どれだけ鉛筆を削ったってその中からお前が出てくるわけではない。

 人もロボットも自身の役割のなかで戦わなければいけない。

 宿命という一言に集約するには、あまりにも複雑で恐ろしい因縁である!

 親であり、作り手である。

 また自爆システムを組み込まれている。

 ゆえ従う。

 せめて反抗的な態度をやってみたところで、大砲でぶっ飛ばされるだけである。

 ということだから、塞いだわヲんとノアで到着しまして悪の森!

 くるなりとてつもないメルヘンがあたりを囲ってくる!

 そこかしこ季節外れの桜が爛漫としている。

 いやよくみればそういう色の綿あめである。

 幹はブッシュドノエルで、枝は飴細工がそれへいくらも突き刺さっている。

 そばに一筋ある小川は水飴で粘質的なゆえ、ロクに流れていない。

 その鈍い流れの底で石ころのつもり、大小色とりどり丸石型のチョコが落っこちている。

 なんというメルヘンの森!

 子どもの夢!

 なんでもかんでもお菓子作り!

 どこもかしこも甘ったるい!

 嗅いでいるだけで糖尿病になりそうな空間!

 これだけ甘ったるいのに、この快晴でなぜ溶けないかトリビアである!

 小鳥の形をしたよもぎ餅が鶯のように鳴いては飛んだ。

 ホーホケキョとは、わヲんのぼんやりした現心境だった!

 あまりにも極彩色で、色同士が喧嘩するように敷き詰められて、呆けてしまう。

 ホーホケキョのあとはまったく苦手そうな顔になった。

「なんて酷い造形なんだ! 美しくない!」

 美術館にもいかなければ、絵も下手くそなロボットの美的意見である。

 開発仕立てのころ先生が、試しでわヲん画伯の美的センスを試した。

 人間を描けといわれれば棒人間を描き、自画像の描けといわれれば棒人間を描いた。

 ふたりの棒人間はまったく同じであるが、わヲん画伯によれば線が違うそうだ。

「色さえたくさん使えばよいみたいな子どもの落書きをやるような奴! やはり悪党だ!」

 典型的な知ったかかつ偏見である!

 この理屈だと子どもはみな悪童になってしまう!

 しかし!

 わヲんも無理をしている!

 精神を傷めつけられてきている!

 それこそ他人の芸術性にケチだってつけたくなるほど!

 そう、こういうところから誹謗中傷は始まるのだ!

 でもそうやってやらなければ、やってられない現代がある!

「たとえ人間が来たって、こんな壊滅的センスの馬鹿なら僕はやってやるのだ!」

 そうだ、そうだ!

 あれも欲しいこれも欲しいで派手にごたついたものは、二十代くらいで卒業!

 落ち着いた統一感のある色を好むこそ、大人!

 決して派手なのが恥ずかしいとか!

 無理しちゃってと思われたくないとか!

 そういった世間に流されたようなのではない!

 いわば成長である!

 まちがっても諦めではない!

 むしろ諦めだったとして、ならば成長とは諦めである!

 ポジティブシンキングも上々!

 さて、わヲんは今度こそじぶんの力で倒すのだと意気込む!

 で、ノアのみれば、幸せそうに丸石のチョコを頬張っていた!

「ノア!」

 急いで取り上げた!

 幸せが陥落して、すぐ青くなった!

「なにをやっているんだ! もしかしたら毒の入っているかも!」

 だが、聞く耳もたず!

 べつの幸せを拾って頬張りだす。

 なんせ、ここいら一帯どこにでも甘い幸せの落ちているのだ!

 またとり上げる!

 こんど幸せの崩れて、怒った頬がこれまた膨らむ!

「なんで!」

「不健康だろ!」

 生活習慣病予防!

 暴飲暴食、偏った食生活こそ将来を持病で苦しめてくる!

 若いからと調子に乗るな!

 若い臓器を過信するな!

 いつまでたっても、おやつは三時になってから!

 この珍しいわヲんの正しい指摘!

 さあ不健康をやろうとしたノアが、どう言い返せるものか!

「食べなきゃやってられないの!」

 わヲんはこう飲んだくれみたいに言われると、正しいこともひっこめざるえない。

 食は、いまの彼女の心の不健康の癒しだった。

 それでなんでやってられないなんて言わせているか!

 ホヘトの責めが思い出される。

 わヲんはチョコを返してやった。

 じぶんの不甲斐なさ!

 それで少女のなかで、高速でインスリンの滅却が行われていると思うと悲しかった。

 ひとつ丸石の完食したら、彼女はおちついた。

 ここまでで一番、満足そうだった。

 その微笑みはみたかったが、いまだと純粋にはみられず、心苦しく陰った。

 彼女もこの陰りへ気づくなり、

「ごめんなさい」

 と沈んだ表情に戻った。

「いや僕のほうこそ」

 こういう返しがもっともよくない!

 どっちも悪かったら、正義は始まらない!

 だから早くもっと責めやすい、喜んで目の敵にできる悪をわヲんは望んだ!

 すると来た!

 森の奥から少女の鼻歌!

「るぅんるるぅんるるん」

 スキップなんてしてメルヘンの森からメルヘンがやってきた!

 縁の広い帽子のうえへ、結婚式でもあったのかというような巨大なケーキの一片!

 カバが舐めるんかというような大きい飴玉!

 などなど巨大かつスイーツでカラフル、そしてなにより重たげに乗っけっている。

 そのくせその下では陽気な童顔が、重さもなさげに無邪気で笑う!

 どころか、小柄で細い体とともに弾んでいるのだ!

 スカート部分がかぼちゃのような形になっている板チョコ柄のドレス!

 これもまた盛り付け満載!

 多様な型のクッキー!

 多色のチョコスプレー!

 これらがどぎつく振りかけてあって目に痛い!

 さらに目に痛いうえに、目に痛いエプロンのしていた!

 かき氷にすべてのシロップを垂らしたような白い地で多彩なエプロンだった。

 おまけ、棒状のチョコのステッキを片手で軽やかに振るっていた。

 頭のなかがお花畑とはよく聞く!

 だが頭のうえお菓子だらけどころか、全身隈なくお菓子コーデであった!

 これが世に言うおかしい奴かと、わヲんは思わず安直な洒落まで浮かんでしまう!

 ほぼ放心状態で、このメルヘンに見つかってしまい、鼻歌も止んだ。

「あれれ? お兄さんたち、こんなところでまぁいご?」

 言い方ともども所作まで可愛さが大げさ!

 えくぼへ人さし指の当てる感じ!

 その挙動は確かで、行きすぎた愛嬌がある!

 しかし行きすぎた愛嬌とは、可愛さを逆さまに転落させる!

 なんだか媚びたような上機嫌さがあって、わヲんはむしろ苛立った!

 ノアだって苛立ったようで、チョコのついた口もとのへの字であった!

 そしてこの苛立ちは、どうもこの景観とおなじ甘ったるい匂い!

「さてはお前がここを作った悪党だな!」

 根拠はない!

 いうなら勘である!

 穿った決めつけである!

 されどどう考えても、このセンスの合致はいくら棒人間描きでもわかってしまう!

 お前が犯人である!

 わヲんは指さした!

「えぇ! エビシーの自信作なのにぃ! それにエビシーはぜんぜん悪くないよぉ!」

 両目に両手あてて、しくしくと三文役者でもしない演技で泣く。

「悪い! お前は悪党だ!」

「さぁいぁくぅ! じゃあどのあたりが悪いんですかぁ!」

「センスが悪い!」

「ひどぉい! この時代に学ラン着てる不良に言われたぁ!」

 うぇんうぇんと棒読みであった。

「学ランのなにが古いんだ! ブレザーなんてネクタイ巻いてまどろっこい!」

「そぉいう頑固がぁ、けっきょくスーツ着るときに苦労するんだぞぉ!」

 まぁ、それはそうかもしれない。

 ので、わヲんはこうなったらで開き直る!

「舌が絡まりそうなしょべり方や、甘ったるい格好しているのに言わる筋合いはない!」

 またこれもその通りで、こんどはエビシーの開き直り!

 ちなみに美しい薔薇には棘があると常套句のある!

 この言葉からして美しいものとは、その美しさの割にあわせて危険である!

 では、可愛い子ぶっているのはどうなるだろう!

 答えはエビシーが示す!

「あぁ? てめぇ、さっきからこっちが仕立てに出ていれば、ド突くぞぉ!」

 声が七つほど下がる!

 ハ長調でいえば、一番高い「ド」が「レ」に落ちる!

 ドでなくなったのに、ドスが効いてくる!

 目つきだって睨み上げて、バイオレンスに鋭い!

 エプロンのポケットへ荒く両手の突っ込まれる!

 足の蟹股ぎみになる!

 さっきまでファンシーを着た妖精みたいな似合いだったのが一変!

 形相だけひっくり返って、ファンシーを着たヤクザで不似合いだった!

 わヲんはこの落差についていけず、びっくり! 

 喧嘩を売る相手を間違えた!

 と古風なしょうもないチンピラのようなことを思った。

「ところで兄ちゃんよう! まぁたしかにうちは悪い薬や怪しい研究しとるよ!」

「お、おうそうか」

 なんとか虚勢の保つ。

「けどなぁ。仁義ちゅうのがあるやろ!」

 それからステッキで、口にチョコのついたノアを示した。

「悪党の家からいうてぇ、勝手に無銭飲食してえぇちゅう法律でもあるんか?」

 あぁ?

 あぁの脅しの締めがもはやスジモンのそれである。

「いや、ないすよね」

 わヲんは三下になった!

 なんと正義のロボットとして情けないことか!

 あまつさえ敵へ背筋を伸ばして、腰を深く折る!

「僕のほうからもちゃんと言っとくんで勘弁してくんないっすか、先輩!」

 先輩まで言っている!

 救いようのない正義である!

 すると向こうもころっと変わって、メルヘンファンシーを取り戻す。

「そうだぞぉ! いけないことしたら、こんどはメッだからね!」

「はい、先輩!」

 先輩にしても後輩にしても、ここまでの転身をやってのけると呆れが来る。

 それが来たらしいノアが、冷たい目。

 なんなら残念そうな溜息まであった。

 無職飲酒三昧の夫の生活に愛想をつかしかけている妻のそれだった。

 わヲんはこれを聞いて不味いと思った!

 このままでは仲間どころか友達ですらなくなってしまう!

 なんとかせねば!

 だがしかしオリハルコンの心は端からこの悪に臆してしまった!

 脅しが怖い!

 あの豹変に太刀打ちできない!

 それでも頑張る!

「あの先輩! できればなんすけど、あの悪いことやめてくんないっすか?」

 頑張った結果、下手にでた!

「えぇ! それって薬作ったり、ロボット改造したりとかってこと?」

「そうっすね」

「てかぁ、なんで私に指図すんの?」

 ちょっとヤクザが覗いてくる!

「すんません! べつに無理にってわけじゃなくって!」

「そっかぁ! じゃあ、続けるねぇ!」

「そこをなんとかって感じで」

「はぁ?」

「ちょ、ちょこと控えてほしいなぁって、思ったり思わなかったり」

「あなたさぁ、いまの立場……わかっているかなぁ?」

 ……の間で迫ってくる笑顔がなおさら恐怖であった。

 たとえどんな表情で近づいて来られても、もうわヲんは恐怖的にとらえてしまう!

 この短時間でそう刻まれてしまった!

 そしてノアはまたこの情けなさに溜息である!

 なんというピンチだろう!

 あちらを立てればこちらが立たぬ!

 こうなればどちらかを立てねばいけない!

 だが、どっちも違った恐怖で強迫してくる!

 こんな恋愛を度外視したホラーな三角関係がこれまであっただろうか!

 いや、きっとある!

 あるだろうが、わヲんは知らない!

「ちょっとぉ! 耳がわるいのかなぁ!」

 可愛く脅され、はいと悪い夢か飛び起きるように返事した。

「た、ち、ば! わかってるぅ?」

「いえ、あの立場っていっても……」

 このときわヲんは頭のなかで「うん?」とハテナだった。

 待てよ。僕の立場ってなんだ?

 すると思い出してくる。

 僕にとてこの女の子は、ただの敵のはずだ。

 そう!

 その通り!

 しょっぱなに気圧されて、忘れるほど怯えていたようだが、彼女は敵である!

 取引先でもない!

 上司でもない!

 また先輩でもない!

 あらゆるカースト制度のどこにも組み込まれていない!

 どういったってただの敵である!

 しかもだ!

 よく考えてほしい!

「そういえば僕、まだ君と戦っていないぞ!」

 そう大正解である!

 戦いもせずにつく優劣なんて、戦ってみればあっけないもんである!

 戦いは年功序列ではない!

 勝ったものが偉い!

 勝利至上主義!

 ゆえに戦いとは、熾烈なのだ!

 しかしその熾烈さはわヲんにとっていま希望である!

 こいつは偉そうだが、偉そうがゆえに弱い可能性があるのだ!

 偉そうな人はいっぱいいるが、ほんとうに偉い人はきっと少ない!

 指で数えられる程度!

 いや、そこまで言えないでも何十億分の十万とかにしろ一パーセントない!

 それくらい一握りでなければ、相対的な価値がない!

 天才はいっぱいいたら、天才ではない!

 さらにここで偉いにくっつけて強いまで入ってくれば、なお限定され少数化する!

 そして弱い奴ほど粋がる!

 強い奴はそんな力なぞ誇示せずとも強いのだから、大っぴらにする必要がない!

 力士を思い浮かべよ!

 あの何事にも物怖じなさそうな体格がデンとあるだけだ!

 あるだけだが、勝てると思うか?

 そもそも挑もうと思うか?

 その反面、この少女はどうだ!

 格好こそ奇抜!

 態度こそ二面的でおっかなく悪辣!

 しかし!

 吹けば飛ぶような体格である!

 以上の偉人すくない説と、弱いやつは粋がる説を結び合わせる!

 結論!

 エビシーは雑魚である!

 わヲんはマインドセットが終了した!

 するとさっきまで舎弟でしかなかったのが、肩の力の抜いて大人の余裕!

 そのみせつけに、子どものやんちゃへ苦笑までする。

「こらこらお嬢さん、そんな人を脅すようなことはいってはいけない」

「あぁ? 急に気色わりぃのう」

「そういう言葉づかいもよくない。まだ中学生くらいだろ」

「ほっとけや、だいたい私はもう二十歳超えとるんじゃ」

 ハハっと作り笑い。

「強がった冗談だな。見た目年齢だと、そんなはず……」

 女性へ年のことは若年層でも言ってはいけなかった!

 不意から杖のさきでみぞおちをちょこんと突かれる。

 突かれた次には、水飴の小川を挟んだブッシュドノエルにぶっ飛ばされていた!

 わヲんはいくら鋼鉄でも、急所のせいか残り続ける痛みがあった。

 まずわヲんの理論は、大前提が間違っている!

「おい、てめぇ! 私は半端ながらロボットだぁ! 見た目年齢なんぞとほざくか!」

 相手は悪の組織のロボットである!

 偉人すくないも、弱いやつは粋がるも、人間論である!

 ロボット論では、なんにも通用しない!

 さて、そういうわけだから甘そうに見えてそんな甘ちょろくない!

 ちゃんと戦って勝たねばいけない!

 ノアも危うさに気づき「あ」と言おうとする。

 が!

 なんだか口の開けるまでいってあと一息のところ出ない!

 当人すら驚いて、どうにか頭の振って勢いでだそうとする!

 でもそんな塩を振りかけるようにしても、出ないものは出ない!

 得意なのは、エビシーで可愛い子ぶったほうに戻る。

「残念でしたぁ! あなたの情報はレミファちゃんから貰ってましたぁ!」

「なんだと!」

 喋れないらしいノアも、わヲんと似たことを口にしただろう。

「さっきチョコ食べたんでしょ!」

「まさか毒か!」

 ぶっぶう! 指と指を交えて小さくバツマーク。

「毒薬の対策くらい抗体打ちまくってしてるでしょ?」

「そういうもんなのか?」

 わヲんはノアへ問い目で、しかし答えてくれない、答えられない!

「短期的に声帯へ蓋をしちゃうガムみたいなもんだよぉ! ちょっと息苦しいでしょ?」

 言われてそうなのか、ノアは首のさすった。

「きっと来るだろうって思って、こういう私の森の用意したんだぁ! かわいいでしょ!」

 自信作の自慢するように大手を広げた。

「さて、あとは弱くてよく吠えるのを処理しちゃえば、なんくるないさぁ!」

 おっと、どうやら敵も間違った!

 いま策がはまって上機嫌だが、そう言ってわヲんのほうを向くのは失策である。

 まず弱いというのはよくない!

 なぜならわヲんはじぶんは正義であり、正義は強いと思いたいから!

 またノアから声ごと「あ」をとったのも失策!

 わヲんにとっては好都合!

 なんせこれにより、今回ばかり助けられる余地はない!

 人は追い詰められると強くなる!

 宿題を後回しにしても夏休みは終わる!

 あと一週間しかない!

 宿題は山とある!

 ではどうするかといったら簡単だ!

 とにかくやるしかない!

 なによりもう助けられるばかりは!

 彼女に損な役回りばかりさせるのはごめんである!

 よって、わヲんはもうやる気をだすほかない!

 いや、これまでにないほど、なんの外連味もなく!

 やる気である!

 腹の痛みはひいた!

 さぁ、わヲん!

 立ちあがりふざけた格好の敵を見据えよ!

「ようやく僕の戦いだ!」

 今回は残念ながら「あ」の出番はない!

 たぶん。

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