マザーグースの鉄腕

 ズドンと行った先が市街地である。

 赤レンガの住居がそこかしこにある。

 コンクリートの建物が見上げるほどではないにしても高い。

 あとは人間、人間、人間と道路にあふれている。

 俯瞰からみたら、たぶんカナブンにまとわりつく蟻のようだろう。

 まさかこの人たちは全員まとめて悪党なんだろうか!

 わヲんは、ノアを庇うようにするが、そんなわけはない!

 みな着ている服だってばらばら、これに伴った職種も違うだろう。

 名探偵のおめがねにかかれば、ちょっとした所作も納得できるものばかり!

 ごくありふれた一般人で不思議ではない!

 そう断定されえる。

 あまり急くなわヲん。

 ここまで確かに一切の敵が行った先ですぐさま現れた。

 だがよくよく考えれば、そっちのほうができすぎている。

 運がよかった。

 あるいは悪かった。

 キャリーオーバーで宝くじの一等に当たった。

 そのくらいに思っておくべきである。

 だが、警戒するに越したことはない!

 イロハ砲が完璧である以上、正義の狙いは外さないのだ!

 長閑な晴れの場に、堂々敵さんが来る!

 そういま落ちてきたのだ!

 巨大な鯨が!

 よく浜辺に打ち上げられた鯨がぐったりしている!

 まさにそれである!

 形もシロナガスクジラぽっく魚雷のような形をしている!

 だがこれはロボットである!

 なぜなら青い光線を放つ継ぎ目が、あみだに入っている。

 それに打ちあがるといったってこんな快晴に、こんなところに打ちあがる鯨はいない!

 さらには破壊行動だってしだした!

 まな板の上の鯛を想像したうえで、これが逃げたそうに跳ねる。

 こんなのはぴちぴち可愛いもんだと思う!

 しかし鯨が、二十五メートルはあろう巨体がそれをやればどうだ!

 鯛が魚類で難しいなら、哺乳類でいうとしよう!

 赤ん坊が泣いて暴れるのは見ていて微笑ましい!

 おしゃぶりで蓋をするのが勿体ない!

 けれど大の大人が、やってみろ!

 ただ醜く、迷惑かつ危ないだけである!

 しかも二十五メートルの鋼鉄製の大人!

 もとい鯨である!

 煉瓦は尾びれにさらわれる!

 跳ねたり転んだりした胴体が、民家を更地にした!

 地響きがして、人間が慌てふためいて走って転ぶ!

 いかおのすしなんて忘れている!

 さすがの防災対策にも、鯨がなんべんも爆撃のように降る筋書きなどない!

 マニュアル人間には酷である!

 さぁ、道ばたで転んで泣いて逃げ遅れた子供が天に泣きじゃくった面を見せている!

 その真上で鯨の影!

 わヲんは一気に走る!

 子供を守るように覆う!

「あぶない!」

 ノアが爆発した!

 鯨は横合いからの爆発の衝撃で、だいぶ軌道が変わった!

 子供は驚いて涙もどこかへ。

 爆発に耐えて平気なわヲんにか、それとも遠くなった鯨にか。

 まぁ、なんに驚いたにしろ、むしろ正気になっていた。

 離してやれば、冷静に走り去ってしまった。

 男の子で、気丈なもんだとわヲんは優しく笑って送り出す。

 もしかしてというか、初めてこのふたりが直接的に人命救助した瞬間である!

 こうなるとわヲんは調子がいい!

「よし、あの人々を苦しめる鯨を倒すぞ!」

 ノアも隣で挑むように立ってくれる。

 鯨はいままで無差別だったじたばたを、挑んでくるふたりを狙う!

 砲弾のような放物線で、迫ってくる!

 さぁ、わヲんの見せ場である!

「でもどうすればいいんだろう!」

 ノアも策がないんかいと呆れて肩を下げる。

「まぁ、潰されるわけにもいかない! こうなったら逃げよう!」

 こうなったら戦おうの勇気みたいな言い方で、真逆をチョイスする!

 正義とは逃げるときも前向きである!

 これぞ真わヲんである!

 だがひとつここで思い出してほしい!

 わヲんは、子どもを助けた!

 そりゃもう全力で!

 というわけでガス欠である!

 ノアは思いのほかはやく退避していた!

 よって、鯨にぺしゃんこにされるのはわヲんだけ!

 ドシンッと乗っかられてしまう!

 すぐまた鯨は寝返りみたいに転がった!

 路面に埋まってこそいたが、わヲんは無事だった!

 オリハルコンは伊達でない!

 起き上がれば、路面にわヲんの型ができている。

 すると鯨ロボットが喋る!

 エコーロケーションなんて、人に不親切なものではない!

 ちゃんと人にもわかる言葉で喋るのだ!

 若い青年らしい声で!

「あれ、君がわヲんかな。弱そうなで無駄に頑丈そうなのできっとそうだ」

 修正しよう憎らしい青年の声である!

 わヲんの禁句をいきなり言ったのだから、わヲんとってもう生意気な奴である!

「初めましてで失礼な奴だな! 僕は強いんだぞ!」

「じゃあ、具体的にどう強いの?」

 いかにも人を小ばかにして、楽しんでいる!

 わヲんは、こうまで馬鹿にされたら言い返さずにはおかない!

 そういう性格である!

 だから返す言葉を探し出そうとうぅんと語彙力を絞る!

 いつかあの師匠のことばが見つかるはずだ!

 そして預かった言葉でいいから、ぶちかましてやるのだ!

 一流の強さとはなにか!

「強さとは自分で語るもんじゃない!」

 いくら修行を積んだところわヲんの積んでいるCPUは変わっていない!

 開き直りだけ、一流である!

 また内心では、師匠の言葉に行きついてはいた!

 なんか喧しく言っていたなと思った!

 だが、物事は忘れるようにできている!

 残念ながらわヲんにとって、師匠の教訓は短期記憶であった!

 一夜漬けであった!

 それも心に一夜漬けしただけで、脳みそにはなんにも染みこんでいない!

 なんなら、長々とやっていた師匠が悪い!

 と他責にまでした。

「まぁ、どうでもいいけどさ。街破壊に来て、ついでだ。君たちも壊そう」

 そうまで苦心して、やっとでた開き直りをこの鯨は簡単に無下にするらしい!

 ふざけるな!

 わヲんは、反撃にでる!

 まだ疲れているから、口で!

「待てよ! ならばお前は、弱さの定義を語れるっていうのか!」

「いままでの君の戦闘データは貰っている。実績だと倒したロボットは二体でしょ?」

「データなんてずるいぞ!」

 わヲんはここまでの自身の口喧嘩の勝敗からして、この流れはまずいと勘づく!

 これも立派なデータだが、それを棚にあげていちゃもんをつける!

「なんだって事前に資料は用意するもんでしょう?」

「データなんて数字だ! ロボットを数字で語るべきではない!」

「で、なにで語るの?」

 この鯨、どうやらイロハ型である!

 熱意や、哲学より、数字や統計がすべてだと思っているデジタルな輩だ!

 こうなるとロボットのくせに、機械音痴で時代遅れなわヲんでは太刀打ちできない!

 なんならパソコン教室で教わる頑固爺の立場である!

 しかし負けてはいけない!

 アナログにはアナログの良さがある!

「夢とか、希望とか、愛とか! そういうのだ!」

「ロボットで、それなんの役に立つの?」

「僕はそれで戦ってきたんだ!」

「違うよ。君はその頑丈な肉体と、そこの少女からの助力で生き延びたんだ」

 なんというリアリズム!

 否定できない!

 イロハ以上に容赦がない!

 だが!

 ここから真わヲんである!

 見た目が変わったわけでも、機能が向上したわけでもない!

 されど!

 あの修行は確実にわヲんを変えた!

 まったく具体的ではないが強くした!

 こんどは透かしなし!

 その答えをわヲんが示す!

「お前の言っていることは正しい!」

 まず相手を認めた!

 一見して不利!

 しかしまだここからだ!

「だが僕の言っていることのほうが重い!」

 鯨はぐったりして静まってから、

「さっぱりわからないね」

 わヲんは自信満々!

 なんならでかい図体に臆せず鼻で笑う!

「そりゃ、そんな空虚な数字に踊らされている頭でっかちにはわからないさ!」

「君、修理してもらったほうがいいよ」

「じゃあ聞こう! なぜお前はまだ僕を倒せていない!」

 鯨の憤ったように黙った。

「お前は弱い僕を観察している! 怖いからだろ! 強い僕が!」

「君というより、そっちのア動力炉だけどね」

「なんでもいい! ではその恐怖とやらをお前は完全に数値化できるのか!」

「ハッ、さっきからなにをいっているのやら」

「言い方に震えがあるぞ! お前の頭はいらない数字ばかりで、心を知らない!」

「なんかムカつく奴だね、君。心なんてのは作れるんだよ」

「だとしてお前の心はまだ未熟で未完成だ!」

「なんだと?」

 鯨はちょっと怒気が混じってくる。

「僕ははっきり知っている! 人の心の強さも狂気もその力も!」

「実戦経験の差を言っているのかな。たしかに数値では、僕が低いが機能面は……」

「理屈は訊いていない! 僕はただ重みが違うっていっているのだ!」

「重み、その重みがだっていうんだ!」

「ぐちぐち御託を並べるより、やってみたほうが早い!」

 すべてはここに収束される!

 絵に描いた餅でも、食えんことはない!

 やったら異常行動だ!

 けれどこれを食った奴は、きっと食わない奴より実現力がある!

 バンジージャンプを飛んだ奴は、飛べない奴より度胸がある!

 きつねとぶどうをやっている場合ではない!

 ここは実行力し、現実に表現したものこそが、ものいえる戦場である!

 そしてなによりわヲんの体力も弁舌のおかげでやっと戻った!

 もうおべんちゃらは必要ない!

「あいさつ代わりだ!」

 わヲんはさっそく鯨を殴った!

 まったく効いていない!

 蚊に刺されたより効いていない!

「あれ?」

 おかしいなとわヲんは棒立ちで誤魔化すように拳を眺めた。

 なにもおかしくはない!

 だって大げさに考えよ!

 ひとり手押しでエベレストを動かそうといでたらめな程度の話である!

 で、そのうち鯨が寝返り、わヲんはふたたび潰される。

 これの見ていたノアが、潰される間際、

「ありゃま」

 と呑気に言った。

 呑気にしては、大爆発で、街の一角が呑まれた。

 鯨の吹き飛ばされた。

 そののち地面に、ヒエログリフみたいに埋まったわヲんだけ残っていた。

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