謳うドロップガン

 街中に似合った馬が迎えに来る。

 跨ったわヲんは重たかった背中がまだ痛む。

 ノアが後ろに乗って、労わるように撫でてくれる。

 飛び交う歓声!

 勝利の余韻!

 左右に裂けた群衆が示す一本道!

 それを白馬が突っ切っていく。

 わヲんは調子よく手を振った。

 童話に出てくる王子と姫のような華やかさがある。

 まさにハッピーエンド!

 このまま終わってもよいが、そうはいかない。

「ちょっと急ぎますよ」

 イロハはギャロップどころではない!

 とてつもない馬力で、突き抜けていく!

 あんまり疾駆であたりの空間がとてもねじ曲がっている!

 引き延ばされる!

 ただ乗りての安全性は確保されて、快適である!

「なんでそう急ぐんだ? せっかく勝ったんだぞ」

「郊外へでたら、さっさと打ち上げますよ」

「だから、なんでそう急いでいるんだ?」

「悪の組織の月面基地から、六メートルほどのなにかが打ちあがったんです」

 月面基地からもう話がついていかない。

 だいたいそんなところの基地にも行く予定があったのかと思う。

 とすれば月旅行を逃したし、月の石も持ち帰れなくて残念である。

 しかしわヲんが、こう呑気に思うより事態は深刻らしい。

 口調こそなんともないが、イロハの速力はあきらかに異質であった。

「その隕石らしいものが嗚亜研究所へと降ろうとしています」

 まさかの研究所襲撃である!

 わヲんは、その手できたかとようやく理解できる!

「博士が狙われたのか!」

「こうまでわかりやすくやっていると、敵も攻勢してきますよ」

 さて、ここでわヲんはちらっと思った。

 もしかして好都合じゃないか!

 だって、そうすれば先生から爆発させられると強迫を受けることもない!

 僕は晴れて自由になれる!

 どころか、思った正義を執行し、ノアを危ない目に遭わせなくって済むのでは!

 よしこうなれば先生がやられるギリギリアウトのところで駆けつけよう!

 だが、そんな未必の故意も、イロハが先回りしてくる。

「あなたやノアを直せるのは先生だけです。危うい考えは捨ててください」

「え、いやそんなこと考えてないが、なんで考えがわかるんだ?」

「先生の読みです。どうやらあなたの思考回路をある程度モニタリングしているようで」

「僕にプライベートはないのか!」

「ロボットが便利なのは、人権がないからです」

 するとわヲんは、どうせそんな丸裸にされているならとうぶつくさ言う。

「正直になるが、僕は世話になったといえ、先生をそんな良い奴だとは思わない」

「私も隠していることがあるとは思います。けれどそれが助けない理由になるんですか」

 そう諭されても、わヲんのなかの疑心は解けない。

 それで思い返してみれば、ほんとうだいぶ利用され、こき使われ、脅されていた。

 心をいじめるのが好きな人だとまで思った。

 こうなったらどさくさに紛れて、消してしまったほうが世のためだとまで考えた。

 悪をもって悪を裁く!

 そんなダークヒーロー。

 あるいは非合法捜査をやる警官のような正義感に駆られた。

 しかしここで、後ろから心から不安な、

「お父さん……」

 とつぶやくのが聞こえてきて、わヲんは跨ごうとした一線を踏みとどまった。

 イロハの快適な乗り心地から、生まれた咎めだった。

 わヲんはそうかと気づかされる!

 あんな奴でも、親は親なのだ!

 それを忘れ、僕はなにを血迷ていたんだ!

 それにもし間違って、起爆のスイッチが悪のほうに渡ってしまったら!

 想定するとわヲんは、身の振り方にちょっとだけ困った。

 これほど優秀なロボットだ!

 とんでもなく危険な仕事に駆り出される!

 そして人々を率先して苦しめる役を与えられるだろう!

 悪行に手を染める屈辱!

 そんなのは味わいたくない!

 すこしワルに憧れる優等生の心を垣間見た気もするが、首を横に振ろう!

 やはりわヲんは正義のためのロボット!

 悪党に利用されるくらいなら、自爆させられたってしかたがない!

 正義の父は、また正義である!

 ノアにとっても、僕にとっても、ホヘト先生は父である!

 と決心ついたところで、もう砲台に都合のよい開けた盆地まで出てきていた。

「ではここから発射し、隕石に直撃させます」

「「へ?」」

 こんかいいまからぶっ飛ぼうというふたりして「あ」でなく「へ」であった。

 だがもう待ったなし!

 時間がない!

 タイム、イズ、マネ!

 こうなったら、やるしかないのだ!

 ズドンと!

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