第31話 ロレーヌ公爵②(多少の残酷表現あり)


 セリーンを探しにオズウェルがヴィエラの部屋に向かってみると、ちょうど部屋から出てきたセリーンを見つけた。

 そのままセリーンを連れ立って、オズウェルはロレーヌ公爵を隔離している北の離れに向かって早足で歩く。


「オズウェル様、ロレーヌ公爵はまだ吐いていないのですか」


 離れへ向かいがてら尋ねてきたセリーンに、オズウェルは頷いた。


「ああ、もし向こうに着いてもまだのようならお前に頼みたい」


「かしこまりました」


 外はまだ雪が吹雪ふぶいており、離れの塔に続く回廊のガラス窓にも容赦なく吹き付けてきていた。

 鉄扉てっぴを開け、長いらせん階段を登っていく。

 登りきった先の部屋に、公爵はいた。

 扉についている小窓越しに中を伺うと、尋問官と向かい合って座っているようだ。


「遅くまでご苦労。今の状況はどうなっている」

 

 オズウェルが見張りの衛兵に今の状況を尋ねると、衛兵はサッと敬礼を向けて口を開いた。


「はっ! 証拠品を見てもだんまりを決め込んでいる状況です」


「わかった。セリーン、代われ」


「はい」


 衛兵が外側から鍵を開け、少しだけ扉を開ける。セリーンはその隙間からするりと中へ入った。

 中にいる尋問官と一言二言交わすと、尋問官は席を立って部屋の扉の方へ移動してくる。


「ふふ、公爵様こんばんは。わたくしはそこらの衛兵や尋問官とは違って甘くないですよ。あなたがやったのかやってないのか、はっきりと口を開くまで、なんでもご奉仕いたします。まずはその汚い爪でも剥がしましょうか――」

 

 尋問官が部屋を出て扉が閉められるまでの一瞬に漏れ聞こえてきたセリーンの声は、とてもではないがヴィエラには聞かせられないとオズウェルは強く思った。

 

 

 セリーンが部屋に入ってから10分後。

 どうやらもう、尋問だか拷問だかは終わったらしい。

 セリーンが内側から扉が軽く叩いてきて、衛兵が扉を開ける。

 オズウェルが部屋に入ると、ロレーヌ公爵は部屋の片隅で震えてうずくまっていた。


 (地下牢で見たあの使用人の姿と重なるものがあるな)


 あの使用人も、セリーンから尋問を受けたあと今のロレーヌ公爵と似たような状態になっていた。

 セリーンの尋問は、余程恐ろしいものなのだろう。

 

「申し訳ありませんでしたぁ……っ! 15年前のことも、ホワイトリー家の馬車の細工も、わしが指示した! わしの研究に目障りだったからだ! だが、ホワイトリーの娘のことは何も知らん! うちのバカ娘が勝手にやったんだ! わしは関係ない! だからどうかご慈悲を……!」


 その後もガタガタと震えながら謝罪と言い訳を繰り返している公爵に、セリーンは呆れたようにため息をついた。

 セリーンの片手には、ペンチのような器具が握られている。


「まったく、貴族というのは痛みに慣れていない方が多くていけませんね。たかだか爪一枚で白状するなら、さっさと吐いておけばいいものを」


 普段はツンとすまして大人しいメイドを取り繕ってはいるが、長年暗殺者として生きてきた彼女はどうしてもさがが抜けきれないらしい。

 その拷問やら尋問やらの手際の良さには、オズウェルも感心してしまう。

 この手のことで、セリーンの右に出るものはこの城にはいないだろう。


 オズウェルは、冷ややかな視線をロレーヌ公爵へ向けた。

 

「バルトラ・ロレーヌ公爵。代々薬の研究に勤しみ、帝国に貢献してきた一族であったのに、残念だ。……お前の正式な沙汰さたは追って伝える」


「ああ……っ陛下、そんな……!!」


 はっと顔を上げたロレーヌ公爵が、オズウェルの方へ追いすがろうとする。

しかし、間に合わない。オズウェルはそれよりも早く部屋を出てしまった。セリーンもその後を追う。

 先ほどまでロレーヌ公爵が座っていた二脚の椅子を回収して、衛兵も部屋を出ていった。

 部屋に残されたのはロレーヌ公爵だけだった。室内には他に何も無い。扉の外に見張りの衛兵が無言で立っているだけだ。

 

 カンカンとらせん階段を降りていく乾いた足音とロレーヌ公爵の叫び泣く声が、北の塔に響いていた。

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