天使のあんな翼では航空力学に引っかかるぞ。

 公道を馬で公道を走行することは国にもよるだろうが、なんら問題ない。

 二人乗りはよくないが、正義の名のもとにゆるされよう。

 正義というのはパトカーのサイレントと同等の価値があってしかるべきだ。

 こんなわヲんが捻りだしたいい繕いよりよっぽど世間受けする詭弁はごまんとある。

 たとえば迎えに来たイロハ白馬形態は、都市の明りで星を無くした夜を駆けつつ述べた。

「まあ、俗にいう光学迷彩ですよ。ここらの人や車両から私たち三者は見えません」

 どこらへんの俗の話をしているんだろう。

 変形界隈、馬界隈、美少女ロボット界隈、大砲界隈。

 変形界隈だけは参入したいと結論したわヲんであった。

 あと現在、二人乗りで跨っているこの光学迷彩の馬は、どんな換算だろうか。

 一頭、一体、一台どんな風に数えるとよいだろう。

 俗に言ってロボットとはまず基本、一体で数え。

 とここで、俗って言うのは、どこらへん俗なんだろう。

 さて、ワヲんのとりとめない考えが一回転した。

 お茶のペットボトルが、炭酸飲料のペットボトルにリサイクルされたくらいの循環。

 そんなせせこましくて、みみっちく、環境に配慮した思考は捨てよ!

 ちょっと後ろを振り返れば、遠く、爆発に半分ほど齧られた摩天楼が暗くあるのだ!

 あれぞ勝利の象徴!

 最強を穿った証明!

 ノアの罪である!

 それでさらにその視線から角度を少し落とすだけ、その罪に苦しむ人がいるのである!

 罪悪感!

 ノアはまたしてもこれへとり憑かれている!

 そのとり憑かれたものと相乗りしているわヲんは、だから気まずい!

 錯綜する前照灯やビル群の明りよぎっていくが、ノアの顔はどう照らされても暗い!

 いくらデリカシーを入れ忘れた心でも、なにを話せばよいのだろうのありさま!

 以前ならわヲんの、ノンデリカシーと被害者意識のなさで強行突破に助けた!

 しかし今回、その無遠慮が働かない!

 被害者意識は、もっとでわヲんは被害者ではないのだ!

 なんだったら、より加害者、いや共犯者といって過言でない!

 そしてもうあの求道の真理たる道はまったく閉ざされてしまっていた。

 で、まるで初対面である!

 初対面で馬に二人乗り!

 あとひとつ補足すれば、この馬形態ですら完璧であった!

 なんと乗馬特有の揺れや前からの風を感じない!

 風の音もない!

 蹄のパカラ、パカラいうのもない!

 疾走している感じのいっさいない、俗にいう光学ボディーがあるのか!

 電気自動車に乗っている快適な心地じゃないか!

 まぁ、ロボットなので電気自動車のほうが似合っているのか。

 ただこうなると風情もへったくれもない!

 イロハというのはあまりにもハイスペックを極めた結果!

 あらゆる風習、哲学、ロマンを踏みにじっていく!

 しかし科学発展とは、そういうものかもしれない。

 紙はかさばるので電子書籍にしよう!

 年賀はがきや初春あいさつなんて携帯で片付けてしまおう!

 登山とか昇りたくない、頂上の景色だけでよいが……あ、ロープウェイあった!

 嘆かわしいが、頼ってしまう便利の憎らしさ!

 ただ踏みにじったぶんだけ、また新しい因習もできる!

 そのときまた同じ憎しみが生れることだろう!

 ざまぁみろ未来!

 と、そんな陰気なノスタルジーは自動開閉式ゴミ箱にでも捨てておけ!

 いまの問題は、この乗馬の風情がなくなったおかげ、この沈黙が言い訳しづらい!

 ここに尽きる!

 風の音で会話しにくいのでという口実から後回しにできない!

 快適なはずなのに気まずい車内!

 気まずさもあってか、エアコンが寒い!

 たてがみの奥でエアコンまでついていやがる!

 なんといらんまでの至れり尽くせり!

「大丈夫?」

 まさかノアから踏みこんでくるとは、わヲんは予想外である!

 一瞥すると、愛想笑いが心に痛い!

「僕は大丈夫だから」

 まるで大丈夫ではない共通の事柄が存在するようである!

 そうだ、なんにもおかしくない!

 たかだか悪人を……。

 わヲんは嘔吐感がせりあがる!

 べつに吐けるものもなかった!

 そうすると洞察すら優れている完璧馬ロボットが、この気まずさをわかったらしい。

「あなた方は悪のビルを崩壊させました。誇ってよいことかと」

「そ、そうだ! 勝ったんだ!」

 わヲんが、空威張りすれば惨いだんまりが返ってくる。

「わヲん、あなたにはなぜそう立派に心が存在するんでしょうか?」

「え?」

 この心的外傷のうえ、この馬型電気自動車はまだ塩を塗ってくるのかと身構える。

 しかしイロハはとても純真に疑問らしかった。

「ロボットへ心理を授けるのは、都合がいいからです」

「都合がいい?」

 すこしばかり真面目な話となってきた。

 わヲんはさっそく眠くなってきた。

「生物の生きるうえで、自己防衛のため怯えがあります」

「あぁ」

「逆さにすれば、怯えがあれば自己防衛の機能が備わるのです」

「あぁ」

「また感情が起こす埒外の可能性は、少ないですが幾人かの人が証明しています」

「あぁ」

 あの「はぁ」のやり返しで「あぁ」であった。

 もはやわヲんはこれ徹底のつもりである。

「あなたがたの戦ったさっきの男だってそうです」

「あぁ……え? あの人が!」

 あっさり破ってしまう!

 傷心とは決心の天敵であった!

 だいたい被害者を出してくるなぞ、ダイエット中の人のまえで暴飲暴食するに等しい!

 こんな大逆をやって、やはりこの馬は涼しい調子で塩を塗ってきている!

 なんならノアにだって効いてしまう!

 掴まれている学ランの裾が引っ張られる感じる。

「いくらか思い当たる節があるでしょう」

「いやまぁ、それなりに」

「ロボットに心理をつけるのはこの恩恵を受けるためです」

「だったら、僕があったっておかしくない」

 というかこうなれば、イロハよかわヲんのほうが多様である。

 ともすれば唯一勝っているところである。

「あまりにもあなたの心は人に近すぎます」

「いいじゃないか! 正義のためだ!」

「それで感情から邪魔され、正義とやらを見失ったことも多いのでは?」

 うぅんとじっくり都合のよい過去を思い出し、ダサいところはいっさい編集した!

 そうやってわヲん制作陣によるディレクターズカット版ができあがる!

「いやそんなことなかった」

 多くディレクターズカット版というのは、なにをどうカットしたかよくわからん!

 よくわからんが、なんか違う、まえより短くてつまらんになっている場合がある!

 わヲん監督はその轍を踏んでいた!

 だから、イロハから好評は得られずに、

「そういうところですよ」

 と呆れられ、話もそれっきりであった。

 そろそろ夜の街も尽き、ようやく辺鄙な闇に出る。

 そしたら人気のないところから大砲で、ズドンッと研究所まで戻るのだそう。

 イロハの心ない話題振りは功を奏したか、重たい雰囲気はやや緩和だった。

 が、ノアが沈んでいるのは変わりなかった。

 もう「あ」ともいう元気もない、そうした暗闇が彼女に真っ黒くおりてきた。

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