怯えが未来や過去へ伸びていた。現在だけまるで安心だった。

 わヲんは目覚めた!

「ノアああああああああ!」

 ノアを呼んだか、叫んだのか定かでない!

 うわあああああ! の変質形が、ノアああああああああ! かもしれない。

 というかどこだここは!

 ほの暗くって、薄汚れていて、まるで拷問器具を無くした拷問部屋の不気味さ!

 そして配慮のかけらもない硬いベッドで寝かされていた。

 まさかとわヲんは思う。

 もしかして、敵の捕虜となって拷問されるんだろうか!

 だったらわヲんにはもってこいであった!

 目のらんらん輝いて、百万ドルの夜景に匹敵した!

 その無駄に頑丈な体で、苦痛なぞ跳ねのけてしまえ!

 さあ、本領発揮である!

 ただ早合点はよくなかった。

 もうひとつの可能性があった。

 すると青ざめた。

 ロボットにも血液か、それへ近いものが廻っているんだろうか。

 いわゆるその廻っているものが凍りついたのだ。

 もしや解体部屋。

 言われればそういう雰囲気だってあった!

 いや拷問部屋と解体部屋の印象とは、一卵性双生児みたいな似方だからわからない!

 しかしどっちで取ったってろくでもない部屋ではあった。

「目覚めましたか」

 女の声、それも若い!

 ベッドの傍で見ればなお若い!

 若すぎる!

 座っている丸椅子が高く、脚がブランコじゃないか!

 どう見たって小学生!

 ランドセル背負って、防犯ブザーとPTAをバックに成長する時期である!

 しかし、この茶髪でおさげの子はもうひとつの理論に抵触した!

 美少女ロボット理論である!

 もう拙論、二度は言うまい。

 強いて加筆して、なんでも新鮮になっていく九歳ほどといえ、この理論は適用はされる。

 いやむしろこっちのほうが、いわゆるベービーフェイスの恩恵も残って、美少女!

 レミファ? そんな元美少女もいたような気もする。

 人は大人になるものだ。ロボットなら知らん。

 さてと少女は椅子から、飛び降りた。

 赤いワンピースのふわっとなって、朝顔の咲き始め。

 咲ながら降りたなり、どこかへ。

 そんな単純に去らせないわヲんだった。

「待ってくれ! ここはどこだ!」

 わヲんはこれくらいのまともさは兼ねそなえている。

「え? 病室ですけど?」

 ふり返った顔がロボットらしい、無表情さであった。

 というか病室?

 拷問部屋か解体部屋の親戚で、そんな慈悲あふれる白く薬品の匂う部屋はないはずだ!

「拷問か、解体なら僕は解体を選ぶ! ねじ一本残らずやってくれい!」

 もし拷問部屋だったとして、そんな挙手制のリクエストが通らないだろう!

 むしろ逆に、嫌なほうで来るはずである!

 そうこの打算からわヲんは、あえて解体としたのだ!

 賢くなっている!

 いまなら小学生あいての知能には負けない!

「なんですか? 心理テストですか?」

「し、心理テストだと?」

 そんな方向性があったかと愕然。

 体の解体ではない! 心を拷問し解体してくるのか!

 わヲんの知能は閃く!

 一卵性双生児ではない!

 解体部屋と拷問部屋はふたつでひとつの二重人格だったわけか!

 ミステリー物だったら、得意げに推理を始めるところだった!

「俺はなんと浅はか、部屋は見かけで判断してはいけない」

 家賃、光熱費、水道代、隣住民の性格、壁の薄さ、敷金はちゃんと返ってくるか。

 あらゆるところから部屋とは精査しなければいけない。

 住めば都というが、喧騒満載の都が一番住みやすいか?

 違う住めば住みやすいがいいのだ!

 都だ地方だで見ない、差別なき目こそ充実と快適に至るのだ!

 で、これら無駄口ふまえて少女よ、わヲんへ語ってもらおうか!

 この看護師もない!

 医者もない!

 バイタルサインすらかすりとも聞こえない!

 そんな一室の、どこが病室であるか!

「まぁ、正確にいえばホヘト先生が作ったロボットの検査室ですけど」

 わヲんはあっさりなるほどとなった。

 拍子まで打った。

 あの陰湿無礼、日向の嫌っていそうな先生がよく表れているとまで思った。

 ちなみにわヲんもその陰湿無礼から生み出されているが、それは忘れている。

「なんだ、じゃあ助けられたのか? ノアも?」

「えぇ、熱中症ぎみだったので別室で安静にしています」

「よかったぁ」

「あなたの体も修理していたので、きっと万全でしょう」

 そういえばくだらないことを考えられるくらい元気であった。

 体と頭は密接な関係をもっている。

 腹痛であったら、頭の回転は腹痛へ支配されて便所を求め始めるもんである。

 治るまでのわヲんは、激闘と葛藤で便所を求めていたのかもしれない。

 だから腹痛の治って、冴えているのだ。

「あ、そうだ! つぎもまたあの大砲でぶっ飛ぶのかな」

「あぁ、そうですね。私の準備が終わればすぐ、お二方を飛ばします」

「え? なんで君の準備が?」

「申し遅れましたが、私はイロハ。世界横断長距離弾道砲、イロハ砲です」

 沈黙は思考の土壌である。

 いまてきとうに言ったが、人は考えるときに黙るのだ。

 ロボットもそう。

 わヲんは、黙った。

 黙りまくって、がんばって少女の台詞とあの大砲を結び付けようとした。

 結論。

「いや無理があるだろう」

 今日のわヲんは、ほんとう冴えている。

 無理があるだろう!

 こんな華奢で、体積が大人の半分なのが、あんなドンとデンになれるのだ!

 あんなボッカン、ドッカンになれるのだ!

 大人だって、あんなもの体のなかに入れたらメタボリックシンドロームじゃ済まない!

 お嬢さん、さては仏頂面してご冗談だな。

 わヲんは思考の土壌を笑いで荒らした。

「ハハハハハハハハ! そう無理だよ! そんな嘘!」

「なぜ?」

「だって、ちっさい君のどこであんな物騒な図体が隠せれるっていうの?」

「だったら論より証拠をやってみましょう」

 それはなんと一瞬!

 イロハの体が膨らむ!

 空気を吹き込まれ続ける風船のように張り詰める!

 怖くなってきて、わヲんは急いで両耳に指の突っ込む!

 ぎゅっと目を瞑る!

 肩をちぢ込める!

 なんと情けなくダンゴ虫みたいに丸まったことだろう!

 オリハルコンの心でも、この破裂のいまかいまかが怖い!

 もう早く割れてしまえとすら願う!

 が、やっぱり割れてほしくない!

 なんというジレンマ!

 そんな定まらぬなかで、案の定バン!

 ダンゴ虫はベッドから逆さに落ちた。

 逆さで見上げれば、論より証拠!

 さあ、現われでたるは、天井に頭のつくほどの立派でデカい白馬であった!

「あのとき砂漠にきて、助けてくれたのは君か!」

 すると白馬が少女の声で語ってくる。

「人の血管はすべて繋げればこの星を二周半します」

「へぇえ」

 純粋に関心した。

「腸だけでもゆうに身長の倍以上あります」

「人間ってふしぎだぁ」

「ここへ臓器や、筋肉、骨まで収納してまだ肺の膨らませる余裕まであるのです」

「ふむふむ」

「子供でも、そう言われれば詰め込めば詰め込めそうな気がしませんか?」

「確かに」

 はい、確かにとなった!

 みなさんも口に出して言ってみよう、確かに。

 するとぜんぜん確かにとはならなくっても確かにとなる!

 あやふやに情報あふれる社会だからこそ盲信しなければやってられない。

 そこで仮初でも救いのことばである、確かに。

 でっかい馬、ないし元美少女ロボットから教訓と豆知識であった。

「つまり、私がこう大砲や馬へドでかく変形しても不思議じゃない」

「たしか……」

 に、で堪えた!

 わヲんはいけないと思ったのだ!

 この壺はうん十億しますから、百円セールのうちに買うべきですよ。

 確かに。

 お使いのパソコンはウィルスに感染しました、早く高いウィルスソフトいれましょう。

 確かに。

 私は詐欺師ですが、詐欺師と名乗って騙す詐欺師もいないでしょ、私から買って損なし。

 確かに。

 さて、この例になぞって、さっきの言い分。

『つまり、私がこう大砲や馬にドでかく変形しても不思議じゃない』

 たしか……いやダメだ!

 なんでも確かにで済ませられると思うな!

 判子を簡単に押すな!

 契約書はじっくり読め!

 知らない電話には出るな!

「君!」

 とビシッとわヲんは指でさす!

 もうダンゴ虫ではないミンミン蝉のやかましさを備えている!

 さあ、言ってやるのだわヲん!

 そんな戯言はクーリングオフだと!

「君はさっき変形と言ったな!」

「えぇ、変形ですけど?」

 なんて白々しい!

 生意気な!

「ロボットの変形を、馬鹿にするな!」

 馬面をかしげて、それでも円らな瞳で愛らしい。

 だがそんな美少女や馬の愛らしさで妥協させるのもここまでである!

「ロボットの変形というのは、なによりその変形中の美学なのだ!」

「はぁ」

 まったく身に染みていない! 

 なんなら意味すら理解していない!

 こんなまだ塗装塗りたての小童が、ロボットで変形なんて十年!

 いや、百三十五億年はやい!

 こうなったら、この百三十五億年を一年くらい力説で埋めてやれ、わヲん!

「脚が胴にガシコンとはまる!」

「はぁ」

「頭が胴に格納される!」

「はぁ」

「手が折りたたまれる!」

「はぁ」

「翼が生える!」

「はぁ」

「このそんなところがそうなって、ああなっての過程こそ美学なんだ!」

「そうですか」

「そうですかじゃない! こうまでなって最後どうなるんだと考えてみろ!」

「飛行機とかになるんですか?」

「飛行形態というんだ!」

「あ、そうですか」

 なんという温度差!

 氷と火!

 冬と夏!

 氷河期と間氷期!

 こちらのことばの尽くしたところ、はぁの二字でどうでもよくされる!

 あまつさえ、退屈で右前足で地を軽くけるじゃないか!

 わヲん、負けてはいけない!

 冷めているのがかっこいいみたいな風潮のなか!

 お前だけは、情熱であれ!

「いいか! ここまで来て最後に全体像が見えたとき、思うのだ!」

「はぁ」

「なんと考えつくされた設計! 変化しながらもすべてがあるべき場へ収まっている!」

「はぁ」

「ガシコン! バシコン! となりながら芯は何一つ変わらず、しかし変わっている!」

「はぁ」

「まるで美しい花の開花を倍速で見るような神秘!」

「はぁ」

「まるで割れたシャボン玉を高画質でスーロー逆再生する崩壊と創造の収束美!」

「はいはい」

 はいはいだと!

 なんて飽きた態度なんだ!

 まるで燃えた蝋燭の燈心をあっさりふぅ吹き消すようじゃないか!

 だがわヲんはあきらめない!

 主役で舞台にでも立っているように、ベッドのうえで拳を突き上げる!

 締めくくる!

 謳いあげろ!

「これらが総じて、ロボットの変形とは成り立ちも含めて、一切合切かっこいいんだ!」

「で、それがなんなんです?」

 この少女すら「で」を使うのか?

 なにか内輪で面白い話があったとき、みんなのゲラっている。

 そんななか!

 この少女は淡白かつ事務対応で言うんだろう!

「で、それなにが面白いんですか?」

 逆に聞くぞ!

 場を凍らせたお前の台詞はなにが面白いんだ!

 なにを生み出したんだ!

 ああ嘆かわしい!

 なんという冷めたい子供の育つ時代だ!

 偏見たっぷりの懐古主義にもなるものだ!

 わヲん、ここははっきり言ってやることだ!

 また指をビシッとやって!

「君の変形は、かっこ悪い!」

 そうだ! よく言った!

「そんな卵が割れたら出てきましたみたいなの、なんの芯もない! ださい! 馬面!」

「まぁ、馬ですから。嫌でしたら戻りましょう」

 そしたら、風船のしぼむみたいになって元の少女姿でおちついた。

「戻りかたも弱っていくみたいで情けない!」

 もっと言ってやるのだ!

 言ってやらねばこの分らず屋、ほかの多くの情熱も傷つける!

 だがどうも少女だって黙っていないようだ!

 やっと熱の入ってきたか、むすっとして反抗的な半目。

 よろしい、この浪漫を語らう準備のできたらしい!

 では、わヲんともども胸張って腕組みして、なけなしの反論を聞こうじゃないか!

「じゃあ、あなた見せてください」

「え?」

 思わぬ方角から言葉の九ミリ弾が、わヲんの心に抉りこむ。

 さらにもうありえない精度で着弾。

「よくわからないので、かっこいい変形とやらを見せてください」

 いちおう補足であるが、わヲんにそんな機構は存在しない。

 かっこいいどころか、変形のへの字もない。

 饒舌を尽くし、しかしたった二言に負けた惨めにマニアなロボットがそこにいた。

 そしてベッドへ四つん這いに崩れた。

「まさかできないのに、言ってたんですか? それこそダサいですよ」

 おかしい、わヲんは殴り合いをしていたはずだ!

 それが急に相手が懐から、ピストルを取り出したじゃないか!

 さらに装填された弾丸のなんて冷たいんだろう!

 しかも貫通しないで残って後追いでズキズキ痛む!

「ロボット仲間のよしみで言います。もっと物事を現実視できる大人になってください」

 もういい加減にその可愛らしくも、毒々しい銃口を降ろしってやってほしい。

 引き金から手をのけてやってほしい。

 子どもの姿で言わないでやってほしい。

 せめて馬か、大砲になって言ってやってほしい。

 また五連式のリボルバーでもまだあと一発残っている計算である。

 もう一発は、いまの弱り果てたわヲんでは耐えられない。

「哀れですね。じぶんができないから、情熱とかいって人に押し付けるんですよ」

 ほらもう一発も残っちゃいないはずだ!

「野球で俺だったらホームランだったっていってる野次とおんなじですよ」

 お前、六連式だったか!

 すると蜂の巣にされそうなロボットは、もう居ても立っても居られない。

 のっそり風へ揺れるススキのように立ちあがった。

 で、このやはり心の拷問かつ解体部屋だった一室の出口らしい扉へ縋っていく。

「どこいくんです?」

「ノアにあう。僕はあの人の笑顔で何度でも立ちあがれると知っている」

「そうですか。ただ守りたい人に慰めてもうらう、それって惨めじゃないですか?」

 少女め、研ぎたてた投げナイフをぶっ刺してくる。

 なんという暴挙!

 とても窮地から帰還した仲間へやっていい所業ではない!

 と、言いたいが、さすがにこればかりは情状酌量の余地あれど見ていてダサく情けない。

 まぁ、ロボットとは元来、合理的で無慈悲である。

 心の覗かせるレミファや、わヲんのようなのは稀であろう。

 おまけにかっこ悪くも変形までできるのだ。

 もしかすればイロハは、ロボットとした完璧へ近いのかもしれない。

 すれば完璧と欠陥品では、お話にならない。

 そりゃ変形の哲学なぞ、通じるはずはない。

 こうなると口ばっかりで傷心のわヲんには逃亡だけができることだった。

 だからさいご彼女のつぶやいた、

「まぁ彼女があってくれるか知りませんけど」

 という、いままでへ比べればお子様ランチに付くちゃちな玩具のような毒。

 この意味も深くは考えられなかった。

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