フルメタルジャケットの不幸

 端的に言って、エビシーは強かった!

 純粋に強かった!

 姑息な手の使う輩は、弱い!

 そんな常識は塗り替えられる強さである!

 わヲんは小さく触れられるだけで、いくらも吹っ飛ばされた!

 そのたび綿あめの木は、わヲんの肉体を受け止めて折れてしまう!

 エビシーいわく、

「固有振動数の応用でねぇ! ちょっと触れた威力を何乗にもしちゃってるんだよぉ!」

 面白いでしょぉとよくわからない理屈を言って、可愛い挙動をした。

 またあの帽子の盛り付けとて伊達ではない!

 飴玉の飛んできて小規模に爆発した!

 ケーキなど、殴りこんだらば破裂して煙幕の張って邪魔であった!

 そして煙幕から、もう何度目かの吹き飛ばしをくらう!

 疲労で立つのもやっとのうえ、激烈な痛み!

 そんななか、わヲんは思わず心配そうに見つめてくるノアを見てしまう。

 しかしそこで首を振らなければならない!

 拒まなければならない!

 それにいまのノアがなんの助けになる!

 しょせんか弱い少女!

「あ」も言えないポンコツ!

 僕が守ってやらなければならない存在!

 それ以上でもそれ以下でもない!

 そうまでコケにするのは言い過ぎではないかと思う方!

 これぐらい言わなければ振り払えない!

 そう、ノアの「あ」はとてつもなく便利であったのだ!

 携帯が無くなっただけで不安になる昨今である!

 落ち着かなくなる!

 人として最低限の尊厳が失われている気がする!

 なにをしていいかわからなくなる!

 もはや依存症の域!

 わヲんにとってノアは、現代人における携帯だ!

 いまは携帯の電池が不意に切れてしまったのだ!

 とてつもない不便のフラストレーションが溜まる!

 充電器も忘れた!

 コンセントも見当たらない!

 おわった。

 あした首吊ろう、

 いや、終わっていない!

 携帯は自分ではないし、インターネットも自分ではない!

 自分は携帯、インターネットなんぞないころから二本足で確立されている!

 わヲんはノアの盾になる!

 そしてあくまで敵を見据えた!

「へぇ、まだ立つんだぁ……いい加減しつけぇなぁ!」

 また豹変して、ヤクザ版エビシーは地面の足で突いて高速直線で飛びかかってくる!

 これまた固有振動数とやらの応用を、さらに応用しているらしかった!

 帽子だってつまみ食いの結果もうただ縁の広いだけの白い軽いものになっていた!

 よってその減量で、とてつもなく自身を飛ばせていた!

 さぁこの弾丸少女にどう立ち向かうか!

 考える必要のない!

 このうえわヲんには考える力なぞロクすっぽない!

 わヲんは、弾丸へ走り出した!

 なんと無謀!

 それだけは間違っているいえる選択肢!

 ただしこれは人の場合である!

 わヲんは迫ってくるメルヘン少女を抱きとめる!

 走ってきた子を抱きとめる親の図なんていう生易しいものでは、断じてない!

 思いっきり懐に入ったエビシーは固有振動数とやらで吹き飛ばす!

 だがわヲんはこの何乗もの威力でも彼女を離さない!

 離さないからふたりとも団子で吹っ飛ぶ!

「離せや!」

 エビシーは慌てていた!

 じたばたした!

 嫌な人に抱きかかえられた飼い犬のそれであった!

 じたばたのひとつひとつ、高威力である!

 しかし、なおわヲんはしがみつく!

 ピンボールみたいに、ふたり合わさった団子があっちこっち弾ける!

 わヲんは、さらにその売り切れた帽子をとった!

 金色のカールした髪が長くたなびく!

 そのたなびきを頭ごと強引に鷲掴む!

 身動きのとれないよう、拘束するまでこぎつける!

 つぎ折れる予約の入ったブッシュドノエルは、もうすぐである!

「僕は頑丈なら自信がある! お前はどうなんだ!」

 吹っ飛びの威力のままエビシーの頭が、木に衝突した!

 さて、勝負の結末であった!

 わヲんは、少女の肉体が緩衝材となって疲れながらも立ちあがれた。

 ではエビシーはと見る。

 顔の右半分が潰れてなかの機構の複雑さがより複雑に壊れていた。

 回路が電気を放って、明滅した。

 亡くなりかけの虫みたく手足の微動している!

 ここまで確認して、わヲん、両こぶしを天へ!

 わヲん、ついにひとりで!

 ノアの手を借りず!

 ちゃんと初勝利である!

 歓声!

 拍手!

 わヲんコール!

 わヲんは満員の競技場で、なにかしら優勝したときの高揚にあった!

「よっしゃぁああああああああああ!」

 久々に思いっきり叫ぶ!

 勝利の余韻!

 選手インタビューはまだだろうか!

 チームやコーチのおかげで勝てましたといわなければ!

 ただ今回において、ひとりで勝ったこそ大事なのだが!

 まぁ、よい!

 言いたいだけいう権利が勝者にはある!

 メダルかカップか知らないが、飾る棚を買わなければいけない!

 この甘ったるい匂いすら、ドーパミンの助けであった!

「よ、よくも、ややややってくぅううれたわねぇ!」

 虫の息での敗者インタビューから先らしかった!

 なんとありえない手順だろう!

 敗者にかける言葉もなければ、喋る言葉も壊れかけていように!

 こう思いながらもわヲんは、愉悦で聞いてやった。

 なんと優しい!

 まず感謝せよ!

「やゃるじゃじゃないのぉ。われをなめとったのぉ」

 ファンシーさんと、ヤクザさんが入れ替わり立ち替わり。

 そのくせ可愛くもなければ、凄味も失せている。

 ただ亡くなりかけの哀愁だけだった。

 また、もう左半分の頬から、赤黒い血と、その出口がぱっくり割れていた。

 勝者の愉悦どこへやら。

 わヲんは驚きと怖さで息を呑む!

「お前は人間でもあるのか!」

「わしは、つい最近に人とロボット半分こしたんだぁ」

「組織にやられたんだな! なんて卑劣な!」

「いや、好奇心から自分でやっただんじゃぼけぇ!」

「なんだって!」

「そう変なこっちゃないわねぇ。誰だって補聴器や眼鏡のするだろぅ。同じよ」

 同じだろうか、冷静でないわヲんでは、これよりさき思考ならない。

「補助の改造でないからねぇ。純粋な強化であって違うわな」

「それに難しさだって違うはずだ!」

 混乱があさっての方角の質問をさせた。

 しかし、どうやらしおらしくなっているロボット人間、ちゃんと答えてくれる。

 人の弱れば、じぶんの伝えたいものである。

 財産分与について遺書の残すものである。

「べつにケーキをカットして、一角に別のケーキをいれるくらい簡単」

「そこまで悪は技術発展しているのか!」

「ただ人格はむちゃくちゃなっちゃって……って、そっちだって大差ないんじゃないのぉ」

「あぁ、言われてみれば」

 なお喋れないノアも、いつの間にか隣でいた。

 廃棄物か、骸かわからないそれを寂しそうにみおろした。

「なによりそのア動力炉、どこで手に入れたってんだよぉ」

「ア動力炉を知っているのか」

「そりゃ大発見だしね……」

 ここで人間の顔が、幸せホルモンいっぱいで笑う。

「なるほどねぇ。分けたってぇわけか……だとしてこれは私たちの勝ちだねぇ!」

 この期に及んで、引き分けこえて勝利宣言だと!

 わヲんはせっかくの名誉に泥の塗られた心地で言い返す!

「そんな無様で勝利なわけない! お前、常識が壊れてしまっている!」

 だが勝ち誇っているの、やはり敗者である。

「私は科学者、科学に常識なんてぇいらねぇんだよぉ! ぶっ壊れてせいせいだねぇ!」

「やはりお前は、常識や倫理に反する典型的な悪だな!」

「そうやって恨めやぁ! あなたは命を奪ったって正義であり続けてねぇ!」

「言われなくともそのつもりだ! 僕はノアを、全人類を守る!」

 言い切るわヲんがやはり勝者!

 敗者は頷くばかりだ!

「いいじゃねぇか、頑張って世界を救えるもんなら救ってよねぇ」

「やってやるさ!」

 こうしてロボットだか、人間だか判別つかないままこと切れた。

 居た堪れなくなったかノアはこれへ手の合わせた。

 わヲんも、まぁ勝ったしと余裕で弔ってやった。

 さあ、なんと気分のいいだろう!

 こうなればこの甘ったるい、どぎついセンスの景観も美しくなる!

「ノア、僕は勝ったぞ! 足手まといでないのだ!」

 そう誇らしげ!

 ノアだって、みたかった笑顔の作ってくれそうだった!

 そう、くれそうだったのだ!

 にわかに横合いから、人影の飛んできてノアを蹴った。

 変に曲がったノアの体が水切りみたく跳ねていった。

「ひさしぶりだね。ポンコツロボット!」

 蹴った無慈悲の影は、あの美少女ロボット、レミファであった。

 それが恨んだよう暗くわヲんを睨む。

 睨まれたってわヲんは、気づかなかった。

 場違いにも、どこかでホーホケキョと鳴いた。

 わヲんは気づかないまま、

「ああああああああああああああああああああああ!」

 と、絶望に長く哭いた!

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