いくら一途見つめても雲雀は蝶へ似てこない。
イロハ砲は、その精度すら完璧であった!
隕石に砲弾を当てるのは、並み大抵のものではない!
単純に、弾丸へ弾丸を当てるどころの話ではないのだ!
気象!
コリオリの力!
重力加速度!
空気抵抗!
またわヲんとノアという不規則な砲弾!
このほか、とんでもない量の数値が絡み合って最終的な軌道が決まる!
針の穴を通す凄技!
このブルズアイをなんの迷いなく、射貫くのはまさに正確無比!
よってわヲんとノアは、六メートルのじゃがいものような形で落ちる隕石へ乗り込む!
研究所に帰って飛来するものを受け止める覚悟だったわヲん。
だがまさか隕石のほうに乗り込む覚悟はなかった!
しかし来てしまった以上は腹をくくる!
さあ、なんでもどんと来いと顔を上げた!
地球の青く丸いのがわかる絶景の高さ!
やや宇宙ぎみで暗い空のもと、ジャガイモ型のうえにノアと一緒に乗っていた!
なぜ振り落とされないか不思議だった。
イロハの馬に乗った時と同じような断絶が感じられる。
が、そんなことを体感するよりも、まず先住民があった!
「来ましたね。神の子の魂と、その意志」
家具もなければ、ごみひとつない部屋のような清潔でいて寂しい声であった。
この声は、隕石の上で胡坐を組む若い女のものである。
ただこれだけ空気も薄く、極寒なところでボロの白い薄布一枚まとっただけ。
あきらかに人でない!
生命体でない!
どうしてもロボットである!
ロボットのくせに合掌して信心深く瞑目している。
ほんとうは白くまっすぐ落ちていただろう長髪も、だいぶ傷んで煤けて跳ねている。
汚れた造花が思い出されるくたびれた姿!
わヲんは、どうも無害そうで哀れで殴りかねる。
ノアだってそうなのか、見つめているだけである。
「お前が、これを落とそうとしているロボットか!」
「私は預言を持ってきたまでですよ」
「預言だって?」
「神からの預言です」
「嘘つきめ! 神様なんていないんだ!」
頭ごなしに否定し、女は合掌を解いた。
とても儀式がかっていて、おだやかで悠長だった。
「神とは規則です。信じずとも救いと破滅をもたらすでしょう」
「ほら、わけがわからないぞ!」
せせら笑うこのわヲんというロボットは一見してわけがわからなければ、信じない。
だから英語はこの世に存在しないことを喋っていると思っている!
現代美術なんて落書きだとも思っている!
そのくせ正義は信じている!
そういう好き嫌いの激しいロボットである!
ただ女のロボットはこれを説き伏せようとはしない。
むしろもっとわけがわからないもので、暗く星の煌めく天を軽く指さす。
「あそこでいま星がふたつ打ち砕かれました」
「星はあそこで、きらきらしているじゃないか! 嘘をつくな!」
「ほらまたひとつ、赤い星が」
「わかった! わかった! だとしてそれがどうした!」
「かつて神が産み落とした双子の兄弟は、神から破滅を送られました」
わヲんを気にせず、ぶつぶつお経のようだった。
「ふたりは、破滅を我が物にしようと取りあいました」
「なんの物語だ?」
「そしていつか神の秘宝である創造まで手に入れ、自身が神となろうと企んだのです」
「話にならないな! もう倒してしまうぞ!」
「しかし双子であるゆえ、互角。神はこうして永遠の破壊を司る存在を作られたのです」
「眠たいおとぎ話はもうけっこうだ!」
わヲんは殴りこむ!
だが!
殴れない!
なぜなら!
あまりに無抵抗だから!
墓や仏像を壊そうという不届き者はいなくもない!
だがそれが悪目立ちするくらいには、一般ではそんな物に当たる輩は少ない!
つまり!
良心が咎めたのだ!
どうしてもあと少しで拳が止まってしまう!
そのうえ、対象から優しく見上げられると小動物を慈しむ心を発起させられる!
「私は月の裏で星を観測していました」
「なぜ、こんな物騒な目に遭いそうなのに穏やかなんだ!」
いままでの敵とは違い、悪たるところがない!
夜中の車のない道の信号でも、きっちり守りそうである!
俗気がなく、反撃もなく、まごうことなき無罪である!
無罪を一方的に傷つけるほど、有罪なこともない!
わヲんは、なんて澄んだ瞳だと葛藤した!
「お前はなにか悪いことはしてないのか!」
「星々を観測するうち、気づいたことがあります」
「なんでもいいんだ! 僕に君を倒す理由をくれ!」
「この世界の星や銀河の分布と破壊の順序には、預言があり、意志があるのです」
「お願いだ! ひとつでいいんだ!」
もう神に縋る思いであった。
しかし女はまた合掌へ戻る。
「私はその神の意志を、預言をついに一部読み解いたのです」
ノアを頼りたくなった!
されど見ると、口は「あ」の形に開いたり閉じたりしていた!
健気で純粋な彼女とて、この女の無垢にかなわない!
「その預言によれば、私、アエイの運命はあなた方に倒されることです」
女は語るなり、すぅっと煙みたいに立ち上がる。
立ち上がって、さあと命を差し出すように手を広げた!
胸を張った!
観念で安らかな面持ちであった!
「神の子よ。私を滅ぼしなさい」
だがここまでされるとなおのことできない!
わヲんも、ノアもかつてないほど良心と戦っていた!
いっそ完全なる悪であったならと思うほど、敵の顔つき聖母のそれである!
するとアエイなる聖母は、語気をできる限り強くする!
「私はもうすぐ、あなたがたの研究所を、あなたがたの父を壊そうとしているのです!」
言われて、ハッとなった!
そうだった!
あんまりに慈愛で、無害がゆえ忘れていた!
この女ロボットは、いまも刻いっこくと隕石で研究所を破壊しよとしている!
なんて悪党だ!
恐竜を絶滅させたのだって、一説によれば隕石の衝突が招いた氷河期だ!
一時は、食物連鎖のてっぺんをとった種族を滅ぼした!
これはいまに直せば、人類という地球のてっぺんをとったといって過言でない種族!
それを滅ぼそうとしているのと変わりはない!
なんだか倒せる気がしてくる!
思いが、安っぽい良心を打ち砕いた!
こんな薄汚れた敵に、なに感化されているんだと!
わヲんは拳を固めた!
さあ、正義の拳を食らうがいい!
されどやはりわヲんの拳は、届かなかった!
その手前にノアが宇宙まで響きそう叫んだ!
「あああああああ!」
広がる大爆発!
これへ呑まれる瞬間に、アエイは慈悲に笑った。
彼女の空っぽで綺麗な部屋に、日差しともども熱が入り込んだ。
「預言によれば、その一語から、まず世界が始まったそうですよ」
わヲんは、やはり違う言語を聞く心地であった。
隕石は「あ」の爆発で途絶えた。
わヲんはノアを抱き、地球へ落下していく。
地上の近づくに連れ明るさが戻って、星影の消えていく。
ひとつ、またひとつと。
「ノア、なんであんな怒ったように叫んだんだ?」
わヲんが訊くと、
「どんな人でも私たちの父親だから」
その泣きそうな表情が悔しそうであった。
わヲんは珍しくまともなことを思いつく。
あの人のいなければ、僕もこうやってノアと一緒にいなかったんだろう。
そう思うと、もし宇宙に意志があるなら、なかなか残酷な意志である。
するとこの小さな少女の悔しさがわかる気もした。
もしそんな神や意志がいるなら、僕という正義が打ち砕いてやる。
とあまりに分不相応なスケールを描いた。
言うだけならただ。
もう星はひとつも見えなかった。
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