第30話 ロレーヌ公爵①


 事態が大きく動いたのは、それから次の日のことだった。

 昼下がりにヴィエラの部屋へやってきてすぐにオズウェルが言い放った言葉に、ヴィエラは目を丸くした。

 

「え? ロレーヌ公爵様の聴き取りと家宅捜索を行う?」


「ああそうだ。ロレーヌ家に関する悪事の噂は山ほど出てくるが、証拠がまだ足りない。最近再び薬が使われているのだから、証拠を探しに行った方が早い」


「そう……」


 ロレーヌという名前を聞くだけで、レミリアのことを思い出してヴィエラは不安になってしまう。

 もし自分だけではなくて、オズウェルにまで何かされたらどうしようと考えてしまうのだ。

 

 ヴィエラの様子から不安を察したのか、オズウェルはヴィエラを安心させるように不敵な笑みを浮かべた。なんだか珍しい。


「お前はしばらくメーベルにいたから忘れているのかもしれないが、皇帝というのはこのルーンセルンにおいて神にもっとも近しい存在だ。皇帝の命令には、余程の事情がない限りは逆らえない」


「……っ」


「その代わり、ほかの貴族や国民を守る義務が私にはある。それと同時に、皇帝に歯向かうものは排除しなくてはならない。国の存亡に関わるからな」


 オズウェルはそこまで言うと、ヴィエラから視線を逸らした。

 話しすぎてしまったのか、バツが悪そうにしている。


「……とにかく、ロレーヌのことはお前だけの問題ではないんだ。対応は私に任せろ。どんな処罰がロレーヌに下されようとも、それはお前の責任ではない、私の責任だ。いいな」


 それだけ告げて、オズウェルはヴィエラの部屋を出ていく。


 (一体オズウェルは、どんな処罰を下そうとしているんだろう……)


 オズウェルが、ヴィエラのことを守ろうとしてくれているのは言葉の端から感じられる。

 同時に、ヴィエラにはこれ以上関与させたくないのだということも。

 なんだか、自分の周囲で目まぐるしく事態が変化していくような気がして、ヴィエラは胸の前でぎゅっと手のひらを握りしめた。


 

 ロレーヌ公爵とその長女レミリアが事情聴取のため城の離れに連行された、という情報がヴィエラに届いのは、翌日の早朝のことだった。

 同時に衛兵たちが、ロレーヌの屋敷へ家宅捜索を行っているらしい。


 (……オズウェルは大丈夫かしら)


 

  ◇◇◇◇◇◇



 (今日も朝から雪が酷いな)


 執務室で衛兵からの報告を待つオズウェルは、ちらりと窓の外に視線をやっていた。

 ルーンセルンは雪の多い国だが、今日は特に酷い。昨日の夜から雪がやまずに降り続いているため、路面の状況も最悪だろう。ロレーヌ公爵たちの護送が上手くいくかが心配だ。

 オズウェルがそう考えていたとき、執務室の扉がノックされた。


「入れ」


 短く入室の許可を出すと、すぐに衛兵が顔を出す。

 

「皇帝陛下。北の離れにロレーヌ公爵、南の離れにレミリア公爵令嬢をお連れしました」


 ロレーヌ公爵たちは貴族だ。まださすがに地下牢に入れるわけにはいかない。

 聴き取りを行う場所として、城の離れにある二つの塔を利用することにしたのだ。

 オズウェルは衛兵からの報告に静かに頷いた。

 

「ご苦労。聴き取りに応じるようならそのまま衛兵が聴き取りを行え。公爵から始めろ。もし言い渋るようであれば、尋問官に切り替えてよい」


「はっ!」


 オズウェルの指示に、衛兵はサッと敬礼をして部屋を出ていく。

 次に衛兵が部屋に駆け込んできたのは、夜になった頃だった。


「陛下! ロレーヌの屋敷からこんなものが発見されました!!」


 そう言うと、衛兵は抱えていた大きな箱を机の上におく。

 オズウェルが近づいて見てみれば、箱の中には大量にものが詰められていた。


「これは……?」


「ロレーヌ家から押収した、薬物関連のものとなります!」


 衛兵とともに、机の上に一つ一つ並べてみる。


 特殊薬の調合メモと思われる大量の紙、ヴィエラに飲まされた成分と同じ薬草に、小瓶に入った薄桃色の液体。

 証拠品が出るわ出るわの山で、オズウェルは不快に顔を歪ませた。


 (15年前はよくこれらを隠し通せたな……)


 思わず感心してしまう。

 今回はロレーヌ公爵の不意をついた形になったから発見に至ったのだろう。


「ロレーヌ公爵はまだ吐かないか」


「尋問官に代わりましたが、だんまりを続けております」


 否定するでも弁明するでもなくだんまりとは。

 オズウェルははぁ、とため息をついた。

 

「……わかった。とりあえず証拠品を見せて聴取を続けろ」


 執務室を駆けて行った衛兵を見送ってから、オズウェルも立ち上がる。

 ちらと時計を見ると、そろそろ日付が変わろうとしていた。

 ヴィエラはもう眠っている頃だろう。


(仕方がない。私が着いてもまだ吐いていないようなら、セリーンを使うか)


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