第6話 温室
オズウェルに手を引かれるままに石畳で整備された庭を進むと、やがてガラス張りの温室が見えてきた。
どうやら温室が目的の場所だったようで、オズウェルはガラスの扉を開けて中へ入っていく。
適温に調節されている温室の中には、永久凍土の不毛の地ルーンセルンとは思えないほど、さまざまな種類の花が咲き誇り、かぐわしい香りを放っていた。
温室内にはガーデンテーブルやソファも置かれていて、とても居心地が良さそうだ。
ここで美しい花々を眺めながらゆっくり過ごせたらどんなに素敵だろう。
「すごく綺麗なところね……!」
オズウェルの顔を見上げてそう言うと、オズウェルは満足そうに微笑んでいた。
「この温室は、私が自ら手入れしているんだ。そう褒めてもらえると嬉しくなる」
「えっ、オズウェルが手入れしているの!? すごいわ!」
(皇帝陛下が自ら花のお世話をしているなんて意外)
こういう作業は部下に任せているイメージだったので、ヴィエラは驚いてしまう。
この温室に咲く花は、『花の国』メーベルに咲くものと遜色ない美しさだ。
寒いルーンセルンでここまで見事に咲かせるのは、いくら温室とはいえ大変だっただろう。
尊敬の念を抱いて、ヴィエラが改めて温室を見渡していると、ふと見覚えのある花を見つけた。
アネモネだ。
オズウェルが毎朝贈ってくれる花と同じもの。
「もしかして、あなたが毎朝くれるアネモネってここに咲いているもの?」
まさかと思って尋ねると、オズウェルは「ああ」と頷いた。
「ずっと、アネモネのお礼を言いたいと思っていたの。毎朝、ありがとう」
お礼をようやく伝えられてヴィエラは一安心する。
オズウェルは口元を緩めた。
「気に入ったのならよかった。ここに咲いている花々もすべてお前のものだ。好きにくつろぐといい」
「い、いいの? ありがとう……!」
この城でまた一つ、ヴィエラのお気に入りの場所ができた。
オズウェルからの許可も貰えたので、好きな時に見に来ても大丈夫だろう。
(でも……)
こんなに美しい庭を、一人で楽しむのはなんだか味気ない。
(できることなら、また……オズウェルと見たい)
どうしてそう感じたのだろう。
……もしかしたら、自分はこの皇帝に好意を抱き始めているのかもしれない。
あまり口数が多い方ではないが、仕事熱心で、意外にも優しいこの皇帝陛下のことが。
ヴィエラはドキドキと緊張で速まっていく鼓動を感じながら口を開いた。
「あの、オズウェル……」
「なんだ?」
「またここに来たくなったら、あなたを誘ってもいいかしら……?」
断られるだろうか。
……断らないで欲しい。
「……っ」
祈る思いでヴィエラが見つめるとオズウェルは息を飲み、一瞬動きを止めた。
「お前の誘いを私が断るわけがないだろう。だが……」
そこで一度言葉を止めて、オズウェルがヴィエラの体を引き寄せる。
「きゃ……っ」
予期していなかったオズウェルの行動に、ヴィエラは抵抗する暇もなくオズウェルの腕に抱き込まれてしまった。
自分のものとはまったく違う硬い胸板が布越しに頬へ触れて、ヴィエラの体に熱がのぼっていく。
「あまり可愛いことを言うな」
(ええええええ)
耳元で、低く甘いオズウェルの声がする。
ヴィエラの腰にはオズウェルの腕がしっかりと回されていて、ヴィエラはどうしたらいいのか分からなくてただ固まってしまった。
「これでも我慢しているんだ。隙ばかり見せていると……襲うぞ」
「え……っ!」
オズウェルが、かぷりとヴィエラの耳を唇で食んだ。
耳が生暖かくて柔らかいものに包まれて、ヴィエラの体にゾクリとしたものが走る。
嫌悪感などでは決してないのだが……。
妙にいけないことをしているような気持ちになる。
「オズウェ、ル……っ!?」
「……甘いな」
耳の形を確かめるように舐められて、ヴィエラはたまらずオズウェルの服を握りしめた。
くすぐったくて、恥ずかしくて、居ても立ってもいられなくなる。
頭は完全にパニックだ。逃げ出してしまいたい。
「……これ以上のことをしたら、お前はどんなふうになるのだろうな」
ぎゅうと目を瞑って耐えていると、そんな言葉とともにふぅ、と耳の中へ息を吹き込まれた。
「……ななな……!」
(これ以上のことって! これ以上のことって!)
ヴィエラは真っ赤な顔のまま、オズウェルの胸をどうにか押し返す。
距離をとられたというのに、オズウェルはヴィエラの様子を見て、ふっと楽しそうに口元を引き上げていた。
「今は、これ以上しないさ。……今はな」
(……っ)
オズウェルの群青色の瞳の奥に、くすぶるような熱が見えて。
その熱が自分に向けられているのだと察してしまって。
ヴィエラの胸が一気に鼓動を早めた。
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