第33話 慌ただしい一日②
セリーンが言うには、オズウェルは今日のこの時間は、自室ではなく執務室で仕事をしているらしい。
執務室に行ったことは無いので、ヴィエラはセリーンに案内してもらうことになった。
どうやらオズウェルは、仕事と生活で大まかに場所を分けているそうだ。
それでヴィエラが執務室の場所を知らないわけだと納得いく。
執務室は、今いる建物とは中庭を挟んで向かい側にあるらしい。中庭を突き抜けるように作られている回廊を渡った先だ。
数日降り続いた雪も落ち着いたようで、雲間から柔らかな日差しが中庭へと降り注いでいた。
回廊を渡りながら、ヴィエラはふと遠くを見上げる。
この中庭からだと、北と南に建つ二つの塔がよく見えるのだ。
(……ロレーヌ公爵様たちはどうなったのかしら)
ロレーヌ公爵家のあの二人には、ヴィエラは複雑な思いがある。
あの二人のせいで、両親は死んだ。自分は記憶を失い、わけも分からず隣国で一人さまよった。
そのことに、怒りや憤りは当然ある。それ相応の罰を受けて、償いをしてほしいとは思う。
だけれど……。
(ああ、嫌だ。あの人たちのことを考えるのが怖い)
ヴィエラにとって一番許せないのは、自分自身なのだ。
両親のことを忘れて、呑気に暮らしていた自分が許せない。
ヴィエラがため息をついて塔から視線を逸らしたその時、セリーンが声を上げた。
「あら、ちょうどいいところに」
ヴィエラがはっと顔を上げれば、渡り廊下の反対側から何やら早足で歩いてくるオズウェルの姿があった。
(えっ)
確かにオズウェルを探してはいたけれど、まさか廊下で鉢合わせるとは思っておらず、ヴィエラは驚いてしまう。
ヴィエラたちに気づいたオズウェルは、一直線にこちらへ向かってくる。
「こんなところでどうした」
目の前までやってきたオズウェルはヴィエラに尋ねる。
オズウェルの表情はいつも通り無に近いものだ。
しかし、いつもとなんだか様子が異なると感じた。ほんの僅かな違いに、ヴィエラは戸惑ってしまう。
(もしかして、何か焦ってる……?)
「ええと、あの……。ドレスが出来上がったから、オズウェルに見せようと思って……」
今伝えても大丈夫なのかは不安ではあるが、隠すことも出来ずにヴィエラはおずおずと口を開く。
ヴィエラの言葉に、オズウェルは強ばらせていたものを少しだけ緩めた。
「……そうか。よく似合っている」
しかし、すぐにまた元の硬い表情へと戻す。見上げたオズウェルは苦々しい顔をしていた。
「だが、今はそれどころではなくてな。ゆっくりお前を愛でることが出来なくてすまない」
「何かあったの……?」
(なんだか、すごく嫌な予感がするわ)
オズウェルの様子からは、あまりいい出来事が起こっているとは思えない。
不安を抱きながらヴィエラは問いかける。
「……南の離れに隔離していたレミリアが脱走した」
「だ、脱走……っ!?」
嫌な予感というものは得てしてあたるものだ。
オズウェルから告げられた衝撃の事態に、ヴィエラは薄紫の瞳を驚愕で大きく見開いた。
「朝から聴取を行ってはいたんだが……。食事を運んだところ、隙をつかれて逃げられたらしい」
たくましいというかなんというか……。
衛兵の目をかいくぐって逃げようとするレミリアを想像してしまって、ヴィエラはくらりとめまいがするのを感じる。
「先ほど連絡を受けて城門を閉じ、今、衛兵総出で探しているところだ。皆殺気立っていて危険だから、お前は部屋に戻っていろ」
「わ、わかったわ」
確かにそれは今、城内をうろつくのは避けた方がいいだろう。
城門が閉じられているということは、確実にレミリアは城内にいるということだ。
万が一にでもレミリアと鉢合わせたら、面倒くさいことになりかねない。
「ヴィエラ様、戻りましょうか」
「……ええ」
セリーンにそっと声をかけられて、ヴィエラが踵を返そうとすると……、中庭の茂みから低く呻くような声が聞こえてきた。
「……見つけたわホワイトリーさん……」
(まさか……レミリア様……?)
茂みから現れたのは、よれたドレスに掻きむしって乱れたピンクブロンドの髪の女性。
ヴィエラはその姿に、一瞬目を疑ってしまった。
とてもでは無いが、レミリアとは思えない姿をしていたからだ。
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