第7話 オズウェルの知るヴィエラ


「ああああの、オズウェル……っ」


「ん?」


「あ、あなたに聞きたいことがあるの……っ」


 温室に流れる甘い空気に耐えられず、ヴィエラは空気を変えるように口を開いた。

 このままだとオズウェルのペースに完全に飲まれてしまう。


「以前の私は、オズウェルとどういう関係だったの……?」


 それは、ヴィエラがずっと気になっていたことだ。

 ヴィエラの質問に、オズウェルは「ああ」と何か思い出したようだった。


「……そうか。ヴィエラは私のことを忘れているんだったな。お前が以前と変わらないから、忘れてしまう。すまないな」


「い、いえ……」


 (今の私も昔の私も、オズウェルにとってはそんなに変わっていないのね)


 そのことに、ヴィエラはほっと安堵してしまう。

 今の自分が、オズウェルの望んだに近いならいい。


「立ち話でするような話ではないし、ソファへ行こう」


 オズウェルはそう言うと、ヴィエラの腰へ手をまわして温室の奥にあるソファへ向かっていく。

 隣同士で座ると、オズウェルは言葉を選ぶような間をあけたあと口を開いた。


「どんな関係だったか、と聞かれてもな……。そもそもヴィエラは、どこまで覚えているんだ?」


「……なにも。私は、7年前に記憶を失った状態でメーベルの街にいたわ。それしか分からない」


 ゆるりと首を横に振ってヴィエラが正直に伝えると、オズウェルは怪訝そうな顔をした。

 しばらく何かを考えているようだったが、オズウェルはやがてため息をついた。


「お前の身に何があったのかは分からないが、私が知っていることを話そう」


 この7年間、ヴィエラはずっと空虚な思いを抱えて生きてきた。

 大切な何かがこぼれ落ちて、空っぽになってしまったかのような、そんな心地だった。

 以前の自分のことを知れるというのは、単純に嬉しい。しかし、同時に恐ろしさを感じているのもまた事実だった。


 もしも、過去のヴィエラが今の自分から受けいれられないような人物だったらどうしよう。

 過去の話を聞いても、なにも感じなかったらどうしよう。


 (大丈夫……。オズウェルは、私は『以前と変わらない』って言ってくれたじゃない)


「ありがとう。とても助かるわ」

 

 ヴィエラは内心の恐怖を押し隠すように、オズウェルに向けて笑顔を作った。

 オズウェルはヴィエラの様子に何か言いたそうではあったが何も言わない。

 過去を思い出すように少し遠くへ視線をやると、オズウェルは口を開いた。


「お前はルーンセルンの貴族の一つ、ホワイトリー男爵家の一人娘だ。私が昔、ホワイトリー領へ視察へ行った際に出会った」


 (ホワイトリー男爵……。たしかに私の苗字と同じだわ)


 オズウェルの口から、かつてのヴィエラのことが語られる。

 ヴィエラとしては実感はわかないが、納得はできるものだった。

 自分がルーンセルンの貴族の生まれなら、このメーベルでは珍しい容姿も、貴族の作法が体に染み込んでいたことにも、ルーンセルンの雪に心が震えたのにも納得がいく。


「私はお前に一目惚れをして、度々ホワイトリー領へ顔を出していた」


「……っ」


 オズウェルからはっきりと好意を抱いていたことを告げられて、ヴィエラは顔がかっと熱くなるのを感じた。

 なんだか恥ずかしくて、上手くオズウェルの方を見ることが出来ない。

 ヴィエラは膝の上でぎゅっと手のひらを握りしめた。


「わ、たしたちは恋人同士だったの……?」


「いいや」


 どもりながら尋ねたヴィエラに、オズウェルは静かに首を横に振る。


「お前の気持ちは分からない。私がお前に気持ちを伝えようとした矢先、ホワイトリー夫妻が馬車の事故で亡くなった」


「……え」


 ホワイトリー夫妻。

 すなわちヴィエラの実の両親ということになる。

 二人は、既に事故で亡くなっている――?


「お前のことが心配で、私はすぐにホワイトリー領に向かったが……。今度はお前まで姿をくらました」

 

 (どうして……。なんだか苦しい)


「……っは」


 息が上手く吸えなくて、心臓のあたりが締め付けられるような心地だ。息苦しさをこらえようと、ヴィエラは自身の胸元をぎゅっと掴む。


 (くらくらする……)


 脳に酸素が足りないみたいだ。体を真っ直ぐに保てない。


「当時、ホワイトリーの令嬢は親の後を追ったのだろうとされていたが――っ、ヴィエラ……!?」


 くらりと傾いだヴィエラの体を、ヴィエラの様子の変化に気づいたオズウェルが抱きとめた。


「オズ、ウェル……ごめんなさい、せっかく話してくれているのに……」


「いや、いい。無理に急いで思い出す必要は無い」


 オズウェルは優しくそう言ってくれるが、頭の回らないヴィエラは上手く飲み込めない。


「あなたが好きなのことを、思い出したいのに……」


 オズウェルが優しくしてくれるのは、過去のヴィエラが好きだからなのだろう。

 毎朝アネモネの花を贈ってくれるのも、差し入れを喜んでくれるのも、全部。

 そう思うと、ヴィエラは悲しくなる。


 (ああ、私……。この人の好きなが羨ましいんだわ)


「無理に思い出さなくていい。私は、お前がお前であるならそれでいいんだ。私は変わらず、お前を愛している」


 オズウェルは、ヴィエラの背中を擦りながら語りかけてくる。

 ヴィエラはただ、何も思い出せない自分が悔しくて、なぜだか心が苦しくて……。

 震える息を吐き出しながらオズウェルの腕をぎゅっと握りしめた。

 

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