その写真を見たとき思い出せないなら、そこにいるのは誰でもない。

 勝者の凱旋!

 大樹が風へ厳かに揺れ、優しく歓迎する!

 イロハの案内で、わヲんとノアは嗚亜研究所のあの鬱室へ!

 あいかわらずのテレビの山が、あいかわらずの先生を映す!

 わヲんは鼻が高い!

 嘘ではなく、誇らしさから高い!

 ピノキオだってこの長さには到達しないだろうほどに!

「先生、僕の大活躍だったぞ!」

 沈黙ながら、ノアもどことなく穏やかである。

 映像たちは、対照に機嫌の悪い。

 切れ込みのようなたくさんの皺が、より深くしわくちゃだ。

「ご苦労だった。しかし都合の悪い亡霊も憑いてきたな」

 途端に研究所の扉が、蹴破られる!

 そうとう頑なな扉だったが、いまや驚いたようにあんぐりした。

 扉へ振り返ったわヲんや、ノア、イロハまでもこの扉に同じ表情だった。

 そこには半人半機械の美少女ロボット、レミファがあった!

 どこまでもしつこい女であった!

 鶴が千年で亀が万年、レミファが一生うらんでくるのだ!

 しかしわヲんも、またおそらくノアも、これはむしろ飛んで火にいる夏の虫!

 憑き物を払うつもり!

 かかってこいと、対峙した!

 ほの暗い焔を眼底にしたレミファが、研究所へ踏み入ってくる!

「どうやら追跡されていましたか」

 イロハが自身の不覚に難しくなった。

「これはいったいどういうわけよ」

 レミファの開口一番!

 ながら、仇は取らせてもらうだとか、年貢の納め時だとかの気前いいフレーズではない!

 部屋中の映像たちを見まわした懐疑と困惑!

 それを誤魔化すための苦い笑み!

 襲撃者にしては、気が弱い!

 わヲんはこれは楽勝だと思った!

 だが、つぎの言葉で、この楽勝は意味を失った!

「ホヘト先生じゃない」

「「え?」」

 わヲんとノアがこう漏らした!

 イロハは静観だった!

 なぜ敵方がホヘトと呼んでいる!

 なぜそもそも知っている!

 なぜ先生だなんて、味方のように敬っている!

 謎が団子になってぶつかってきて絶句!

 するとホヘト先生の、映像は下劣げ片頬笑む!

 追い詰められて、本性をさらけ出す犯罪者のような豹変である!

 もともと怪しい顔ではあったが、ここまで悪党面ができたのかというほど歪んでいた!

「もう調整も終わった。隠し通せるもんでもなかろう」

 混乱のなか、わヲんが問う!

「先生! あんたいったい!」

 映像すべてが、仰け反って笑う!

 ハハハハハハ! と悪い響きが室内を支配してこだました。

「私こそ、悪の組織の親玉! 嗚亜ホヘトである!」

「な、なんだって! 先生が、いやお前が悪の組織の親玉!」

 まさにミステリーで意外な犯人が出てきたときの登場人物たちの反応!

 それがわヲんとノアに起こっていた!

 しかし!

 あからさまに怪しかった!

 どこがと言われたら、わからない!

 でもこいつなんか怪しい!

 怪しすぎて、犯人から外れるパターンもある!

 が、これはさすがにだろうと思ったものはよくない!

 案外こういうのは俯瞰できている読者や視聴者のほうが早く察しがつく!

 されど主観で動いていたわヲんやノアからして、わからなかったのだ!

 だいたいメタ読みなんていうのは、見る側の特権である!

 作り物ゆえのならざるおえない部分をついて悦に浸るなんて、無粋!

 じっさい事件なんか起こったら、メタ読みなんて役に立たない!

 事件は小説より奇なり!

 名探偵はいないし!

 現場には入れてもらえない!

 視点はじぶんのものでしかなく!

 都合の良いヒントは落ちてこない!

 さて気付かなかったわヲんを責めれるものがいるだろうか!

 いや、いない!

 いるとしたら迷宮入り事件のひとつくらい解決してなきゃ話にならない!

 というわけで、なんとホヘトは悪の組織の親玉だった!

 何度でもいよう!

 ホヘトが犯人である!

 さぁ、わヲん!

 自白はとった!

 ここからはその動機を紐解いていくところである!

「なんでだ、先生!」

「なにがかな?」

「なぜ、裏切った!」

「裏切ってなどいない。お前やノアを作るまえから、私は悪の組織の親玉だよ」

「じゃあ、悪の組織を裏切ったということか!」

 救いを求めるよう尋ねても、無数のホヘトから無慈悲に嘲笑される。

「違う! お前やノアを作り、組織にダメージを与えたのはすべて世界征服のためだ!」

「世界征服だって! そんな大それたことを企んでいたのか!」

「そうだ! もっといえばア動力炉の実技試験だ!」

「ノアの?」

「ア動力炉は、数年まえ宇宙から飛来した未知の物質から構成されている!」

 ノアは自身の胸へ手をやる!

 固く握り込む!

 その奥底に心臓!

 ア動力炉がある!

「こいつを制御しきれば『あ』っという間に世界を破壊する兵器ができる!」

「その力で、世界を恐怖で征服しようっていうのか!」

「そうだ! 残念ながら適性があったのは孤児の少女ひとりだったが!」

「え?」

 本日ふたつめ彼女の「え」が奈落に落ちていくようなものだった。

「ノアは、お前の娘じゃ」

「ちがう。保険のため記憶の改竄をしておいただけだ」

「なんて卑劣だ!」

 わヲんは困惑にも勝った激怒に、拳を固める!

 人を利用し傷つけなんとも思わない顔が、たくさん炯眼のまえに広がっている。

「お前たちをロボットと戦わせたのもそのため」

 すると聞くに徹していたレミファが、胸くそ悪く舌打ちした。

「つまり、私やエビシーは負け前提だったわけね」

「まぁ、気づいた奴や、あらかじめ伝えていたのもあったがな」

「どうやら恨むべく相手はあんたのようだね」

「では余計な恨みを抱えてしまったうえ、今回の試験運用は失敗といったところか」

「こんだけ犠牲だして、あっさり失敗なの?」

「ノアはア動力炉を引き出しきれなかった。まったく期待外れ」

「お前! それでも父お……」

 わヲんが怒り任せ言い切るまえ!

「お父さん!」

 ノアが泣く声で呼んだ!

 映像は無表情で、微塵も動かない。

「嘘だよね?」

 慰めを求める震えた問い。

 しかしロボット然たる義父であった。

「使い物にならんガラクタに用はない」

 少女は膝から崩れる。

 まずいと感じたか、レミファは蹴破った扉から一度飛び出す。

 イロハが馬へ変形し、その足で研究所の奥に向かう通路に離れていく。

 だれかのため改造され、だれのためなのかわからなくなった肉体で、少女は泣いていた。

 ところかまわず泣き叫んだ!

「ああああああああああああああああ!」

 わヲんだけが、イロハを抱きしめてその破壊力を身に受け止めた!

 テレビどころでない!

 なにかも吹き飛ばさんその威力が、とても悲しくオリハルコンの心に響いた!

 この叫びが止んだとき、わヲんは彼女へ声をかけられなかった!

 悪の組織の親玉どころか、父親ですらないという真実!

 そしていま見捨てられてしまったこと!

 こんなものを、十代なかばの彼女がどうして堪えられるはずもない!

 現に慰めたいわヲんですら、思うのだ!

 僕はこれからどうすればよいのだ。

 父に裏切られ、作られた意義すらそのまま失った。

 まだ戦うとしてなにと?

 まだ正義を行使するとして、それはほんとうの正義なのか?

 するとノアがふらつきつつも立ちあがった!

 かつてない歪でどす黒さを伴った睨みをし顔をあげた!

「許さない! わヲん、私はあの男をこの手で消す!」

 そう言ってふたたび爆発!

 それが収まれば、ノアがふらふらと研究所の奥へと進んでいく。

 わヲんはさらに疑った。

 ほんとうに僕はあの少女を守るべきなのかと。

 ただわヲんにはもはや彼女の望みを叶える助力になるくらいしか、いる意味がなかった。

 ふたりは暗くなっていく奥へ、奥へ。

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