第15話 注意喚起
セリーンの誤解をどうにか解いたあと。セリーンは朝食代わりにと2人分のフルーツを部屋に持ってきてくれた。
身がしっかりと詰まったぶどうだ。つやつやとした濃い紫色の皮が美しい。
どうやら、隣国メーベルから輸入したものらしい。これも国交が正常化されたおかげだ。ヴィエラにとっては懐かしい味でもある。
ヴィエラはソファに座るオズウェルの膝に抱えられた状態で、ぶどうを口に運んでいた。
というのも、オズウェルが離してくれないのだ。
ずっと触れ合った状態なのは、面映ゆいものがある。
ヴィエラは恥ずかしさを誤魔化すようにぶどうを
(ふふ、なんだか可愛いわ)
興味深そうにぶどうを見つめるオズウェルの姿はどこか微笑ましい。
「……ああ、そういえばお前に伝えておかねばならぬことがあったのだった」
「? なに?」
ふと思い出したようなオズウェルの声に、ヴィエラは首を傾げた。
「お前が行方不明になった7年前、私は皇帝の地位についたばかりだった。事件の処理なども、当時補佐をしていた大臣が中心に行い、私はその報告を聞くだけだった。だから、調査をし直すことにした」
「あ、ありがとう」
オズウェルは淡々とした声で告げてくる。
それはヴィエラにとってとてもありがたい内容だった。
7年も前の出来事ではあるが、皇帝陛下が直々に動いてくれるとなるととても心強い。
「私は、お前の両親の事故も、お前の記憶のことも、偶然の産物では無いと思っている」
静かに放たれたオズウェルの言葉に、ヴィエラは固まってしまった。
「え……」
偶然の産物では無い?
(それじゃあ何? 誰かが意図的に引き起こしたとでもいうの?)
「一応、私が許可した人間しかお前には接触できないようにしているし、セリーンに把握させているが……、必要以上にお前に近づいてくる人間がいれば警戒しておけ」
「……」
オズウェルの言葉にヴィエラは黙って頷くしかなかった。
(もしかして、セリーン以外の使用人があまり私に関わってこないのってそのせいなのかしら)
実際ヴィエラと接触がある人間は、基本的にセリーンだけとなっている。
もちろんヴィエラが話しかければ皆親切に答えてくれるし、無視をされているわけではない。男性の使用人に至っては、ヴィエラの視界にさえ入らないように動いている……。
(あ、そういえば……)
接触したことのある人について考えて、ヴィエラは聞きたかった人物について思い出した。
「そういえば昨日、レミリア様にお会いしたわ」
ヴィエラの口から出たレミリアという名前に、瞬間オズウェルは不快そうに顔を顰める。
「……ロレーヌの娘か」
なんだか声まで嫌そうだ。いつも感情が読み取りにくいのに珍しい。
「……本来の婚約者って聞いたんだけど」
おずおずとヴィエラが尋ねると、オズウェルははぁとため息をついた。
「あの女は、元々周囲から決められていた婚約者だ。お前に惚れたあと、直ぐにこちらから婚約は破棄させてもらったのだが……。根に持っているようで未だに突っかかってくるんだ」
(なるほど、それで
そもそもヴィエラの生家であるホワイトリー家は男爵家らしい。皇帝陛下に嫁ぐには明らかに身分が足りない。
公爵令嬢であるレミリアの方が、オズウェルの婚約者にはふさわしいだろう。
昨日レミリアから「泥棒猫」だと言われたことに、ヴィエラはようやく合点がいった。
「ロレーヌ家は薬研究の名家なんだが……親子ともども癖が強い性格でな……。あの女が関わってきたら即逃げろ」
「……わ、わかったわ」
オズウェルは根に持たれている、と言った。
何となくではあるが、その矛先がオズウェルだけではなく自分にも向いているのではないか、とヴィエラは思う。
昨日のレミリアの態度は、そう推察できるようなものだった。
「まぁ、お前にはセリーンをつけているから、大体のことからは守れるとは思うが……」
「……セリーンって何者なの?」
思わずヴィエラはオズウェルに尋ねた。
それはずっと、ヴィエラが気になっていたことだった。
ヴィエラの世話を一任されていることからして、セリーンは余程オズウェルから信頼されているのだろう。
だがヴィエラには、セリーンがただのメイドとは思えなかった。
動きはやたら素早いし、足音一つ立てない。なんなら気配すら察せない。
「セリーンか? あいつは過去、私を狙っていたことのある元暗殺者だ」
「あ、暗殺者……っ!?」
至って普通に教えてくれたオズウェルに、ヴィエラはぎょっと目を向いてしまった。
オズウェルはこともなげに答えるが、なかなかにとんでもない内容だ。
しかし、妙に納得してしまう。
言われて思い返してみてみれば、セリーンの所作はメイドというより暗殺者のそれだ。
(自分の命を狙ってきた相手を重宝するとか、
この皇帝様、肝が据わっている……。
驚くやら尊敬するやらで複雑な感情を抱きながら、ヴィエラは残りのぶどうを頬張った。
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