第22話 引き金が引かれる


「あら、あなたが持ってきたの? メイドに頼んだはずだけれど?」


 ワゴンを受け取りに扉の方まで近づいたセリーンは、不審な様子で使用人の男を見ている。

 どうやらセリーンはメイドに紅茶を持ってくるように指示したらしく、使用人の男が持ってきたのは想定外だったらしい。

 

「急ぎの仕事が出来たそうなので、俺が代わりました。駄目でしたか」


「駄目というわけではないけれど……」


 受け取ろうとしたセリーンを素通りして、男がワゴンを押してヴィエラたちの方までやってくる。


 (ああ、あの薔薇をくれた人だわ)


 ヴィエラが見覚えがあると思ったのも当然だ。

 男が近くまで来て、彼が薔薇をくれた使用人だとヴィエラは気づいた。


「俺、お二人のために紅茶を入れてきたんです。良かったらお飲みください」


 使用人はそう言うと、オズウェルとヴィエラの前に白いカップを置いた。

 中には琥珀色をした紅茶が、湯気を立ち上らせながら揺らめいている。


「まぁ、ありがとう」


 ヴィエラはカップを手に取って、口元に持っていった。

 

 (なんだか、変わった香りがするわ)


 さっきまで飲んでいた、セリーンが入れてくれたものとは香りが異なる気がする。

 フレーバーが異なるのだろうか?

 どことなく甘くて苦い香りがして、ヴィエラは首を捻る。


 (それに、この香り……どこかで嗅いだことがある気がする)


「これ、さっきまでと茶葉が違うのかしら。なんだか甘い香りがするわ」


 まだヴィエラたちのそばにいる使用人にヴィエラは尋ねた。

 使用人は何故か焦ったように冷や汗を浮かべてる。


「え、ええ……! 俺がご用意させていただいた特別なものです……!」


「へぇ、すごいわ」


 (香りが違うということは、味も異なるのかしら)


 一口飲んでみようと、ヴィエラはティーカップを傾けた。


「……私の方は先程までと同じ香りだが?」

 

 使用人の言葉を聞いて、ヴィエラと同じように紅茶の匂いを嗅いだオズウェルは、訝しげな表情を浮かべる。

 オズウェルの一言にセリーンがはっとしたようで、慌てたように声をあげた。

 

「……っヴィエラ様! お待ちください。わたくしが毒味を……!」


「え?」


 しかし、もう遅い。

 口に含んでいた紅茶を、突然のセリーンの大声に驚いてヴィエラは飲み込んでしまった。


 芳醇ほうじゅんな香りの熱い液体が、ヴィエラの喉を下りていく。

 特別だというその紅茶は、香りだけでなく味も甘くて苦いようだった。

 それに、舌触りもどこかとろりとしている。


 (これ、私、やっぱりどこかで――)


 そう思ったのも束の間、焼け付くような痛みを喉に感じて、ヴィエラはぐっと喉元を押さえた。

 

「……っけほ」


「ヴィエラ?」

 

 喉の奥が焼けるように熱い。

 息が苦しい。

 体から力が抜けていくのをヴィエラは感じていた。


 力の入らなくなったヴィエラの手からティーカップが滑り、温室のレンガの床に音を立てて落ちた。

 カシャーンとカップが割れる冷たい音が、ヴィエラの耳をすり抜けていく。

 そのままティーカップを追うように、ヴィエラの体もくらりと傾いでいった。

 

 (ああ、そうだ。これは7年前に嗅いだ――……)


 

 ◇◇◇◇◇◇


 

「ヴィエラ……!」

 

 オズウェルは咄嗟とっさにテーブルの向かい側から身を乗り出して、横に倒れかけたヴィエラを支えた。


「ぐ……っ」


 地面から使用人の潰れた声が聞こえる。

 オズウェルが視線を下へ向ければ、セリーンが使用人を地面に組み伏せているようだった。

 この一瞬で、自分よりも体格のいい男を簡単に組み伏せるとは、さすが元暗殺者といったところだろうか。


「おい、これはどういうことだ」


 オズウェルはするどい視線で使用人を睨みつける。

 対して使用人はわたわたと慌てた様子を見せるだけだった。


「お、俺、こんなつもりじゃ……ッ!」


 意識を失ってしまったヴィエラに、使用人は酷く狼狽ろうばいしているようだ。青ざめた表情を浮かべている。


 (だが、そんなことは知ったことか)


 紅茶を飲んで倒れたのだから、十中八九、この紅茶になにか仕込まれているのだろう。

 この男がやったのか、別の誰かがやったのかは現状オズウェルには分からない。この男から話を聞くしかないのだ。


 (私の大切なヴィエラに手を出すとは、許し難い)


「セリーン、その男は地下へ連れていけ。それと、紅茶の成分の解析を」


「かしこまりました」


 オズウェルはそれだけ命じると、すぐにヴィエラを横抱きに抱えた。

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