幽体離脱したならば、息を止めてみて再び幽体離脱せよ。
爆発で街も吹き飛べば、鯨は丸焦げである。
どこやかしからよくない煙が細長く出ている。
またわヲんもぺちゃんこである!
街路からノアが引っこ抜いて、ようやく助けられる!
助けられたうえで、目が合うと気恥ずかしくなった!
あの巨体あいてに、どうしてわヲんが拳を見舞いにいったか!
わけはとてもわかりやす!
わけもなくできる気がする!
こんな不鮮明だが、誰のなかにもあるインスピレーション!
根拠のない自信!
子どもが思いえがく将来の夢と同程度の想像力!
そこから生みだされたただ勢いである!
しかしこの勢いが肝心である!
ほんの一握りだとしても、夢をそのまま持ち続け、かなえていく人は一定いる!
まぁ、それが空振りしたのが現在のわヲんであるが。
「いやぁ、どうやら調子が悪いらしいや」
そんなのが糊塗になり得ると思っているんだろうか!
はにかみを含めたって、テスト勉強してねぇからと似たり寄ったりなダサである!
またじっさい勉強はみっちりしているだろう!
だがそんな言い訳をする間もない!
その言い訳をノアが、苦笑で聞いてやる間も一瞬である!
丸焦げだった鯨が崩れ始めるが、まだ平気に喋るのだから!
「さっきのよくわからない会話は、爆発まえに街から人の避難を進めるためだったわけだ」
そんな意図はわヲんにはなかった!
ただ体力を戻るまでの稼ぎだ!
しかしそこは、意地っ張り!
腕組み誇る!
うそぶく!
「あぁそうだとも! お前はまんまと騙されたんだよ!」
鯨の体は土砂崩れのように、壊れていく。
壊れて、泥みたいになった廃材の山のてっぺん!
なんと人型が出てくる!
それも明らかなるロボット!
隠し立てが殆どない!
顔こそ人の皮膚で取り繕われ、声に似あった若い好青年の顔立ち。
けれども、肉体は鉄で継ぎ目もある!
継ぎ目には鯨と同系の青い光が走って、まさにロボット感!
こんなんだったら、人間にせずともよいのではないかというロボット!
ザ・ロボット!
「重たい外部装甲なんて、背負うもんじゃない」
もう原型もない鯨が、外骨格だったらしい!
つまりこれはと、わヲんは衝撃を受ける!
「まさかお前! パージできるのか!」
憧れに目が輝く!
なんと恵まれたロボットだろう!
無骨なものを脱ぎ捨て、機動性や攻撃力に特化する!
かつて不良が喧嘩のまえに上着を脱ぎ捨てていたような魅力がある!
筋力が露わになる!
そいつそのものが、姿を現す!
このロボットは、その魅力をいま解き放ったのだ!
「お前は性格は、気に入らないがとてもかっこいいじゃないか!」
「お褒めにいたただき、ありがとう。けどこんなの僕からしたら重たいだけだね」
天のいたずら!
いや、ロボットの場合なら人のいたずらというべきか!
なぜほしい奴にはこれを与えず!
欲しくもなんともなさそうな奴にはこれを与えるのか!
こんな自身に秘められたロマンスを悟りもしない青二才が!
パッと見の年齢は変わらないのに、わヲんはそう僻む!
ないものねだり!
隣の芝生は青く見える!
子は親を選べない!
だからこの天であり、人の差配を納得しろ!
そんなん納得できるか!
「こうなったらお前はぜったい倒す!」
わヲんは嫉妬でよりいっそう決意した!
「まぁ、こっちもそのつもりで鯨の腹から出てきたんだけど」
ノアが「あ」を言えるようにしている。
が、顔のまえにわヲんが手をやる。
「ノア、手を出すな! これはわからせなければいけない!」
なにを? とノアの首が傾ぐ。
「ロボットとはなんであるか! ついでに、さっき言った僕とあいつの重みの違いをだ!」
声にしないがノアは「はぁ」の口になっている。
重みとかそれらしく言ったことがついでで、妬みのほうが優先される!
これのどこが正義だろう!
しかし勝てば正義である!
「おや、一対一か。僕はそのほうが楽だけどね」
この勝てば正義の争い!
わヲんはさっそく冷静な判断力を欠いて、敵に塩を送ったらしい!
というわけで、醜悪な目つきのわヲんと、めんどくさそうに対峙する青年であった!
街もよく更地だから、逃げ隠れできない戦い!
「まず名乗れよ!」
「これから壊れてしまうのに、名なんてなんになるやら」
「こういうのは、まず敵同士、名を知るところから始めるんだ!」
「なんで」
「そういうもんだからだ!」
「お約束とかパスで」
「僕はわヲんだ!」
名前をねじ込んだ!
名刺をこう突き出されて、青年は断り切れる胆力がないらしい!
「わかったよ。僕はヤユヨだよ」
「よし! では戦おうじゃないか!」
意気揚々!
それもそのはず!
わヲんには勝算があった!
たしかに鯨は歯が立たなかった!
よく考えれば、ひとりで鯨を倒すなんて馬鹿の思いつきである!
密猟者の捕鯨船でも、もっとましに手を考える!
しかしだ!
相手はパージしたのだ!
ホエールからヒューマンである!
この手のパージは素早くなるだけで、守りがガタ落ちするとみてよい!
そしてなにより!
こんなパージの素晴らしさもわからん奴が!
パージして強いはずはない!
よって!
勝てる!
この浅はかさでもって、わヲんは力強く突っ込んでいく!
突っ込んできたのに、拳が降りてくる!
どうせへなちょこだ!
あえて受けて、拳を無理くりお見舞いしてやる!
そういう打算だった!
だから避けず、トンカチみたく振り下ろされるのを脳天に受けた!
気が動転!
ちかちかして星が舞う!
眩暈を振り払えば、鯨に潰されたと変わらなく顔から埋まっていた!
なんとか顔を引っこ抜く!
「手抜きは良くないよ」
さっきの鉄槌をやったとは思われない細腕を軽く回しヤユヨは言う。
「僕はあの鯨を怪力で操作していたんでだから、むしろ力が伸びたくらいさ」
わヲんは、絶句!
すべてのあさましい計算が瓦解した!
初歩の代数しかやったことのない奴が、因数分解をみたちんぷんかんぷんがある!
「そのうえ、素早さだって」
と言う間に、早々わヲんの後ろへまわりこむ!
その背を足蹴にする!
あまりの重みで、四つん這いになる!
四肢で支えるのもやっとの重量がかかる!
ヤユヨの足一本が、わヲんの全力に匹敵した!
「ほらこの通り、早いでしょう?」
早さよか、いまもはやトンでもなく重い!
惑星でも支えている気分である!
重さを教えてやると息巻いていたほうが、もはや重さを食らっている!
「そ、そんなのズルじゃないか!」
わヲんはなけなしの言葉をぶつけた!
いない審判に抗議したところで、形成がひっくり返るでもない!
レッドカード退場でもなく、イエローカードすらありえない!
「現実に起こっている以上は理にかなっているんだ。計算上もう君は潰れるしかない」
「ますますパージのロマンがわからん奴だ!」
さき述べたように、パージは犠牲を払う美学である!
変形のような元に戻るのでなく、一度きりに賭ける!
生粋のギャンブラーがかけ金を失って、なお命まで賭ける!
それはこの世で見たこともないような金額になる!
極限のリスクを背負い!
しかし勝ちというリターンを求め、戦うところに情熱がある!
なにもかも安定してそのままをパージとは呼ばない!
わヲんはより負けたくなくなった!
「パージってのは、もっと捨て身になることだ!」
足蹴にされた体を、強引に上げていく!
これにはヤユヨは、
「嘘だろう!」
と度肝を抜かれた!
おそらく敵にも因数分解、どころかフェルマーの最終定理が出てきていた!
体の軋む!
敵は足どころか、全身全霊で重みを与える!
どこやかし壊れる!
骨が折れる音に似た叫びが四肢からある!
絞り出されるような電撃が走る!
挫けそうになる!
だがここで、遠くから声援があった!
「がんばって!」
さき助けた少年だった!
つたない言葉でずっと叫んでくれる!
わヲんは思う!
ここまであの子にはかっこよく振る舞えているんだ!
ダサいところは見せられない!
だから!
それでもと立ちあがる!
なぜ立ちあがれるか!
当たり前のようなことを聞くんじゃない!
わヲんはふてぶてしく笑う!
「現実に起こっている以上は理にかなっているんだろう!」
もしこれへ呼称をつけるなら!
かの師が言った!
そう!
気合いである!
としかいいようがない!
こんな奴に負けたくないという意地が!
嫉妬が!
怨念が!
応援が!
強がりが!
正義が!
ありえない結果を現実に並べたてていくのだ!
そして!
わヲんは立ち上がる!
上がりきる!
もうとっくの昔に限界は超えた!
しかし限界を超えて更新されなければ新記録は樹立できない!
「こんなの狂っている!」
ヤユヨは、いったいだれにそんな文句を言っているのだか!
抗議したところで、審判はいないのだ!
「そうだ! 狂っているだろう! しかしゆえに僕は重たく強いのだ!」
わヲんは振り返る!
振り返りざま拳をふるった!
「あらゆるものが僕を狂わせ! 突き動かし! 強くなるのだ!」
ヤユヨの慄いて歪んだ顔が、さらに凹んだ!
殴り飛ばされたさきで、ノアがいる。
「あ」
と気づいて、
「これだと正当防衛だよね」
そう軽々しい。
パージして犠牲がないわけがない。
鯨からでたぶん撃たれ弱くなったらしい。
ヤユヨはおおかたの部分を小規模の爆発ながら塵芥にされた。
あとには少年がわヲんへ、手の振ってありがとうと、叫んでいる。
どこかでみていたか、いらほら街の人々も近づいてくる。
そして喜んだ拍手がロボットと少女を包んだ。
こうまで充実した勝利。
わヲんは脱力して朗らかに倒れて、大の字だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます