第32話 慌ただしい一日①


 ロレーヌ公爵とその長女レミリアが城の離れに連行された翌日。


「ヴィエラ様、おはようございます」

 

 いつも通りヴィエラの部屋にやってきたセリーンは、どことなく晴れやかな表情をしているように見えた。

 いつもは丁寧ながらも主に似てローテンションなセリーンだから、なんだか珍しいとヴィエラは思う。


 (それに、こころなしか肌ツヤまでいいような……)


「どうしたの、セリーン。なんだかスッキリした顔をしているけれど……」


「いえ、そんなことは……。ただ、わたくしの大切な方を傷つけた一人に天罰が下ったので気分が良いだけです」


「そうなの? それはよかったわね……?」


 (……一瞬不穏な言葉が聞こえた気がするのだけど、気のせいかしら)


 ヴィエラには詳しい事情は分かりかねるが、セリーンが嬉しそうならそれでいいだろう。と言うより、下手に聞き返すと知らなくても良いことまで知ってしまいそうで怖い……。

 セリーンは詳しく話すつもりがなさそうなので、ヴィエラはそれ以上聞かないことにした。


「ああ、そうですヴィエラ様。そういえばようやくドレスが出来上がったようですよ! 本日の午後、仕立て屋の方が持ってこられるそうです」


 セリーンはヴィエラの身支度を整えながら、話しかけてくる。

 

「え? まぁ、本当? それは楽しみだわ」


 (そういえばドレスを頼んでいたわね)


 色々なことがありすぎて、ドレスを注文していたことなどすっかり忘れていた。

 ここ最近は特に暗い出来事が起きていたので、ほのぼのとした知らせに、ヴィエラは微笑みをこぼした。



 ◇◇◇◇◇◇



 午後になり、ヴィエラはセリーンと共に以前と同じ部屋へ向かった。室内には、仕立て屋と思われる女性が数人控えている。


「ヴィエラ様、お久しぶりでございます~!」


「ドレスが無事に出来上がりましたので持ってまいりました!」


 仕立て屋の女性たちは、明るい笑顔で迎え入れてくれた。

 テンション高くそう言われると、余計に楽しみになってくる。

 

「ありがとう。楽しみだわ」


「さ、一度着てみてくださいませ!」

 

 女性たちに促されるまま、ヴィエラは完成したドレスを試着することになった。

 ヴィエラがあの日注文したのは、ふわふわとしたレースが重ねられた美しいデザインのものだ。

 目の前に現れた完成品は、ヴィエラが想像していた以上に美しいものだった。


「サイズはいかがですか?」


 ヴィエラは鏡の前でくるりと回った。一緒にふわりとレースが動く。

 

「ピッタリよ。……思ったよりこのドレス、軽いわね」

 

 実際に袖を通してみると、その着心地の良さに驚いた。これほどまでにレースが使われているのだから、もっと動きにくいかと思っていたのだ。


「さすがヴィエラ様、よくお気づきで! こちら、最新技術で作られているんですよ~。まだ国内では普及していない技術なんです」


「このドレスなら、ほかの方から一目置かれること間違いなし! オズウェル陛下の婚約者であるヴィエラ様にふさわしいものです!」


「そ、そう……?」


 熱く力説されて、ヴィエラは気圧されてしまう。

 さすが商売上手な仕立て屋たちだ。


「それではヴィエラ様、失礼いたしますね。領収書は陛下にお渡ししましたのでご安心くださいませ~!」


 仕立て屋たちは言うだけ言うと、嵐のように去っていった……。慌ただしい人たちだ。


「まったく……。腕はいいと言うのにあの落ち着きのなさは困ったものですね」


 隣にいるセリーンも苦笑している。ヴィエラも同じように笑うしかない。


「でも、このドレス、とても素敵だわ」


 もう一度、ヴィエラは鏡で自分の姿を見つめる。

 白いレースと薄紫色の生地で作られたドレスはやはり美しい。


 (オズウェルに見てほしいな)


「オズウェル様にお見せしに参りましょうか」


 ヴィエラが思ったこととまったく同じことをセリーンに言葉にされて、ヴィエラはどきりとしてしまった。

 オズウェルのことを考えていたことが見透かされていた気がして、顔が熱くなる。


「え、ええと! み、見てほしいけど、オズウェルは忙しいんじゃないかしら!?」


 確か昨日の朝にロレーヌ公爵たちを連行したばかりだ。ヴィエラは一昨日からオズウェルの姿をみていない。ということは、オズウェルは忙しいのではないだろうか。


 わたわたと赤い顔で言うヴィエラに、セリーンは微笑ましそうに微笑みを浮かべていた。


「たとえ忙しかろうと、オズウェル様がヴィエラ様のことをご迷惑に思うはずがありませんよ。むしろあの無表情で内心歓喜しているはずです」


「せ、セリーン……っ!?」


 その発言は、メイドとしては結構ギリギリではないだろうか。

 とかなんとかヴィエラが思っている間に、セリーンはヴィエラの背を軽く押した。


「さぁ行きますよ、ヴィエラ様!」


「わ、わかったわ……!」


 結局、ヴィエラはセリーンに勧められるまま、オズウェルの元へ向かうことになったのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る