飛んで火に入る熱力学

 学べ少年、少女よ!

 世界はかくも美しい!

 そなたはかくもたくましい!

 学ぶ少年、少女よ! 

 ゆえにそなたは人間大砲であれ!

 研究所のいろんな階段。

 坂。

 部屋。

 ドア。

 それらみなみな正しく辿っていったさきで、そういう大部屋に出くわす。

 真ん中にドンと黒い大筒!

 これだけ!

 なんと浪漫だろう!

 だれもが一度はぶっ放したい!

 ぶっ放されたいと夢見て、ついに完成したのだ!

「この大砲こそ、世界横断長距離弾道砲! その名もイロハ砲である!」

 どこからともなく聞こえる先生の声からして、なんとおまけに夢の海外旅行つき!

 わヲん、もろ手で万歳三唱、やったあああああ!

 さて、研究だけには熱意ふんだんな先生よ。

 もうすこしこの浪漫を語っていただこうじゃないか!

「つまりこのイロハ砲でズドンされれば、あっという間に悪のはびこる本拠地にご到着だ」

「いたれりつくせりってわけですね!」

「ここで質問だ! すべての正義が絶望したことはなんだと思うかね、わヲんくん」

「己の非力ですかね?」

「違う! 断じて違う! もっと想像を核融合させろ! 太陽に学べ!」

「わかりました! うおおお! 重水素! 三重水素よ! 僕へ力を与えたまえ!」

 人だったら血管がぶちぎれて、ぶっ倒れることうけあい。

 いま、そういう総動員の気合のなかにわヲんはいるのだ!

 かならずやその解を!

 百点を!

 いやなんなら百二十点を!

 そのシナプスの泥沼からひきあげてくる!

 彼はそういう男なのだ!

「さて、わかったかな?」

 さあ、明晰にきっぱり答えてしまえ!

「わかりません!」

 素晴らしい!

 返事だけはいっちょまえで、まるで正解したような清々しさがるじゃないか!

 あるいは零点をとったときの諦観にも似て、悟ったもんだ!

 だが、

「違う! 断じて違う! 世のなかわかりませんではダメだ! まちがいはまちがいだ!」

 こう先生が正しい。

「そうですよね! では答えを!」

「馬鹿やろう! そんなすぐ正しい答えばかりへ縋ってなにが人間だ! ロボットだ!」

「すみません! 僕は自力で考えます!」

「では説教も済んだことだし答えを教えよう!」

「ありがとうございます!」

「すべての正義が絶望したことそれは!」

 さあ、それはと溜め始めた。

 ここから奇妙奇天烈、青天霹靂、とんでもない答えが飛び出すか!

「それこそは!」

 まだ溜める! しかもそれこそは、へ階級があがった!

 ハードルが上がった!

 もはや期待値の振り切れていて、ちょっとやそっとでは、なるほど!

 とはならない。

「それぞ……」

 なんなら当人だって、そろそろ臨界点は通り過ぎたと後悔しているはず。

 それが! 

 なんと! この老獪、神妙たっぷり「それぞ」ときた!

 もう引き返せない!

 もはやいったいなにが始まるんだ!

 天国か、地獄か! 救いか、破滅か! 新たなる世界との邂逅か!

 では、張りつめた空気に針を刺してバンと風船を割ってもらおうじゃないか!

「……移動、長くないか。ということだ」

 ……。

「世界へ枝葉を伸ばす特大悪党組織とやり合おうというのだ!」

 ……。

「それなのに遠征費用、移動時間、人員、あらゆる悪と関係のない物理障壁が邪魔をする!」

 ……。

「これが絶望でなくなんだ! まるで世界から正義が不要、いやいじめられているのだ!」

 ……。

「これらすべて解決する力! それぞスピード! ぶっ放せ人間大砲なのだ!」

 この大演説のさなか、ほかすべて凍てついた!

 あのわヲんですら、途方もないくだらなさに動けなくなっているのだ!

 あのわヲんですら、だ!

 先生のほか時間というものが噓のように、空間から引き剥がされた。

 なんという恐ろしい科学者だろう!

 時間停止装置を発明したに等しかった。

 学会で発表すべきである。

 ところで!

 みなさんの頭の隅っこでちょこんと可愛らしく座っている疑問があるだろう。

 そう! ノアどこにいったんだよ問題である!

 本日の主役は? これでは誕生会は開けない。

 ので、さっきからわヲんの隣にいた。

 欠伸の堪えて、目の擦ってがんばって眠気と戦っていた。

 きっと彼女こそ寝る間を惜しんで、父の大弁舌、大発表を心待ちにしていたのだ。

 それが奇しくも、さっきの、

『……移動時間、長くないか。ということだ』

 の発明で凍てついてしまった。

「どうだ私のこの誇るに足る大発明! 三秒で地球のうらっかわだぞ!」

 時が流れたとき、彼女はしょうもなくなって、つい言ってしまった!

「あ、そう」

 時間とは流れである。

 ならば、流れを堰き止めても力そのものは滞留するばかり。

 そして溜めて溜めていっぱいもう無理まで昇って堰を切ったなら!

 そりゃあもう超新星爆発並みの揺り返しがきてあたりまえである!

 もっともこんかいの揺り返しは、ノアの抑え気味な「あ」爆発だったわけであるが。

 それでもどがぁん、どんがらがっしゃんとはなった。

 よし! それではこうして準備万端!

 次回ようやくである!

 人間爆散!

 人間大砲!

 弾道発射!

 やっと悪を叩きのめし正義こそ世界を征服する力だと証明しに行こうじゃないか!

 という話ができる!

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