解体グルーヴ

 ふたりで花畑へ墜落しきると、白馬が待っていた。

 なんとできる馬だろう。

 と思うよりもまず、その花畑が小さくも多彩な花で咲き乱れているのが目につく。

 ノアが、

「きれい」

 と思わず漏らして、赤い瞳に輝きがあった。

 どこまでもどこまでもそういった虹のような仕様が続く。

 わヲんもおなじ思いではあったが、そう長く眺めていられなかった。

 棒人間を描くような趣向を凝らさないロボットでは、こういう情緒には疎い。

 それでもノアが嬉しそうであるから、待つことには待てた。

 イロハもそういう情感は搭載されているようだった。

 だからノアが、花畑をさんぽすることを、二体とも何とも言わず見守った。

「わヲん、あなたはよく正義だといいます」

 二連戦から花畑の甘くいい匂いへ寝転んだわヲんに、傍らで立つイロハが切り出した。

 いまは変形し、少女の姿まで戻っている。

 この形態はよく悪口をやってくるから、あまり関わりたくない。

 だが全勝のわヲんは機嫌がよい!

 身構えつつも、寛容である!

 さぁ、どんな話でも来るがいい!

 スリーサイズだろうが、年収だろうが、素因数分解だろうが、ハッタリでも答えてやる!

 そういうNGなしの意気込みであった!

「あなたの言う正義って、けっきょくなんなんですか?」

「正義は正義だ! 守りたいものを守る!」

「守りたいものってなんですか?」

「ノアやこの星の人々。今回はこのふたつとも守れた。実に気分がいい」

「あなたはそういう風に作られたから、そう思うとは考えないんですか?」

「正直、僕はやめたいと思ったことなんて数えきれないほどあるんだ」

 ここまでを振りかえれば、決して辛くなかったとは言えない!

 物語の英雄譚のような無欠ではなかった!

 何度となく見捨てたいとか、諦めたいとか、惨めに考えた!

 英雄譚は無欠かもしれない!

 しかし英雄そのものは無欠ではない!

 偉人伝に数行で書かれた人の記録が、すべてではないのだ!

 かっこよく書き上げているだけで、じっさいそこまでかっこよくはない!

 女に手ひどく振られたのだってある!

 人から馬鹿にされることだってある!

 失敗なんて人の倍以上やって、ときには悪意をもったこともあろう!

 それでもなにかのために戦って、戦って、戦い尽くす!

 そういう往生際の悪さが高じた結果!

 かっこいいところだけ武勇伝で、切り売りされるようになるのだ!

「僕はポンコツかもしれない」

「まぁそうでしょうね」

 お世辞を学ばないロボット、やはりイロハはロボットらしい。

 されど、もうわヲんはとても寛容である。

「しかしこのやめたいところから這い上がる根性は、ポンコツのおかげだ」

「いいように見ましたね」

「そう思うように作られたんじゃない。僕自身がそう思って作り上げたのだ。この僕を」

 風のそよいで、花びらの散った。

 遠くでノアがはしゃいでいた。

 花びらと舞って純粋な少女であった。

 とても改造されたリーサルウェポンだなどと物騒に思えない。

 イロハは隣で横になった。

「たとえ思い込みでも、あなたには自分で手に入れたものがあるんですね」

「きっと僕だけってわけじゃない。ぜんぶ含めてこの正義は作られていくんだろう」

「そうはっきり言われると羨ましいものですね」

 なんとイロハが、そう認めた!

 率直に、とても嬉しい感情がわヲんに起こった!

 ついに完璧なロボットに認めさせたのだ!

 凄まじく愉悦!

 変形なんぞなんのその!

 ロボットに奇をてらった機能なんて、所詮は付加価値!

 重要なのは地のポテンシャル!

 いわゆる魂とも呼べる情熱である!

 そんな人間みたいなものを機械へ求めるロボットわヲんは、調子がいい!

「なんだ! ようやく僕のすばらしさに憧れたか! じゃあ変形の美学を……」

「べつになりたいとは思いませんよ。あなたのような一貫していないポンコツなんて」

 あっさり冷たく引っ込んでしまった。

 鬱陶しいモグラ叩きをやったあとの歯がゆさだった。

「ただ私はロボットへ徹するばかりです」

「じゃあなんで羨むのだ!」

「もし選ぶ機会や条件があればという話です。私はもう決まっていますから」

「現実的だな」

「ロボットですから」

 一貫性とは大事である。

 どれだけ苦労しても、つける職種はせいぜい指の数ほど。

 おなじ哺乳類だとしてどうひっくり返っても、人間はイルカにはなれない。

 人類の発展速度や可能性を勘定すると、もしかして宇宙に出るまえに人類は滅ぶやも。

 夢を見るよりも、実際の選択肢はすくない。

 一個人が選べるものならなおさら。

 ロボットの選べるものなら、よりなおさらである!

 だから一貫してひとつをやり通して、アイデンティティを確立する!

 とても堅実で、悪いことではないだろう!

 が、このロボット少女とは、真逆の道でつづら折りな経験をしたわヲんは疑問である!

 そうだろうかと思ってしまう!

 だが、ここで少女にはないデリカシーが、わヲんに働いた!

 それに言うまでもないと感じた!

 英雄ですらその人生の系譜は折れ曲がったり、ダサかったりする!

 どの家庭にでもある苦労はあって、仕事や学業に疲れた休日がある!

 それが傍のロクに知らない輩から眺めて、一貫しているよう錯視されるだけである!

 きっとロボットにだって気移りすることはある。

 わヲんが極端にそうであるように。

 どうせ自覚が出るものだ。

 その自覚がでなければ、なしのつぶて。

 わヲんは、そろそろ帰って修理してもらおうと疲れた。

 ノアも心の慰安が済んだらしく戻ってくる。

 すべてのことが、帰路へ向かっている。

 花畑は色々な鮮やかさで散っていく。

 イロハは、また白馬となった。

 王子と姫が跨って色彩豊かな道が、のどかであった。

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