アルマタイトの貝殻

 強敵は消し炭である!

 勝利は達成感とあらゆる愉悦をあたえ、全身を生き返らせるはずだ!

 しかし!

 帰るまでが遠足!

 帰るまでが修学旅行!

 帰るまでが仕事!

 帰るまでが戦争!

 帰るまでが勝利!

 家の玄関を潜ってただいまと言い、風呂に使ってぷはぁとなる!

 こんな単純でわかりやすいことが、なぜ心を喜ばせるのか!

 それは帰ってみればわかる!

 勝利の味は別格で、そんな美味いものがそう安価で手に入ると思うな!

 シャトーブリアンを想像せよ!

 やさしい赤身で、きめ細かい。

 それが大きく分厚く切ってある。

 ステーキで焼けば鉄板のうえで肉汁をじわぁ涎を誘うようとだす!

 舌へ乗せたらば柔らかく溶けるよう!

 そんなもんらしい!

 で、そんな美味さはさておき、それの傍で自慢げな数字を見よ!

 きっと百グラム、一万とかいっている!

 さすが希少部位!

 これを一切れ食すだけ、一般人の生活は途端に火の車となって爆散する!

 なんという牛の悪夢!

 そう見合わない美味さを求めるること、それ即ち家計圧迫まったなしの命がけである!

 そしていまロボット、わヲんは砂漠ドまんなか!

 そんな行きすぎた贅沢を求めているのやもしれない!

 かわらず日差しに焼かれぐったりのノアを背負い、灼熱砂漠をえっちらおっちらゆく。

 めぼしいものは、ふり返ったときのじぶんの足跡。

 なんと寂しく役に立たずの目印か!

 オアシスでも見つからないか!

 なんならば、オアシスから歩いてこないか!

 オアシスにどうやったら脚が生えるのか!

 もはやわヲんの思考は、なんのためにやっているのか本人すらわからない極限であった。

 そしてふしぎが起こる!

 誰かの足跡であった!

 もしかしてたどったさき、歩くオアシスが!

 まったくもって想像の飛躍!

 藁をもすがる!

 しかし気づいてしまう!

 希望が裏っかえて、絶望である!

 その足跡へ、己の靴を嵌めた。

 ぴったりである!

 地獄の片道切符が符合した!

 いまだに地獄では割符らしい。

「嘘だぁああああああ!」

 正しいピースが嵌って、またたくま萎びたキュウリになる人間は珍しい。

 ロボットならなおさら珍しい。

 きっとわヲんの萎びた化石は、後世で学者たちから注目されるだろう。

「オアシスは僕だったのか」

 渇いた呟きへだれも返事のしない。

「うぅ」

 ノアの歪んだ悪夢への呻きだけ返事だった。

 わヲん、息を呑む。

 まずい!

 と思う。

 ここでひとつ、言い添えなければいけない。

 実はさっきの争いでわヲんが、痛みを感じていた。

 頑丈売りのわヲんでも、あの苛烈な蹴りと「あ」の爆発は堪えていた。

 つまりあと一発「あ」っと喰らえば「あ」っというまに壊れてしまう危険があった!

 そう、いまわヲんは背中に自滅爆弾ノアを背負っているのだ!

 スポーツ選手が怪我をし、いつ爆発するかしれない爆弾を抱えたなんて表現を聞く。

 この爆弾はまさにその類である!

 時計もなく、条件もない!

 強いて言えば!

 ノアの気まぐれ!

 悪夢の加減!

 悪魔の裁量!

 さてこうなると、わヲんは悪魔にとりつかれた!

 いわゆる魔が差した!

 そしてここまでを全否定する一言!

「なんで助けなきゃいけないんだ」

 こっそり言うのが、なお愚痴っぽく陰険であった。

 僕だって生き延びたいのだ!

 このままではふたりとも自滅してしまう!

 じぶんの命か、他人の命か?

 そりゃじぶんの命だ!

 他人はごまんといるが、僕は僕から見て僕だけなんだぞ!

 正直、ノアは可愛い!

 だが!

 可愛いなんてどこにでもいる!

 だいたいロボットだからって、なんで遥かに劣る人類のために奮闘せにゃならん!

 こき使いやがって!

 わけもない差別だ!

 横暴だ!

 ロボットだからって恨まれないと思うなよ!

 僕はここで人類への反旗の嚆矢となってやる!

 だから、僕は彼女を置き去りにし!

 なんとじぶんのためだけに生き延びてやるんだ!

 どうだ! 参ったか人類!

 僕はもうお前らに前向きな気持ちも、正義も起きないぞ!

 余裕のない思考のあわれが詰まっていた。

 見たこともないずる賢い笑み。

 正義の失墜を象徴したものだった。

「わヲん、ごめんね」

 背で抱えている彼女から弱った言葉。

 根を張ろうとしていた魔が突き刺されるようだった。

「重いよね。もういいんだよ」

 おそらく「うぅ」のとき起きたらしい。

 とすればどうやらさっきの呟きの訊かれていた。

「やさしい言葉はやめてくれよ! 僕はもう君の敵になるんだ! 君を倒すのだ!」

「倒せるなら倒して、ポンコツ」

 なんだか似合わなく、言いなれない台詞であった。

「どうせそんな根性ないんでしょ」

 ロボットのあるかなきかの心へ響く!

 ただそれというのは、怒りでも屈辱でもない!

「わヲんなんて嫌い! ぜんぜん私のために動いてくれない役立たず! もういらない!」

 がんばって少ない悪口を疲弊した頭で絞り出す健気さ、気遣いの温かく響くのだ!

「どっかいって!」

 わヲんよ!

 ニヒルぶって、守りたい人へ言いたくもないことを言わせ、お前の心は満足か?

 彼女は自身の身寄りもお前へ生きてほしい一点張り!

 この一点張りのみでお前を遠ざける悪口を捻りだしているのだ!

 それが同じ最悪の炎天にあって、お前はなんだ!

 お前は心へ正直ひたすらなだけ!

 いっぽう彼女は心に嘘をついてまで助けたいものを助けようとする!

 いったいこの違いはなんだ!

 お互い変わらぬ状況!

 変わらぬ絶体絶命の光景のはずだ!

 心の悪魔なんぞ、ぶち抜け!

 前向きに考えられないなら、いまだけおもいっきり卑屈に、陰惨に考えよ!

 すれば半周して最良と変わらぬ考えへ至る!

 たとえばわヲん、お前ならこうだ!

 なにを悪がってんだか!

 僕にそんな大それたことできるかよ!

 ポンコツなんだぞ!

 ほら敵も味方も言うんだ!

 ポンコツだって!

 そんで途中でなんもかんもほっぽってしまうのだぞ!

 悪の撲滅も!

 ノアのことも!

 そんなのが、人類へ反旗!

 たったひとりで?

 笑わせる。

 人類のどんなもんだと想定しているんだ。

 どうせ思いつきで無想定だろ!

 もう片腹どころか、どこもかしこもおかしくって痛いね!

 そもそもそんな大それたこと土壇場で決断できているわけがない。

 楽なほうへ流されただけだ!

 お前はいつだってそうだ!

 ポンコツゆえに!

 侵入していた悪魔は、この誹謗中傷に小さくなって蚤であった。

 さあ、悪魔を悪意で追っ払った!

 ここから選択だ!

 思いつきだけで、どうせ勝てない人類へ挑むか!

 ずっと信念にあって、どうせなにも助からないが助けたいと思う人を助けるか!

 わヲんよ!

 賽は投げられた!

 もう出目は変わらないかもしれない!

 だがしかし、お前の心も、望みもさいごまでお前のものであり続けるのだ!

 選べ!

 迷うな!

 選びきれ!

 こうした思考の展開、その選択の結論を言おう。

「ノア、僕は弱く悪い奴だ」

 聞いたノアは悪口をやめた。

 そんな彼女へ、横顔をみせた。

「でも悪くなったって僕は君を守る」

 そしてにっかり晴れたように笑う。

「どんな考えや行いを経ても、やっぱり大事な君を守るのだ!」

 このときの初心な少女の心を、粗忽ながらもうすこしわかりやすい場面にしよう。

 まぁおおかた邪推で、真実は知らない。

 ゴッシプ記事と思いたまえ。

 で、たぶんだが、教室でたまたま落とした消しゴムを拾おうとして別の手が重なる。

 それを見上げたとき、なんとなく気になっている異性の顔が間近!

 さて、恥ずかしくなってなんとか赤い顔を誤魔化さなければ!

 するとどういう言葉とともに、顔を背けるか!

「あ、そう」

 思わずかな赤い顔のそう、そっぽ。

 わヲんは選択した。

 なんなら選択しきったのだ。

 言ったであろう。

 どうせなにも助からないが助けたいと思う人を助けるか! と。

 その選択の答え合わせが、ちょっと勇み足で来てくれただけである。

 わヲんよ、きっとお前の化石は無難であろう。

 学者も石ころ扱いで捨てるであろう。

 だが、ここではまだわヲんは化石にならない!

 なぜなら、オアシスが走ってきたからだ!

 まぁ形状は溜池のようなのでなく、れっきとした白馬であったが。

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