がありません。命令をこなすだけですから」

 ノアは異論なく、ただ立ちふさがるようなロボット少女を見据える。

 修羅場のまえの静けさが重たい。

「そのさきにホヘトはいる?」

「いたらどうしますか?」

「どいて」

「処分対象であるあなたの命令は、なんの意味もありません」

「なら、どかせる」

「やれるものならどうぞ。私は命令する側ではないので」

 ただしと、少女は変形する。

 まるで蛹が割れて蝶が出てくるように、機械の翅が背に生える!

 片腕が剣のように伸びて、鋭く尖った!

 蝶のように舞い蜂のように刺す!

 この体現であった!

「この飛行戦闘形態を倒せるものならですが」

 わヲんはまたしても見せつけられ、完敗だった!

 荒削りでも、少女の体を残しつつも、機械らしさも同居している!

 人間の柔さから機械らしい無骨な硬さへのグラデーション!

 ここまでかっこいい変形が隠されていたとは!

 仏に悟りを説くような行いをしたと、屈辱があった!

 やはりイロハは完璧であったのだ!

 わヲんは立つ瀬なく、項垂れた!

「この翅ならばゼロ距離でも、ア動力炉の爆破から逃れられます」

 そんな説明も自慢としか受け取れなかった。

 だからイロハがノアへ突貫していくのを、つい眺めてしまう。

 剣はノアを貫くため構えられる!

 わヲんはそれでも残ったやる気があった!

 自分でもなんなのかわからないが、守らねばと思った!

 これまでで染みついた心の癖、直らない貧乏ゆすりのようなものだった!

 だが、そんな遅い反応では間に合わない!

 ノアだって「あ」を言い切れなく、避ける間もない!

 もう剣は彼女の胸まであと小指一本分ほどに迫っている!

 すると後ろからノアを飛び越える影!

 それがイロハを蹴った!

 剣は間一髪で届かない!

 打ち返されたような飛行戦闘形態が、床で跳ねて天井へめり込む!

 その影こそ、初代美少女ロボット!

 レミファであった!

「悪いけど、こっから思い通りにはさせないよ」

 わヲんも、ノアもなんで助けてくれたのかとわからない。

 レミファとて、急な鞍替えは警戒もんだろうと察している。

 だからなんでと言うまえに答えがある。

「恨む相手は同じようだしね。それに私だけで、あのホヘトは倒せない」

 いわゆる利害の一致!

 ことここに及んで、戦力として役立つかはこの際よい!

 頭数はあるだけいい!

 カンガルーだろうが、半人半ロボットだろうが心強い!

「さっさと行きなよ。どうせあの馬には吹っ飛ばされた借りがるんだ」

 素で、ここは任せて先へいけなんてありきたりを言えるのも心強い!

 ノアは頷くなり先へ行く!

 天井のイロハを、一瞥もしなかった!

 だが、ここで意気な計らいを蹴ろうとするわヲんが、立ち止まっていた!

「なにやってんの? 早くしなよポンコツ」

 レミファが、背を蹴ってくる。

 まったく効かない。

 こんな蹴りで、あの完璧美少女ロボットを倒せるだろうか。

 そんな不安もちょびっとある。

 が、わヲんの心はそれ以上に消沈していた。

「僕にはもうなにも守るものはないし、あったとて守れやしないかもしれない」

「はぁ? なにをしおらしくなってんの?」

「なにもかも奪われたような気がするんだ。もうなんにも返ってこないような」

 もう一発蹴りがある。

 やはり効かない。

 だがレミファの言葉があった。

「奪われたもんは奪い返せばいいでしょ」

「そんな簡単なことでは……」

「あんたはそういう単純明快な馬鹿だったけど」

 わヲんのなかで、弱くとも温かいなにかが灯る。

「守りたいものを守る、そういうロボットなんでしょ」

 しだいに温いよりも熱くなる!

「あんたはまだ失っていない。私は恨みでしかないけど、あんたはまだ正義で戦える」

「ちょっともう一声たのむ」

 心のなかでなにかが再燃しかかっているのだ!

 だからこそ頼む!

「もう作られた理由より、あんたが戦ってきた道のほうが遥かに長い!」

「もういっちょ!」

「あんたのもんは、あんたのもん! あんた以外に奪う自由はない!」

「最後のひと押し!」

「じぶんで奪ったもんぐらい、じぶんで奪い返せなくてなにがロボットなの!」

「おまけにもうひとつ!」

「激励せがむまえに、とっと走ってやるべきことをやれ!」

 めんどくささから放たれる渾身の蹴りであった!

 体には効かない!

 しかし!

 心に響く!

 背を押されて、突っ走る!

 あらゆるエネルギーが心身の一点で混ざって燃え上がる!

 そうやるべきことをやる!

 たとえすべてから裏切られ!

 まわりに嘘や猜疑がはびこるとも!

 この思いの自由がきく限りは、伸ばしたいものに手を伸ばす!

 出来損ないで、ポンコツのできることなど、せいぜいそのぐらいである!

 途中、弱い自分を、弱いゆえにあっさり捻り潰す!

 悩んだからといい案が思いつくか!

 そんなわけがない!

 落ち込んだからと、強くなれるか!

 むしろ弱くなれるだろう!

 こわくなって、なにもしないがなんになる!

 なんにもならん!

 四の五のいわず!

 奪われたものを取り返す!

 守りたいものを守る!

 これだけがじぶんに命令できるじぶんのすべてである!

「そうだ! 僕はそういう単純明快な正義のロボットなのだ!」

 だが、ちょうどイロハが天井から脱していた!

 しかしわヲんは、迷いなくそのそばをすり抜けた!

 なにも怖くなく、まっすぐに。

「まったく羨ましい限りですね」

 すれ違いざま、寂しげにそう聞こえたような気もする。

 が、わヲんは、構わなかった。

 いまやるべきことだけが念頭にあった。

 過ぎ去った廊下のほうから、金属が叩き合うような音が微かにした。

 なお前へと進む!

 そうして、その小さく急ぐ守るべき背へ、追いついた!

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