ウスバカゲロウの魔術
ほんとうの迷路とは、迷い込んだここが迷路だと気づくまえから迷路なのだ!
そしてわヲんはほんとうの迷路に出くわしたのだ!
なんという長い白い廊下!
不規則な曲がり角!
なんで待ち構えているのだ袋小路!
俯瞰で、指や鉛筆でなぞっていく二次元の迷路もある!
しかし本格立体の迷路とは、いったん迷えば指や鉛筆をやめたって逃がしてくれない!
前後左右すべて迷いで塞がっている!
たぶんじぶんの製作者の基地であろうところで、こんな難関があろうとは!
さらにここで、更なる絶望のスパイスを送ろう。
わヲんは方向音痴である!
これは砂漠のとき、薄々おもった!
ただ砂漠という、同じ景色の連続体!
いかにも迷いそうななか、あぁなるのも仕方ない。
そう済ませていたが、こうなると顕著!
なんとわヲんは右に曲がって、右に曲がって、右に曲がったのだ!
これを七周して、やっと悟った!
「もしかして、僕はさっきから同じところを回っただけでは?」
なんでこういうときには、妄想狂がうまく働かないか!
そもそも位置情報システムとの連携くらいしておけ!
今日日、自動掃除機ですら家を一周してちゃんと充電器まで戻るぞ!
ごもっとも!
だがこんな批判を受けようにも、わヲんはいま迷宮でひとりぼっちである!
しかも、変形の一件で傷心であるからあまり抉らないでやってほしい!
「しかし迷いまよい歩いていると楽しいな。そういえば僕はどこ目指しているんだっけ?」
ついに目的すら迷って能天気である!
こいつは批判されてしかたない!
石や空き缶をくらったって文句をいう資格はない!
さあ、袋叩きだ!
だが袋叩きにしようにも、やはりひとりぼっちである。
ちなみにだが、実はわヲんが歩んでいる道のさきに扉は見えていた。
ここまで廊下、曲がり角ばかりで見当たらなかった長方形の黒い扉であった。
しかし方向音痴が、方向音痴たる要因がある!
それでわヲんの場合は、
「まぁ、適当に歩いていればつくだろう」
これである!
なにか目星をつけろ!
壁にそって歩くでもなにかし条件を課せ!
改善をしろ!
そんなのくじ引きで全部引けば当たりが出るだろうといった物量押しはやめてくれ!
効率的!
スマートと行こうじゃないか!
とこんなこともわからない奴が、ようやく巡り合った扉の前へ立つとどうなるか。
これは実証実験である!
「うぅん、なんか違う気がする!」
どうやら違和感には気づく!
「なんだろう、右の道のほうがやや狭い?」
左右に道は分かれているが、ど真ん中を見よ!
「くっそこんなときに定規があればな」
そんな付属品はいらない!
ちゃんとした目ん玉があればよい!
「テロ対策かな。やはり広い。ほんとうゴールはどこなんだ?」
目前でそれらしいものが、黒く目立って開けてほしそうにしているぞ!
「というかゴールに盲目的になっていたが、この黒いの、扉じゃないのか!」
やっと気づく。
実験終了。
これで実証された迷宮とは人を盲目にし、目ん玉すら引っこ抜いてくるものだと。
さて、念願、いや忘願のゴール!
このゴール、横開きであった。
入れば一人用の病室。
白く医療機器と血管のように地を這うなにかしかのケーブルたち。
あの心理拷問部屋とは雲泥だと思う。
で、ベッドのうえで、上半身の起こしてあいかわらずパジャマ姿のノア。
そして思い出す!
「そうだ、僕はノアへ会いに来た!」
ノアもこんなはっきり言うから気づく!
アリアドネの糸もない!
ただ単なるクジ全引きの物量押し!
しかしだれのなんといおうと迷宮越え!
そう再開した!
たとえ忘却しても、あえば思い出す!
わヲん、さあ抱きつかんばかり駆け寄る!
そうこれぞ、全米が涙した感動の再開だ!
「帰って!」
もうすぐエンドロールのところで、そう彼女からぶった斬られた!
横合いからテレビのチャンネルを変えられた気分!
暗い画面のなかで、呆然としたじぶんが薄暗く映っている。
わヲんはそんな感じで、駆け寄る足を止めた。
「ノア?」
「もう近づかないで!」
「え?」
「わヲんなんて大嫌い!」
名指しである!
笑ってくれない。
ただただ俯いて涙が大粒にひとつひとつ雨漏りのように落っこちていく。
わヲんは一気にわからなくなる。
大嫌いとは、嫌いのどれくらい上だろう。
大人と子供。
それは浅く見れば成人を跨ぐか跨がないかの話。
大学芋と芋。
芋は芋である。
オオクワガタとクワガタ。
リンネの表記法によれば、オオクワガタは、クワガタ属である。
つまりクワガタ属という括りのなかにオオクワガタはいる。
なんだ大きい枠組みの小さい部分じゃないか。
大とかつくからもっとドでかいかと。
こう思考してわヲんは、なんだ大嫌いなんて大したことはないと安心だった。
なんせ嫌い属のなかの大嫌いという一部種類なんだから。
どうやら、まだ方向音痴の盲目から、脱せれていない。
また解釈とは便利かつ傲慢である。
なれど客観視とは、不便かつ残酷ながら凡そ正しい。
そう、ここで大事なのは、嫌い属には入っていることである。
そして扉に同じく、これにもやっと気がつく。
「ノアって、僕のこと嫌いだった?」
ノアがもはやヘッドバンキングのように二遍ほど頷く。
「物凄く」
涙のこぼれてきらきらした。
すこし立ち直ってきていた心のヒビつくが、まだ割れない。
まだなけなしのガムテープでも貼って補填できる!
「あ、そうか! 君はまだあの遠ざけるための演技を続けているんだ!」
こんどは横におもいっきり振られた。
ヒビはガムテープをはみだした。
だがまだすこしガムテープは余っている!
「じゃあ、なんで泣いているんだよ。僕は君に笑ってほしくって」
「出てかないなら言うからね!」
なんと、わヲんへ向かって脅すように口を開けてくる。
すべての終わりを告げるような『あ』の形に。
まだ声でない。
しかし仮想ながらくらった気分である。
ある一定ヒビつくと粉々になるガラス。
もうガムテープなんて使いようもない。
わヲん、ざんねんにも振られてしまったようだ。
しかしまだ硝子片を片付けるため元気を出すのだ。
クワガタ属のなかのオオクワガタよ。
大嫌いときているのだ。
そうだ。
わヲんが、しょんぼりして迷宮へまた迷いに行くことだけが彼女のためである。
彼女はきっとそういうわヲんの背を見て思うだろう。
清々した。
あんなポンコツで、薄情で、移り気で、大人になれない奴に憑かれたって蠅じゃない。
私、虫ってなんだって嫌いなのよね。
弱虫なんて特に、しっし。
と。
いやまぁ、わヲんの卑屈が生み出す偏った幻聴ではある。
ただわヲんはいつも気づくのが遅い。
言葉はいくらでも裏返せるが、行動に裏も表もない。
なんで彼女はあぁまで泣いていたのだ。
あの言葉も偽りでないなら、あの涙も偽りでないとなぜ考えないだろう。
やはりまだ残っている六連式の九ミリ弾と、投げナイフの仕業だろうか。
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