タイプライターの斥力
わヲんは考えた。
師匠は人間だ。
そしてじぶんはロボットだ。
師匠の論では、人間は最強なり得た。
しかしするとロボットはなれない。
なら、どうするか。
爆発の止んだとき、もうわヲんの答えは固まっている。
「諦めよう!」
生物学とロボット工学では、重なるところあれどわけが違う!
そう、思春期は終わったのだ!
学習過程を終了し、リクルートスーツを身にまとうときの諦観。
またそれだけでなく、気持ち新たな高揚もあった。
どうしようもないことは、諦めて、いまできる精いっぱいでやろう!
というわけだから、やはり無傷の赤叉!
いやさすがに喰らった!
まったくもって傷だらけで赤い!
人間らしい色の垂れ流している!
それでも無傷なように立っている!
「さぁ、決心ついたか、小僧!」
「あぁ! 俺はあなたを諦め! ゆえ超最強を目指そう!」
「いい粋がりかただ! 俺も全力でもって応えようじゃないか!」
いよいよこの熱狂にも、終止符!
と思いきや、ここでなんと水をさすはノアだった。
凍えたように震えた手で、学ランの袖をちょこっとつまんでくる。
なにもかもが震えていて、水面に小雨の波紋がするように赤い円らな瞳の揺れている。
「ノア、いまいいところなんだ!」
子供がコンシューマーゲームで遊んでいて、母から晩飯を呼ばれたときの典型があった。
思春期卒業、なんなら入社式まで済ませたかと思いきや、ここで学生へ逆戻りだ。
いつまでも少年は少年!
遊びはニュートンの運動の第一法則!
即ち慣性の法則である!
やりだしたらとまらない!
途中セーブ可能なきりのいいところまで!
そんなだだへ、ノアは遠慮がちかつおもむろ。
ただこの慣性へ壁を与えるに足る泣きそうな呟き。
「人なんだよ」
「人?」
呟き返すと角度が変わる。
角度の変化は世界を変えるに等しい!
三本並んだ木を一本に映せる!
アングルは不細工を美人へ変化させる効能である!
四十五度は斜面で、九十度は直角である!
これら踏まえて人はどうだ!
人は四十五度でもあり得ぬ急勾配を感じ、九十度で壁だと思う!
そういう生き物だ!
そう!
生き物なのだ!
わヲんはようやく気づく。
生き物ってもしかして命あるもってことじゃないか!
命ある人間って、人類のことじゃないか!
それって僕が守ろうとしていた、あの有名な人類じゃないのか!
思い当たってしまった!
ロボットわヲん、またノアにおける九十度とは人類である!
いまかいまかと待っている赤叉が違ったものに映る!
命とは重い!
つべこべ言わず重たい!
それに尽きる!
これを戦いだと言って、ケーキを等分するように割り切ってしまう輩がいる!
ケーキのくせに、お前は甘いのだとほざいてくる!
だがひとつ言っておく!
道徳や倫理が、見せかけでもそこに引力を生み出し命へ引きつけるのだ!
心にだって万有引力は働いている!
もしこの引力が解かれたら!
自由なんてもんではない!
なにもかも地球からほっぽりだされるし、太陽系はちりぢり、銀河系は解散である!
闇で無重力の宇宙で漂い続ける屍を思ってみよ!
いや宇宙だってバラバラかもしれない!
これを想像すれば、いまわヲんたちへ発生している心的なトラブルがわかるだろう!
「僕らはもしかして、人ひとりを亡き者にしようとしている!」
間違いなくそうである!
さきのたとえで表わすなら、地球を破壊しているのと大差ない!
星々の運行が狂う!
世界が変わってしまう!
「守るべきものを亡くすなんて!」
わヲんはここで正義ぶるが本音は違う!
ふたりのやるせなさ!
暗いうつむき加減!
すると赤叉も勘づいてくる。
「お前たちまさか、自らの手で人を始末したことがないのか?」
「いや! そんなことはないさ!」
強がったから笑いが、夜空にむなしく響いた。
そんな上方に誰もいない。
ここはなによりも摩天楼なんだから。
「僕だってロボットだぞ! 人のひとりやふたり……手を引くならいまだぞ!」
「こっちとら自慢ではないが、一万近くやってきたのだ!」
「一万だって? 一、十、百、千、万! 五桁も差がある! 自慢じゃないか!」
「自慢ではない! 結果だ!」
「というか人間なんて卑怯だ!」
ついに追い詰められた結末に、わヲんは人間卑怯論を泣きわめく!
「さすが悪の組織だ! 人間を雇って、命を盾にして、情にほだされた僕らの隙をつく!」
「小僧! 俺をそんな卑怯だというか!」
「だってそうじゃないか! こんなの卑劣だ! 僕は人間のために来たのだ!」
「ならばひとつ現実を突きつけてやる!」
「もうやめてくれよ! これ以上なにがあるっていうんだ!」
「悪の組織も、人間で運営されている!」
とどめだった。
膝から崩れた。
わヲんはなんとこれを想定していなかった!
なんという燈台下暗し!
実は頭にあった眼鏡!
いつも絶望は無くしたと思っていたもののように見つかるものだ!
「まぁ、今日は休みでこのビルに人は俺だけだ」
なんの気休めにもならぬ赤叉の情報である。
「しかし、この悪のビルを運営するため、日ごろ社員は頑張っている」
そうだ悪のビル!
この気休めにもならぬうちから、気休めを見出そうとわヲんは顔のあげた!
「どうせ過重労働あたりまえ! インサイダー取引や、違法行為だってやってるんだろ!」
「週休三日で私服出勤あり、在宅でもいい、有給、産休、育休も要望のまま」
「給料が安いとか!」
「月の手取り一千万だそうだ」
「なんとホワイト企業だ!」
「労基にいかれるよかましなのだ!」
「もはや別に就活していないが、就職したくなってきた!」
「まぁ、あまり社員へばれぬようインサイダーや、違法行為のやっているらしい」
「やっているじゃないか! この悪党め!」
「悪が悪やって何が悪い!」
「間違いない!」
もう首のがっかり折れた。
この人間、赤叉、表向き優良企業にも勝てる気がしない。
こうなったら税務署や裁判所へ訴えでるか!
インテリジェンスかつビジネス的に戦うか!
とまでらしくなく考えたところ、赤叉からまた説教臭い一撃であった!
命の重みも加わってか、体格ミドルのくせヘビー級である。
「くだらん、策を弄するまえに戦わないか!」
「そんなこと言ったって人命だ!」
「いいか! 命なんてのはどうでもいい!」
「よくない!」
へこんでいるためか、まったくわヲんが正論であった。
しかし威勢は、赤叉の圧勝である!
「他人の命や自分の命を顧みて、なにが超最強か!」
「でも僕は人の守ろうと!」
「俺は敵だ!」
「敵でも命だ!」
「お前、いったい人が何人いると思っている?」
「そりゃ、たくさんだ!」
「七十億だ!」
「一、十、百、千、万……」
「十の九乗! ゼロが九桁だ!」
「そんなに!」
「わかるか! その数に比べたら俺なんてたかがひとり!」
「ゼロもないのか!」
「そうだ!」
赤叉はさらに拳を掲げ続ける!
「もっといえば! 俺は今日! お前と初めて会った!」
「たしかに初めましてだ!」
「つまり! そんなさして大事な存在ではない!」
「いえている!」
わヲんは、敵の𠮟咤のおかげで立ちあがる!
人の命が大事であり、もっとも重いのはそうである!
だがふたりとひとりなら、多いほうを選ぶ!
親友と他人なら、親友を選ぶ!
悪人と善人なら、善人を選ぶ!
少なくともいまのわヲんはトロッコ問題ならそう答えただろう!
まるでいままでの体たらくがなかったように、わヲんは不敵に堂々とした!
「すまない師匠! 迷いは晴れた! そしてあなたを倒す!」
この覚悟の決まったロボットが、その覚悟を授けた師を無礼にも倒そうとしている!
だが見えたのだ!
見えてしまったのだ!
諦めたはずの例の道が!
星も星系も銀河も銀河団も宇宙も、宇宙膨張速すら越える!
その果てしなき一本道!
「よっしゃあ、俺好みになってきやがった!」
「どうやら求道が見えたようだな!」
「短期決戦! あなたから教わったすべてを俺の拳が物語るのだ!」
「来るがいい! 小僧! いや求道者よ!」
さぁ、場の勢いかもしれない!
酔っ払いの喧嘩にも等しいかもしれない!
しかしふたり、真剣本気に真っ向からぶつかる!
人類、ロボット、んなものは置き去った!
命や正義、んなものはこの瞬間にして無!
ただひたすら最強をかけ、最強を超える!
これはそういう求道と、求道!
道と道の張り合いであった!
鉄拳が入る!
人体を抉る!
いくら最強人間でも重たい一撃!
それでも殴り返しがくる!
いくらロボットでも魂の震える一撃!
応酬、一瞬!
されど大ダメージ!
人間、赤叉もはや立っているのもやっと!
ロボット、わヲんそろそろ疲れてくる!
両者、どうやっても残っているのはたった一撃である!
この一撃のため、拳を握る!
満身創痍!
完全燃焼!
だからこそ雌雄決せよ!
同時の殴り込み!
泥臭きクロスカウンター!
決まった!
届いた拳はわヲんであった!
しかし!
どうやっても残っていないはずのものを!
物理を無作法でひっくり返し!
捻りだす!
赤叉という男は持っている!
そう、気合である!
「俺は最強なのだ!」
倒れざまに一撃の飛んでくる!
避けられない!
そしてわヲんは察した!
この一撃は、理屈ではない!
人間の極限が生み出す、形容、筆舌しがたい究極にして最強の一撃!
問答無用に瞬間、わヲんは再起不能となる!
それがいままさに!
だが!
ここでノアのわヲんの背へ抱きつく!
それで泣き腫れた声で、
「わヲん、あなたは勝った。罪は私がもらう」
決心のついて道が見えたのはわヲんだけでなかった。
それもどうやらわヲんと違った道であった。
人間の虎の子の気合も消し飛ばす、爆発だった。
わヲんのけっきょく超最強への道は途絶えた。
夢から覚ますような轟音と眩さだった。
おしまいに師匠が、
「人間万事塞翁が馬! 小僧、俺はお前に負けなかった! やはり俺は最強だ!」
と高笑いの手前で光へ呑まれた。。
またこんかいの爆発はなお広がった。
それで天狗の鼻っ柱を折るように悪の摩天楼まで呑み込んだ。
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