第21話 安全装置


 レミリアとの一件から一週間が経った。

 オズウェルがロレーヌ公爵家に自領謹慎を命じたおかげか、表面上は穏やかな日々が続いていた。

 そのことにヴィエラはほっとしていたが……。

 同時に、不安を抱えてもいた。


 (あんなに怒っていたレミリア様が、このままじっとしていてくれるかしら……)


 否、そんなわけはないだろう、とヴィエラは自分の問いを自分で否定する。

 ヴィエラがそっとため息を零すと、目の前に座るオズウェルが視線をよこしてきた。


「ヴィエラ、どうした。楽しくないか?」


「あ! ご、ごめんなさい! そうじゃないの色々考えていただけで!」

 

 ヴィエラは慌てて笑顔を作る。

 せっかくオズウェルが「温室でお茶でも飲まないか」と誘ってくれたのに、暗い顔をしていてはもったいない。

 ヴィエラは手元にあるティーカップを引き寄せた。

 残っていた最後の一口を飲み干す。

 セリーンがヴィエラのカップにおかわりを注ごうとして「あら」と声を上げた。


「お湯が切れてしまいました……。申し訳ありません、気づくのが遅れて……。すぐに新しいものをご用意いたしますね」


 セリーンはそう言うと、温室の出入口に向かっていく。外にいる別の使用人に指示を出すと、またヴィエラたちの方へ戻ってきた。

 彼女は専属メイドでありながら、実質護衛のようなものなので、ヴィエラたちのそばを基本的にはあまり離れない。


「……オズウェルってアネモネの花が好きなの?」


 紅茶のおかわりを待つ間、温室をぼんやりと眺めていて、ふと思ったことをヴィエラは尋ねてみることにした。


「……ああ、そうだな」


 オズウェルは短く呟くと、静かに椅子から立ち上がる。

 ガーデンテーブルを囲うように咲いているアネモネに近づくと、白いアネモネを一輪手折たおった。


「この花は、昔のお前が一番初めに会った時に私にくれたものだ」


「……っ」


 オズウェルは昔を懐かしむように、いとおしむようにアネモネを見つめている。

 その表情に胸が締め付けられて、ヴィエラは言葉を発せなかった。


「……お前が姿を消してから、私はお前を求めて国中を探し回った。アネモネは、お前が見つかるまでの心の支えとして植えたんだ。この温室を見せたら、きっとお前は喜んでくれるだろうと」


 きっとオズウェルは、必死に探してくれていたのだろう。

 オズウェルが探し続けてくれたから、今ヴィエラはここにいる。

 

「まぁ、まさかメーベルにいるとは思わなかったが……」


「そういえば、どうやって私のことを見つけてくれたの?」


 ルーンセルンとメーベルは、過去の戦争から互いに不干渉の条約が結ばれていた。

 国交がほぼなく、貿易は滞り、まさに凍った関係。

 そんな隣国の公爵家の養女となっていたヴィエラをよく見つけたものだ。改めて考えると不思議に思う。

 

「それは……セリーンの功績もあるな」


 オズウェルはつ、とセリーンに視線を向けた。

 セリーンは穏やかな表情を浮かべたまま口を開く。


「わたくしがこの城で働くようになってからしばらくして、オズウェル様がヴィエラ様のことを長年探していらっしゃるということを小耳に挟んだんですよ」


 セリーンの発した長年、という言葉に、ヴィエラはぎゅっと手のひらを握りしめた。

 オズウェルは7年もの間、ずっとヴィエラのことを探し続けてくれていたのだ。

 

「わたくしは色々な国を転々としてきたのですが、直前までメーベルにいましてね。ヴィエラ様のお名前は存じておりました。メーベルでは珍しい容姿をした美しい令嬢がいらっしゃると……」


「それで私は、お前が隣国にいることがわかったんだ。そこからはお前も知っている通りだ」


「なるほど……そうだったのね」


 確かにヴィエラの容姿は、メーベルでは特に目立ってしまっていた。

 しかし、それだけではオズウェルがたどり着くことは無かっただろう。

 オズウェルとヴィエラを繋いでくれたのはセリーンということだ。


「セリーンのおかげね。ありがとう」


 ヴィエラが振り向いてお礼を伝えると、セリーンは嬉しそうにはにかんでいた。


「それから、オズウェル。ずっと探してくれていて、ありがとう」


 (この二人がいなかったら、今私はここにはいないんだわ)


 セリーンが気づかなかったら、きっとヴィエラは今もメーベルで、ただ空虚な日々を送っていたに違いない。


「……ああ」


 オズウェルは小さく頷くと、ヴィエラにゆっくりと近づいた。

 手に持っていたままだった白いアネモネを、ヴィエラの髪にさす。


「お前はやはり、花が似合う」


 オズウェルは満足そうに微笑んでいた。

 

 (早く、思い出したいのに……)


 以前よりは、空っぽではなくなった。

 自分がいたはずの場所を知れたから。


 だけど、圧倒的にピースが足りないのだ。

 両親のことも、オズウェルのことも思い出したいのに、思い出せない。

 まるで、記憶のトリガーに安全装置がかけられているみたいだ。


 ヴィエラが考え込んでいたその時、温室のガラス戸が静かに開けられた。

 

「お待たせしました。お茶のおかわりをお持ちいたしました」


 部屋に入ってきたのは、見覚えのある男の使用人だった。

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